猫又さんの宴

盤古にノーム族が『豆の木』を搬入して中国が大やけどしている様子に爆笑した帰り。


駐中華人民共和国ニャーティア共同体首席保護観察官の老猫は、豆の木の対処で対応に追われて涙目になっているワンのことなどすっかり忘れて今夜の宴のことで頭がいっぱいになっていた。


「さーて、今日の宴は期待していいんニャよね?」


尻尾を小刻みに揺らしながら車に同席している一匹の若猫に老猫は問いかける。


「任せてくださいっす!とっておきのを用意したっすよ」


「それは楽しみだニャー」


そう言いながら近い将来老猫の『前世』を引き継ぐことになるであろう若猫を見る老猫。

そう、この若猫は1年前にサッカー場に全裸乱入事件を起こした『あの』若猫だ。


その後の彼は精力的に働き、ニャタ缶騒動も解決に一枚かんでいた様子。

ネットタトゥーが残ってしまっているのは玉に瑕だが、『前世』にもいくつかはそういうのもある。


というわけで最近『承継』候補に打診したところ快諾してくれた。


それ以来、老猫はこの若猫のことを次代君、若猫は老猫のことを先輩と呼び合い、ちょくちょくこうやって宴を開いて仲を深めていた。

今までは老猫が若猫をもてなしていたが、今日は若猫がもてなす側らしい。







☆彡







自らの宿舎であるホテルの一室のドアを勢い良く開ける。

首席観察官の余ほどではないものの、リビングつきのロイヤルスイートを宿舎にしている若猫がそのままリビングに入ると、一人の老年の男性が柔らかい笑みを浮かべて待っていた。


そして、こちらを見てぴしっと笑顔にひびが入る。

これはー、余が来るってことは伝えてニャかったみたいニャね。


「張猫飯の老阿張っす」

それをスルーして余に愛称で老人を紹介してくる次代君。


張猫飯……あぁ、ニャタ缶の中でも中国庶民の屋台レシピで有名なあのニャタ缶ブランドかニャ。

確かにあれは余も好きニャ。いいチョイスニャ。


「あ、あの……今日はご友人と一緒に新作ニャタ缶食のちょっと良いつまみ風の食事の試作を召し上がっていただく話では?」

期待を膨らませる余をしり目に、老人はひきつった笑顔を浮かべながら次代君に聞いてくる。


「そうっす」


「あの……首席観察官閣下……ですよね?」

恐る恐る余に聞いてくる老阿張。


「そうニャ」


「あの、聞いてないんですけど……!」


「おいらは首席観察官の次代っすから、継承する前は友人みたいなもんっす」


「今回完全に胡同フートンで出してるやつのちょっといい風の物しか用意してないんですが!」


「それが食べたいからあってるっすよ」


早く食べたいことニャし、助け船を出すかにゃ。


「次代君の言う通りニャ。今日はもうオフにゃから、老阿張の『胡同アレンジニャタ缶』を楽しみにしてきたニャー」


「だから、よろしくたのむニャー」


抑揚にそういうと、本当にいいんですね? 用意してた物しか作れませんよ? といった表情でキッチンに退散していった。


さてさて、宴が始まるニャ。





可愛そうな老人がキッチンに引っ込むのを一切気にせず、そのままリビングに入る次代君。


リビングには雑に置かれたミカン箱。一応中にクッションは仕入あるが若猫向けのカジュアルすぎる宴スタイルニャ。

確かにここに余が現れたら動揺するにゃぁ。そう思いつつも、今日の余は客ニャので次代君のスタイルに大人しく従うことにしてトウモロコシの絵柄が印字された段ボールに入る。


「ふぁーーおちつくっすねぇ」


次代君も世に続いて別のミカン箱に入って伸びをしていた。

確かに、このスタイルも落ち着くにゃあ。ちょっといいかも。




そして段ボール箱から頭を出すとちょうど手が届く位置に大きなちゃぶ台。

その上にはきゅうりの大蒜和え拍黄瓜小皿の塩漬け野菜小咸菜黒キクラゲの冷菜凉拌木耳が小皿で乗っている。


良いチョイスじゃにゃいか。


「そうっす、最近はこういう総菜系のニャタ缶が増えてるっすよ。長期保存ができないのが玉に瑕っすけど」


もうそれはニャタ缶とはいえニャいのではないかと少し思うニャが、まぁおいしいニャらいいかと話を流す。


「じゃあ、まずはきゅうりのやつから頂こうかニャ」


そう言って拍黄瓜の皿に口をつける。



ひと口。



「ぱりっ」


果汁が弾け、冷気とともに頭の奥がふわっと熱くなる。


胡瓜の青い匂いの中に、ふわりと甘く鋭いマタタビの香り。

にんにくをすこし控え、代わりに刻んであるのはマタタビの若葉だろうかニャ。


頬の毛が立ち、尻尾が勝手に左右に揺れた。


これは良い。


ふわふわとした気分で食べ進める。



隣を見ると次代君がキクラゲを食べ、固まり、フレーメン反応を起こしを繰り返している。

宴はまだ始まったばかりニャけど、大丈夫かい?


