オークさんのバカンス兼視察

――駐米オーク汗国観察官事務所 首席監察官執務室




吾輩の執務室。

午前の会合が日通り終わった吾輩は一息つく。


午前には中国の猫又さんから中国がノーム族を開拓に招致して案の定すったもんだの大騒動が起こっていると聞いたところだ。

しかし、同時に別の惑星――旧名称ロス128B、現名称『惑星リバティニア』の開拓は驚くほど順調だ。



それは主にアメリカ合衆国の影の支配者となった首席監察官付き秘書官の存在が大きい。

数か月前、吾輩達オークが常用している発情期抑制剤の効果が減退する薬を吾輩に盛った挙句、酔わせて押し倒すという暴挙に出た彼女。


一服盛られた結果とはいえ、彼女の純潔を散らしたのは、理性を制御できなかった吾輩の不徳の致すところ。

そう思い、まずは交際から――と思っていたら、あれよあれよという間に、ウォール街のビジネスマン顔負けのディールが起こり、制度が整い次第入籍するという話になってしまった。


どうして……。いやね、責任は取るつもりではあったよ? でもね? 手順ってものがね?


そうかと思えば、いつの間にやら彼女は暗躍を始めていた。

古巣の伝手を使ったのだろうか。BBQ事件の翌週にはマスメディアを掌握。

百数十年ぶりの新たなフロンティアを煽りに煽らせているという報告。

翌週には宇宙物資により壊滅したシリコンバレーからくすぶっている人材をまるで投げ網漁のような手際で大量確保。

政治面でもいつの間にか上下院の政治家たちや全国の知事の醜聞を収集し、彼らは『フーヴァーが帰ってきた』と戦々恐々らしい。

ちなみにこの情報収集の際、吾輩の後輩オークたちをBBQを餌に顎で使っていることも判明している。

彼女がきちんと報告してきた。


あれ? 観察官事務所、掌握されてない?


そして、翌月にはアメリカ合衆国は彼女の手によってフロンティア開拓に燃える『古き良きアメリカ』になっていた。



「どうしてこんなことになってまったんだ……」


「どうされましたか閣下?」

下から彼女、メアリーの声。

いま彼女は吾輩の膝に腰かけ、しなだれかかってきている。

もうこの程度では何も気にしなくなってしまった、慣れとは怖いものである。


「いや、ここ半年間のことを考えていた」


「閣下のご心労を取り除くため私、がんばりました」

そう言って胸を張るメアリー君。

まあ、確かに頭痛の種は大幅に減った。だが……


「あの、できるならもっと早くやってくれてたら吾輩の頭痛がだいぶ減ってたんだけど……?」


「閣下と結ばれてやる気がフルバーストしが結果ですので」

シレッとそう返すメアリーくん。


うん、そうか。


まあ、結果としては吾輩の頭痛の種は解消されたわけだしまあ、いいか。


「それで、閣下の来週のご予定ですが、視察を兼ねましてアメリカ合衆国の開拓惑星『リバティニア』にて3週間の保養ではいかがでしょうか?」

やはり1年半以上働き詰めでしたし、ここで一回リフレッシュされては? と補足するメアリー君。



うん、休暇か。


……。


「また吾輩を謀ったりしてないよね?」


「もう閣下は私のものなのに何を謀る必要が?閣下が私以外のホモサピエンスのメスに絆されそうになってるわけでもなし……ないですよね?」

スッとメアリー君の瞳からハイライトが消える。


「ないない無いから!吾輩には君しかいないから!」


「もう、閣下ったら……」


メアリー君の瞳にハイライトが戻る。

こ、怖かった。母星の成人の義でファイアードラゴンの巣に鱗を取りに行った時にファイアードラゴンに睨まれた時のような感覚だった。


「あ、もちろん保養中は発情期抑制剤の服用は中止していただきます。構いませんよね?」

いや構うが?


「私も同行するのです。不要ですよね?」

その言葉には拒否を受け入れる気は毛頭ないと言う意思があった。


「……」


「不要ですよね閣下」

不服そうな吾輩の表情を見て念を押してくるメアリー君。

いつも通りの柔らかい笑み。しかし目が笑っていない。


「ソウダネ」


ハードなバカンスになりそうだ。






☆彡






――1日目:アメリカ合衆国新領土 惑星リバティニア準州ニューフロリダ開拓地





そこは、地球のフロリダを思わせる穏やかな楽園だった。

風は湿り気を帯び、陽光は柔らかく、空の色は夕暮れのオレンジを溶かしたように淡い。

果樹の列が地平線まで続き、どの実も手のひらほどの大きさで、熟すにつれて金色から朱色へと変わっていく。


香りは甘く、ほんの少し酸っぱい。

ひとつ手に取ると、皮の内側から細かな光の粒がこぼれ出した。

果汁が陽を受けて輝き、空気そのものが果実の香りをまとっているようだった。


吾輩で握力でオレンジを絞り、しぼりたてオレンジジュースをメアリー君に差し出す。


「はぁー……このオレンジ、最高です。フレッシュな香りに芳醇な甘さ。そして何より閣下のこぶしによるしぼりたて……たまりません」


そう言って恍惚の表情を浮かべるメアリー君。


喜んでもらえたなら何よりだ。


「本日の宿はここから少し離れた場所にある海沿いのコテージを用意しております。昼食のオレンジステーキをお召し上がりになった後は、そちらのビーチでゆったりと過ごすのはいかがでしょうか」


「おお、それはいい」


「この日のために私も水着を新調してますので、ご期待くださいね?」


なにを?




