発覚

――駐日エルフ部族連合観察官事務所



少年が東屋に来なくなってから半月。

今日も私のやる気はゼロ。


「はぁー……」


誰かに愚痴を言いたいが、今日は田中は有給。

ここ半月、田中は急に五月雨式に有給を取得していた。

……もしかして、転職?


「あーーーー」

机に突っ伏してやる気のない声が出る。

代理の秘書官とはまだ愚痴を言うような中ではないので私の中でぐずぐずした思いだけがたまっていく。


少年ーーー……。

仲良くなったと思ったんだけどなぁ……。

あの少年との時間、こんな短い期間で私の中でこんなにも大きくなってたのか……。

私はこれから何を楽しみに生きていけば……。


「今日は重要な会合もないし、サボってもう帰っちゃおうかしら……」

こんな時はプレミアムなビールでやけ酒が良いだろう。

いつもの焼き鳥屋は空いているかしら?

代理の秘書官が困ってあたふたしているが、知らない。


「……ボス、堂々とサボらないでください」

「あれ?……田中?今日は休みなんじゃないの?」

顔をあげると田中。

その顔は疲労がにじみ、目にはクマが浮かんでいた。


「ひどい顔じゃない……大丈夫?」

「……っす。ちょっとプライベートでトラブルがありまして……」

いつもトラブルがあってもドン引きしたり頭を抱えながらもどこか飄々としてる田中がここまで焦燥するなんて。

家族関係だろうか?


「相談になら乗るわよ。ついでに私の愚痴も聞いて」

「ありがとうございます。でも、ちょっとそれは後日になりそうです」

そう言って田中が情報端末からデータを送ってくる。


「田中は中身は見た?」

「まだです、ですが女フーヴァーが至急の案件とのことで……おそらく大きなトラブルかと思います」

女フーヴァー……あぁ、オークくんにアタックして落としたあのね。

確かに大体の案件なら自分たちで処理できるだろうし……さて、中身は、と。


情報照会の内容としては、アメリカのとある大学で来月ブラックホール炉の実証実験が始まるのだが、事前に私が各国に提供した構造と大きく異なるため、上空写真や配給物資搬入物資から何かリスクがあるかを見てほしいとのこと。

搬入量から複数の大学の上層部や一部軍技術研究所が絡んでいるとのこと。

おそらく、また核的なものを何かやらかそうとしてるのを疑っているのだろう。


「うーん……リストをぱっと見た感じ、私の知るかぎりではこれで核を生成できる材料・設備はないわねぇ……」

「そんな物資一覧を見ただけで分かるんですか?」

「そりゃ専門だからね。複製機も運び込まれてるけど核分裂反応を起こせる物質も、原子変換でウランやプルトニウムにできるものもな、い――」

話しながら資料を読み進めていくと、少しの違和感。


「田中、最新のプラント上空映像映せる?」

「あ、はい……これです」

そう言って会議室のディスプレイに上空写真が写される。

プラントの中心にある大きな円形の構造物と、それを渦巻銀河状に取り巻く構造物。

物資一覧に目を通し検索コードを入力……

『対消滅変換タービン構成部品』――37503件ヒット。



……。



はい確定ー。



反物質炉だこれーーーー!!



「田中!日本政府に飛行機のチャーターを……いえ、私たち観察官事務所の宇宙船を動かすわ!ビルの屋上に直接自動操縦で手配!現地までは私が操縦するわ。オーク君には今から書くメモの物資の生成照会と最悪に備えての反物質投下用宇宙船の用意を依頼して。行くわよ!」

