第27話 潜入と真実

 夜。静まり返っている教室にピート、レイブン、マリーダ三人の姿があった。

 

 ピートは貴族のバッヂを胸につけて、首からペンダントを下げていた。手にはあの『黒い本』を持っている。

 一方で、レイブンとマリーダは肩車をし、巨大な鎧を纏った一人の兵士の変装をしていた。腰に差したレイブンの剣が、鎧の大きさに対して不釣り合いなのが気になるところ。


 まぁいいか、多分大丈夫だ。

 

 二人はあの後、しっかり肩車で歩けるように仕上げてきたらしく、「動きの安定感がまるで違うから期待して」と自信満々だった。


 作戦の緊張感からか、それとも肩車に集中しているからか、いつもはうるさいレイブンが今日は静かだ。


「最後の確認をするぞ」


 俺は机の上に地図を広げ、小声で作戦の確認を始めた。

 万が一、監視の騎士団にバレた時の逃走ルートは、しつこいぐらいに確認して頭に叩き込む必要がある。


「よし、これで逃走ルートはバッチリだな」

 兵士が無言でコクりと頷く。


 地図をしまい、一度、深呼吸。

 そして顔を叩き、気合を入れる。


「これから図書館大潜入作戦ドラゴンを始める」


 教室を出た俺たちは、鎧同士が擦れる音だけを聞きながら、ゆっくりと図書館へと向かった。

 緊張で、手に持っている黒い本が手汗で滑り落ちそうだ。


「そのさ……鎧の音を抑えることって出来たりする?」


「……」


「分かった」


 二人は口を動かす余裕もなさそうだった。

 壁に掛けてある蝋燭の灯りを頼りに廊下を進む。

 蝋燭が風でゆらぎ、足元に伸びる影が不気味に揺れる。


「そろそろ着くぞ」

 声が廊下に響かないよう、二人に囁いた。

 