……岩陰の人気のない場所で2発絞られた。







――2日目:アメリカ合衆国新領土 惑星リバティニア準州ニューテキサス開拓地




赤土が陽光を照り返し、果てしなく続く草原の先に、黒い影がうごめいていた。

影の正体は『スペースバッファロー』。

オーク汗国原産の地球のバッファローの3倍はあろうかというこの牛は最近牛肉として非常に美味なことが分かったことでオーク汗国からリバティニア開拓地に運び込まれた種だ。


肉は絶品なものの、性格は凶暴。しかしオークの敵ではない。

幼少のころにスペースバッファローの幼体と決闘ごっこに興じるのはオークの雄ではだれでも通る道だ。

そんなスペースバッファローが視察中の吾輩達の方に向かって突進してきた。

「……久々に相手をしてもらおうか」

そう呟くと、吾輩は上着を脱ぎ捨てた。横を見ると部下たちもいい笑顔で上着を脱いでいる。


砂塵の向こうで、バッファローの群れが唸る。

重低音のような鳴き声。大地が鳴動する。

吾輩が一歩踏み出すと、群れのボスらしき個体がそれに応えるように突進してきた。


衝突。

風が逆巻き、草が薙ぎ倒される。

吾輩は角を掴み、地面に足をめり込ませながら、まるで遊ぶように力比べを始めた。

筋肉が、軋む音を立てる。

「ほう……いい肩甲骨をしているな!」

スペースバッファローバッファローが咆哮し、吾輩も笑う。完全に娯楽である。


その後、ひとしきりスペースバッファローの制圧が終わり地球人の秘書官たちの方に戻る吾輩達。



「はぁ…すてき」

「かっこよすぎます……」

メアリー君のみならず、ほかの後輩オーク付きの秘書官たちも吾輩達オークの筋肉に熱視線を向けている。

悪くない気分だ


「あの筋肉に押しつぶされたい。する。今日はそれで決まりね」

そう言って舌なめずりをするメアリー君。


野獣だ。野獣の眼光だ。



……。


…………その晩は4発絞られた。まあ、吾輩もたぎってたし、多少はね?







――3日目:アメリカ合衆国新領土 惑星リバティニア準州?????開拓地




今日は腰が痛いのでホテルでゆったりと……え? どうしたんだいメアリー君。


そう言えばここに来てから毎日オレンジジュースを飲んでいるね。気に入ったのかい?


ん? なんだい? あぁ水着、似合ってるよメアリー君。


でもきょうはちょっと吾輩腰が痛くてね……。


え? 『今日は私が上に』?


いや、ちょっと待ってくれないかいメアリー君。


メアリー君?



メアリー君!?







――4日目:アメリカ合衆国新領土 惑星リバティニア準州?????開拓地




あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、待ってメアリー君。



もう出ない。もう出ないから。


許して。ゆるして。


あーーーーーーーー。







――4日目:アメリカ合衆国新領土 惑星リバティニア準州ニューアスペン開拓地




緊急招集!!緊急招集!!!


リバティア北部、雪山リゾート。銀白の峰が連なり、氷河の隙間から温泉が湧く。


そしてその温泉のラウンジに集合する吾輩達雄オーク。


皆『絞られた』後の様だ。


「閣下、顔色が……」

「いい、言うな。吾輩だけじゃない」


気遣ってくる後輩どもも吾輩と同じくやつれている。半数位はこの保養で『食われた』ようだ。


明らかに秘書官たちの様子がおかしい。


それも日を追うごとにだ。このままでは干からびて死んでしまう。


視線を移すと別のバーカウンターで談笑する女性秘書官たち。

全員、肌艶がよく、異様に元気。

談笑の声がやけに響く。


「しかし、何が起きている?」

「何が起きているって、これ完全に雌オークの繁殖期と同じじゃないっすか」

生理的にオーク族の男性の性欲は強いが、女性の場合は年に4回の発情期がある。


「だが彼女たちはホモサピエンス族だぞ?」


「ですよねぇ……」


うなだれる吾輩らの前に、給仕のノームの女性が現れた。

ここ、リパティニアでもごく少数のノーム族は入ってきたのか。


そう思いながら見ていると、そのノームはトレーを抱え、にこやかに首を傾げる。

「あれー?」


「ん、どうした?」


「その机の上のオレンジ……あれ? 催淫オレンジ、もう食用が許可されたんですか?」



「「「催淫!?」」」


吾輩達男性陣の声が被る。



ノームが説明する。

「リバティア南部の果樹帯でつくってるしんしゅですよぉ?ホモサピエンス種だけに作用して、“気分が高揚する”って評判で。まだ検疫中のはずなんですけど。もうこれで遊んでいいんですね!?」



沈黙。

吾輩はこめかみを押さえた。


そう言えば、飲んでいた。初日に。



あれかぁ……!!!





催淫オレンジの摂取を止めた翌日には彼女たちは元に戻っていた。

代償として吾輩達の息子は2週間は使い物にならない状態になった。



まぁ、視察先でのバーベキューはおいしかったしな、と吾輩達はいいこと探しをする。


過ぎ去ったどうしようもないことは考えるだけ無駄なのだ。


オークは過去を振り返らない。知らんけど。






だが、彼らは気づかなかった。

秘書官たちの手荷物に、ぎっしりと詰め込まれた瓶ジュースのことを。

ラベルには小さくこう書かれていた。

「激しくなりたいときのとっておき用」と。

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