第24話 貴族街

 王城の西から真っすぐに延びる、磨き上げられた石畳の道。その先に、豪奢な屋敷が整然と並ぶ地域があった。

 

 道の途中には、王国の威厳を示す獅子の紋章を刻んだ重厚な門がそびえる。

 門の前に立つ衛兵の睨みは、ネズミ一匹すら中には入れさせない――そんな雰囲気を感じさせる。

 王都の喧騒から遠く離れたその一帯を人々は――「貴族街」と呼んだ。


 貴族街に続く道に立って思ったのは、王都であって王都ではないということ。

 この先は別世界というのが素直な感想だった。


 貴族街に行こうと思い立ったのは、ルシアンと話すためだ。

 もちろん、エリナにお願いされたからというのも理由の一つだけれど……それ以上に俺自身、ルシアンと話したくなった。

 第一印象は嫌な奴だし、今も嫌な奴だけど、そうなってしまった理由があるはず。


 ところで、どうやって入ればいいんだろうか?

 門番に確認してみるしかないか。

 平民が入れるとはとても思えないけど。


「シルバーウォック家のルシアンって貴族に会いたいんですけど、入ってもいいですか?」

 ダメ元で門番に聞いてみる。


「平民が貴族街に入ることは許可されない。帰れ」


 そうだよね。

 予想通りの答えに驚きも感じない。


「困ったなぁ」

 侵入するわけにもいかないし……。


 来た道を振り返ると、見知った顔が歩いてきていた。


「ウィルさん!」


「ピート君!?」


 ウィルさんがいた。


「どうしてこんな場所に?」


「会いたい人がいたんですけど……中に入れなくて」


「誰に会いたいの?」


「ルシアンって人です」


 ウィルさんに経緯を話すと、ウィルさんは少し考えてから口を開いた。

「分かった。僕がピート君を中に入れるようにしてあげる」


「本当ですか!?ありがとうございます」


 ウィルさんの同行者という扱いで、今度はすんなりと中に通してくれた。


 建ち並ぶ大きな屋敷に目が止まる。

 なんだ、この街は……。


「凄いよね、ここ」

 ウィルさんはまるで他人事かのように呟いた。


「探しに行こうか」


 貴族街を二人で歩く。


「そういえば、ペンダントは手に入りました?」


「いやまだだよ。でも必ず、手に入れるから待っていて」


 ウィルさんが頼もしい。

 それに頼り切っている気がするけど。

 今も。


「ところで、どうしてルシアンって人に会いたいの?」

 ウィルさんは俺の顔をチラリと見た。


「話してみたいなって思ったんで」

 

「話ねぇ」

 

 ルシアンの家の場所も分からずに貴族街を歩いて探す。

 時間だけが経過した。


 闇雲に探しても見つからないか。


 俺は貴族に聞き込みをすることに決めた。

 幸い、ウィルさんが隣にいてくれたおかげで貴族の人達は話を聞いてくれた。

 

 嫌な顔はされるけどね。


「ルシアン・シルバーウォックさんの家って分かりますか?」

 

「シルバーウォック?ああ、あの“平民一家”のこと?知らないし、興味もないね」

 “平民一家”――平民という言葉を侮辱の意味で使っているのが気に食わない。

 だけど、貴族なのに平民ってどういうこと?


 近くを歩いていた別の貴族に尋ねてみる。


「貴族の“恥晒し”のシルバーウォックの家なんて知らないわ」

 恥晒しって……。

 何をしたらそんなふうに言われてしまうんだ。


 あそこで暇そうに立っている貴族の男性に聞いてみるか。


「シルバーウォック家?あっちの“派閥”とは仲良くないから、他を当たってくれ」


 あ、ちょっと待って……まだ話が。

 行ってしまった。


「なんだか、凄い言われようだね」

 ウィルさんが苦笑いをする。


「シルバーウォック家が嫌われている理由、分かりますか?」


「うーん……分からない。僕、他の貴族に興味ないんだ」


 確かに興味なさそう。

 つまらなそうにずっとついてきてるし。

 

 あ!あそこに立っている執事なら教えてくれるかな。

 顔が優しそうだ。


「すみません、シルバーウォック家の場所を教えてくれますか?」

 その人は一瞬顔を顰めたけど、後から歩いてきたウィルさんを見て話を聞いてくれた。


「……シルバーウォック家はこの貴族街にいないですよ」


「え!?」

 大声が出てしまった。

 周りを歩く貴族達の視線が集まる。


「この街は、学園に通う貴族様が通いやすい様に建てられた別荘が集まって出来た街ですから」


「でもシルバーウォック家のルシアンは学園生だから、別荘が必要じゃないですか?」


「そういえばいましたね。そうですと、彼らは貴族の“はみ出し者”ですから、この街の居心地でも悪かったのでしょうね」

 

 また侮辱されてるし、ルシアンの存在も忘れられてる。

 

「どうして“はみ出し者”なんですか?」


「貴族と平民の身分差をなくすという思想を掲げる第二王子様の派閥に属しているからですよ。貴族様の多くは、貴族と平民の身分差はあるべきという思想を掲げる第一王子様を支持していますからね」

 少しめんどくさそうにしながらも答えてくれた。


「第二王子の派閥なら嫌われないのでは?第二王子は好かれていましたよ?」

 第二王子って入学式の時に貴族生徒達から慕われていた気がするけど。


「王位の継承権の優先順位は第一王子にありますから、第二王子側についても未来はないのですよ。好みの話じゃないのです」

 執事はため息混じりにそう話す。


 めんどくさそうだな、貴族って。


「答えてくれてありがとうございました」

 丁寧に教えてくれた執事に頭を下げる。

 

 執事は俺の感謝を無表情で受け取ると、すぐ業務に戻っていった。

 

 ルシアンに会えない事が分かったし、帰ろうかな。

 ルシアンとは学園で会った時に話しよう。


「ルシアン、この街にいないみたいです」

 時間を無駄にさせた気がする。


「いいよ、面白いこと聞けたから」

 ウィルさんは口角を上げていた。


 さっきまでつまらなそうにしていたのに、面白いことなんてあったっけ?

 分かったぞ。多分、俺を揶揄える何かを思いついたんだ。

 気をつけようっと。


「ここまでありがとうございました!俺、帰ります」

 俺は貴族街の入り口に向かって歩き始めた。


「うん、じゃあね。ペンダントは、こっちでなんとかしておくから!」


 ウィルさんと別れた俺は貴族街の外へ出る。


 凄く綺麗で豪華な街だったけれど、貴族の社会はめんどくさそうで――どこか濁っている気がした。

 目に映るのは平民が住む街よりもどこか汚く見える街だ。


 平民と仲良くしようとする派閥なのに……どうしてあいつは平民を嫌うんだろう。

 今度、聞けるといいな。

 


 


 

 

 



 


 



 


 


 

 


 


 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 


 


 

 


 

 

 


 

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