そんな余の視線を見て、あっとした表情をしたのちいそいそと箱の中からキーボードを取り出す次代君。


「あ、今日の娯楽ももちろん用意してるっす、ゆるゆる見るっすよー」


そうではないのニャが……まぁいいか。

そう思いモニターの方に視線を移すと、何やら配信が始まった様子。



『こんウラー闇を照らす歌声でみんな眷属にしちゃうぞ!!吸血鬼アイドルのウラドちゃんだぞー!ひざまづけー!』


『今回は――前回公表したみんなの献血を本国の貴族様に横流ししてた件についてクソマロ千本ノックで説明しようと思いまーす』


そこには日本の観察官から共有があったヴァンパイア族の少女の姿。


次代君の方をみる。


「今一押しの配信者っす。ちょいちょい三下な発言が多くて親近感がわくっすよ」


「ちなみにこれは謝罪会見っす」


謝罪要素が一切ニャくニャいかい? 最近の若者にはこれが受けるのかニャ?


『いっこめー【こん嬉ニキに申し訳ないって思わないの?】 こん嬉ニキは出荷済みでーす。先月奥さんがご懐妊だって。次!』


コメント欄が『あっ』とか『草』 で埋め尽くされている。たまに中国語で『啊!?』とかも流れているニャ。


「こん嬉ニキってのはウラドちゃん向けの献血のコメントで「僕の血液がウラドちゃんの一部になる、こんなに嬉しいことはない」って迷言を残したファンっす」


ごめん、説明されても全くわからにゃいニャ。



「失礼します、炸串は串から外した方がよいでしょうか?」

老阿張が料理をもってきて聞いてくる。


「お願いするにゃー」


「わかりました」

にこりと笑うといろいろな肉を串から外し、ネコ缶のような絵柄の入った陶器製の小皿に取り分けてくれる。


こちらもいいニャタビの匂いが漂ってくる。


当初のニャタ缶から缶要素が申し訳程度にしか残っていにゃいが、これはこれでよいものニャ。



そして宴が始まる。




老阿張がゆっくり出してくる小皿に舌鼓を打つ。





焼き冷麺(烤冷面)

――ニャタビ香油で焼かれたもち麺が鼻先をくすぐり、舌がふわりと踊る。


臭豆腐

――ニャタビとマタタビの花粉をまぶした香りの層が立ちのぼり、発酵の旨味と陶酔の境目が消えそうニャ。


豚腸のでんぷんを詰め揚げ(炸灌肠)

――豚腸のでんぷんを詰め揚げ衣の油にニャタビエキスを潜ませ、噛むと外はカリッ・中はもちっ、鼻の奥が温かくなって尻尾が勝手に揺れる。


牛ハチノスのさっと茹で辛味噌だれ(爆肚)

――牛ハチノスのさっと茹で辛味噌だれニャタビ味噌の軽い痺れが胃を撫で、湯気とともに五感がひらく。



元はどれも人類用の料理ニャが、猫又族が美味しく感じるようにアレンジされている。

あの老人の猫又族に喜んで欲しいと言うひたむきな思いが伝わってきて暖かくなるニャ。





だんだんふわふわになってく。

モニター内ではヴァンパイアの少女が吠えている。


『【ウラドちゃん権力に弱すぎませんか?】うるっさいのよ!あんたたちねぇヴァンパイア族の上下関係マジやばいのよ!?例えばねぇ――――』


なんという逆切れ。すがすがしいニャ。


ふわぁ……。


「……眠いニャ」


「寝ましょう先輩」



「ここでかニャ?」


「こうやって箱の中でくるまって寝落ちするのがおいらたちのブームっすよ先輩」


にゃんとはしたにゃい。


でも、まぁたまにはそれも、いいかニャ。




しばらく、余と次代君の静かなゴロゴロ音だけが響く。


老阿張はいつの間にか帰ったようニャ。


ニャタビ茶のかぐわしい香りだけが部屋に漂う。




照明がゆっくり落ちていく。


小さく欠伸をし、瞼が重たくなってくる。

「ニャ……いい夜ニャ」


そう呟いて、余は眠りに落ちていった。

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