 図書館の入り口には警備の騎士団が二人立っていた。

 作戦における最大の難所が迫り、鼓動が速くなる。


「おい、こんな時間に何の用だ」

 騎士団の男に声をかけられる。その鋭い声に一瞬、体が強張った。


「本を返しにきた」

 緊張で声が上擦ったけど、なんとか言葉を紡いだ。


「こんな時間にか?」


 騎士団の男は、俺たちの全身を舐め回すように観察する。

 その視線が動く度に、焦りが出てしまう。


「こんな時間だからこそ、専属の兵士を一人つけてきた。それに司書から許可も頂いている」

 用意していた言葉をカタコトになりながらも伝え、首から下げたペンダントを見せる。


 ふと隣を見ると、二人が着る鎧の下半身が不自然に揺れていた。

「痒い……痒い……」と鎧の中から小声が漏れている。

 おい、バレるぞ、レイブン。

 頼む、我慢してくれ。


「どうかしたか?」

 騎士団がマリーダ達に話しかけた。


 まずい、バレる。


「気にしなくて結構だ。少し下半身が痒かっただけだ」

 マリーダが低い声を作って誤魔化した。


「そうか。鎧をずっと着ているなら痒くなるからな」

 何とか場を乗り切れたみたいだ。ナイス!マリーダ。


 でも、このまま騎士団の意識がマリーダ達に向いているとバレてしまう気がする。

 レイブンが限界そうだ。

 俺は、貴族のバッヂを強調させるために胸を張った。


「俺は貴族だ。どうしても通してほしい」


「申し訳ございませんでした。そういうことでしたか」

 貴族のバッヂを確認した騎士団の男は途端に態度を変える。

 そして頭を下げると、扉をゆっくりと開けてくれた。


「学園に通ってる貴族様を全員把握するのは難しくて、バッヂがないと区別が出来ませんでした。申し訳ございません。どうぞ、お通りください」

 そう話す騎士団の男の緊張が伝わってきた。


 もう少し問答があると思っていたけど……貴族のバッヂ様々だな。


 キィと扉が軋む音が廊下に響き、ゆっくりと俺たちは中に足を踏み入れた。


「他に誰も入らないように、そこで引き続き警備を続けてほしい」

 騎士団の男にそう一言だけ伝えると、扉が閉まった。


 入り口に声が聞こえないような場所にとりあえず向かうか。

 鎧を脱いでいる音が聞こえたら怪しまれるだろうし。


 図書館の奥へ進む。


「よし、ここなら大丈夫だ。二人とも脱いでいいぞ」


「暑すぎだぁ」

「やっと終わったわ」


 鎧を脱いだ二人の顔は汗でダクダクで、二人はそのままぐったりと床に座り込んだ。


 あまり長居はできないけど、一旦休憩にしようか。


「ピート、いい演技だったわね」


「そうだろ?練習したんだ。二人も良かったよ」

 二人と同じように俺も床に座り込んだ。


 張り詰めた緊張から解放される。

 しばらく俺たちはその場で休憩した。


「これから本を探すんだろ?」

 体力が回復したからか、レイブンの声に覇気が戻った。


 そろそろいくか。

 俺たちの作戦はここからが本番。

 あの扉の奥の探検が目的だ。


 立ち上がり、机に備え付けてある手持ちランプに火をつける。

 ランプの灯りで、周りがぼんやりと明るくなった。


「いくぞ」


「本当に謎の扉があるんでしょうね」


「ある」


 疑うのも分かるけどさ。ま、一度見てほしい。


 マリーダに小言を言われながらも、扉の前に辿り着いた。

 昼に来た時と違って、夜はまた一段と不思議さを醸し出している気がする。

 あの先には冒険が待っている、きっとそうに違いない。


「ほら、この扉」


「どこよ」

「扉なんてないぞ」


「え?あるよ、目の前に」


 もしかして暗すぎて見えていないのか?

 まぁいいや、開けてみよう。

 この先に『禁書』があるかもしれないんだ。


「開けるぞ」

 好奇心と緊張でペンダントを持つ手に力が入る。


 ゆっくりとペンダントを鍵穴に差し込む。

 あ、入った。

 やっぱりこのペンダントは鍵だったのか


 その瞬間、どこからか吹いた暖かい風が俺の体を包み込んだ。

 そしてペンダントを捻ると、ガチャリと鍵が開いた音がした。


「おい、ピート……扉が現れたぞ」

「何よこれ、さっきまでこんな扉――」


 初めからあったけどな。

 扉の前で固まっている二人を手招きして、扉を開けて一人、中に進んだ。


 扉の先にあったのは下に続く階段だった。


 ウィルさんが言っていた通りだ。

 本当に地下に続く道があったんだ……。


 階段の下から、また暖かい風が吹き抜ける。


「どこから風が入ってきてるんだ」

 風が体に張り付いてくる感じがして気持ちが悪い。


「風なんて吹いてないけど」


 そんなぼやきが後ろから聞こえてくる。


「おい、ピート!早く降りようぜ」


 ノロノロと階段を降りていた俺を追い抜かして、レイブンは階段を蹴り飛ばして降りていった。


「レイブン!」


 行っちゃった。

 でもここまで来て、急がない理由なんてないか。

 後を追って、駆け足で階段を降りる。

 後ろからマリーダの声が聞こえた気がするけど、今は階段の先が気になって仕方がないから無視をした。


 階段を降りると、レイブンが何かを見つめていた。


「レイブン、何か見つけた?」


「見てくれよ、ピート!あれ」


 興奮した様子で俺の方を向いたレイブンは、何かを指差していた。


「ちょっとあんた達、無視しないでよ」

 俺たちに遅れてマリーダが階段を駆け降りてくる。


「何なのよ、ここ」


 レイブンが指差した先にあったのは部屋。

 その部屋の中央の台座には、一冊の本が飾られていた。

 俺は部屋に踏み入り、台座から本を取る。


「ちょっと、ピート!」


 何だ、この分厚い本。

 埃一つ被っていない古びた表紙に、幾何学模様が浮かび、その模様の中央には羽根のマークが書いてあった。

 もしかしてこれが。

 

 本に書かれた題名は『禁書』だった。

 

 じいちゃんから貰った“黒い本”とは違って、題名も、中に書かれている文字も読める。


「二人とも来てくれよ」


 部屋の外で立ち止まっている二人を呼ぶ。

 そして、三人で本を囲むように床に座った。


「『禁書』!?」

「なぁ、何が書いてあるんだ?」


「ちょっ、静かに。聞こえてしまうから」


 二人とも興奮していた。

 もちろん俺も興奮している。『禁書』があるかなんて半信半疑だったけど、本当に存在していたから。

 未だ誰も読んだことないとされている『禁書』。

 俺たち三人はそんな本の最初の読者になるのか……。


「早く読もうぜ」

 レイブンは目を輝かしている。

 待ちきれない様子だ。

 マリーダも興味津々で『禁書』を見つめている。


「読むぞ」


 ページを捲る手が震える。

 最初に書かれていた内容は、「神」と「この世界の成り立ち」についてだった。


『――はるか昔に神々は生まれた。

 神々は数多の世界を作り、それぞれ、一柱の神が担当することになった。

 神は生まれると、大地と海と生命を創造しなけらばならなかった。


 それが、神の使命だった。


 神の手によって生まれた世界は、やがて自らの歩みを始める。

 神が世界に触れられるのは一瞬だけだった。

 