宇宙港に行くまでの時間も惜しいのでそう依頼する。

宇宙船で大気圏航行を最大速度で行えば、30分程度で目的地に着くはずだ。

「あの、そんなことしたら大事おおごとに――」

「もう大事おおごとよこんなもん!最悪北米の半分が消えるっていえば伝わるかしら!?」

「すぐ準備します!」

急いで電話をかけながら支度をする田中。

私はそのままエレベーターで屋上に向かう。






☆彡






「それで、反物質炉、でしたっけ……まあ名前から危険そうなんですが……確実に吹っ飛ぶんですか?」

「研究が進めば安全。でもね、所見殺しがあるのよ。反物質炉は」

宇宙船の船内、大陸間弾道ミサイルと同じ軌道でアメリカに向かう最中、私は田中に説明する。


「反物質炉は、ブラックホールエンジンで生成された陽電子と反陽子を、磁場トラップに閉じ込めて反物質プラズマを形成し、それを『対消滅変換タービン』に導く仕組みなの。タービンの炉心には、ダークマター結晶が組み込まれていて、結晶は通常物質と反物質のエネルギーを中性の熱振動に変換し、超臨界融体へ伝える触媒として機能する」

「……もっと簡単にお願いします」

「ブラックホールで燃料作って、特殊なタービンで反物質を作って抽出可能なエネルギーを増幅させて、そのあと熱エネルギーにして、発電タービンを回したり推進エネルギーにするの」

「なんとなくわかりました」

「それでね、この特殊なタービン、普通にゆっくり出力を上げた方が安全なのは通常の炉と同じなのだけど、ある領域だけは出力を一気に上げないと、共鳴反応を起こして爆破するの。つまり、実験とかで限界出力近くでゆっくり出力を上げる方式だと、確実に爆発するのよ」

私たちが反物質炉を初めて開発したときも、それが知られておらず、ある大陸の半分が吹き飛んだ。


「でも、稼働実験は来月ってことですよね?」

「航空写真を見た限り、建築途中に擬装してるけど完成してるわよあれ。いつ動かしても不思議じゃないわよ」

田中が頭をかかえる。


アメリカくーん!? と小声で叫んでいた。


「まぁ、今回は日本の科学者も大きく関与しているらしいけど」

そう言いながら施設に出入りしている人物をアメリカ政府が撮影したと思われる写真を見ていく。

その中には、以前ブラックホールエンジンの講義をしたときにやばい目で私を凝視していた集団も含まれていた。


「ほんと今回はうちの馬鹿どもがすいませ……――」

同じく日本政府に報告するためにだろうか、目を通していた田中があるページで手が止まり、絶句する。

「どうし……――――っ!?少年!?」

それをのぞき込んた私も息が止まりそうになった。


そこには私が夜に会っていた少年の顔が映っていた。

しかも、大人たちに何かを指示している風な様子で。


「あの……少年って……どういうことです?ここに映ってるの……うちの、息子……なんですけど」

「へぁ?」

震えながら言う田中に、素っ頓狂な声が出る私。

「半月前から、その、行方が分からなくなって……なにかトラブルに巻き込まれてないかって……でも、なんでこんなところに……?」

田中の顔に明らかに困惑の表情が浮かぶ。


そして、私は少年との逢瀬の記憶を思い出す。



――反物質炉の理論、ペラペラしゃべっちゃってたぁ……。



そしてこの写真。明らかに主導してるのが少年、よね。


「……」


……ふー……。


息を深く吐いて自分を落ち着かせる。


「田中、落ち着いて聞いてね……」

田中の目をまっすぐ見つめ、続ける。

「多分、今回の主犯は貴方の息子よ」

あの日みたマナの揺らぎは見間違いじゃなかった。

しかし予想の斜めすぎるでしょうこれは……。


「嘘でしょう……。息子は……子供なんですよ……?」

頭を抱えて俯いてしまう田中。

私に対しても、少年は子供として振る舞っていた。父親である田中に対してもそうだったのだろう。


もうすぐ現場に到着する。

モニターでプラントを写す。


あ、爆発した。


横を見ると田中の顔が顔面蒼白になっている。

それはそうだ。最悪息子が死ぬのだ。


「――――田中、ちょーーっと危ないことするわよ!!」

そう言うと、私は船の自動操縦を中断して手動操縦に切り替える。

そして、そのままプラントに『直接着陸』することにした。

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