 世界が成長し、成熟すると、神は“見守りし者”となり、“世界の住人”に褒美を与えることや、助言することはできても、世界に直接触れることは、神々の掟によって禁じられていた。

 

 ――神々の中に悪い神が一柱いた。

 

 悪い神は、生まれたばかりの神が担当する世界を穢そうと、自らの天使を”悪魔”へと堕とし、地上へ放った。

 “悪魔”は世界を壊そうと様々な悪事を重ねた。


 神は世界に落ちた“悪魔”を追放しようとしたが、“悪魔”は巧みに逃げ続けた。

 生まれたばかりの神の力は“悪魔”に及ばなかった。

 “悪魔”を追放できないまま、世界は成熟の時を迎えようとしていた。

 

 神は最後の手段として、自らの生命力を使い創り上げた一本の剣を、世界に落とす。

 “世界の住人”はその力を授かった。

 

 世界は成熟の時を迎え、世界の主たる神は“見守りし者“となった。

 神は世界の運命を“世界の住人”に委ねた。


 “世界の住人”は長き戦いの末、遂に“悪魔”を封印することに成功し、悪い神も神々の世界から追放された。

 

 神は褒美として、“世界の住人”に 『聖剣』、『禁書』、『聖杯』の三つの神器を授けた。その三つの神器は、この世界の切り札だと神は告げた。』


 これが……この世界の成り立ち。

 この『禁書』が世界の切り札の一つ。


 待てよ、この“黒い本”については何も書いてないぞ?


 この“黒い本”は一体何なんだ?

 珍しい魔道具か何かか?

 

「神から与えられた神器がどうしてこんな地下室に……」


「安全だからとか?」


 そのあたりは深く考えても分からない。

 何か大人の事情でもあるのだろう。

 とりあえず、次のページを読んでみる。


「次は悪魔についてか。レイブン達は悪魔って知ってる?」


「知らないな」


「聖国のシンボルが、悪魔の頭に剣が突き刺さっている模様で有名だから……でも、それぐらいでしか知らないわね。悪魔が何なのかはさっぱり」


「聖国?」


「知らないの?この大陸にある国よ」


「授業でやったわよ」


「あれ?そうだっけ」


 まぁいいや、読み進めよう。


「『魔人族と人族の戦争を引き起こした悪魔について語る。時の権力者であった王族と魔王の側近を操り……』だってさ」


「それも聞いたことないわね」


「あの大群を引き起こした原因は、その悪魔のせいだったのか」

 レイブンの拳に力が込められる。


 レイブンの母ちゃんは、魔人族との戦争時、魔人族が作り上げた魔物の大群に街が襲われた時に亡くなったと、カイさんから聞いた。


 魔人族と人族が対立した原因が悪魔にあるなら、もし悪魔がいなければ、そんな悲劇が起こることは無かったのかもしれない。


 レイブンは「少し離れる」と言って、部屋の入り口近くに座った。

 今はそっとしておこう。


 気を取り直して、次のページをめくろうとした時、コツンコツンと部屋の外から足音が近づいてくるのが聞こえてきた。


 一瞬、レイブンかと思ったけど、違った。

  レイブンは入り口の前で聞き耳を立てている。

 マリーダは状況を理解して、『禁書』をさっと背中に隠した。


 あの騎士団にバレたか、長居しすぎた。

 いや、落ち着け、作戦通りにすれば大丈夫だ。

 

 俺は呼吸を落ち着かせると、二人に伝える。


「作戦通りにいくよ。扉が開くと同時に、俺が【スモーク】を使って周りを見えなくするから、その隙に階段を駆け上がる。分かった?」


 全員で逃げの姿勢をとる。

 

 ……作戦の最終確認をした甲斐があったな。


 俺は手元のランプの灯りを消す。

 コツンコツンと近づいてきた足音は、部屋の前で止まった。

 部屋全体に緊張感が走り、足に力が入る。

 

 そして――扉がゆっくりと開き始めた。

 

 ――今だ!


「ちょっと待ってよ!」


 その声に俺は魔法の発動を止めた。


「ウィルさん……?」


 目の前に、ランプを手に持ったウィルさんがニコニコしながら立っていた。


「ピート君、『禁書』は見つかった!?」


 


 




 

 

 

 


 


 


 


 


 

 

 


 


 

 

 


 


 


 

 




 


 


 


 

 

 


 


 


 


 



 


 


 

 


 

 

 

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る