第23話 日向ぼっこ
「食堂行こうぜ!腹減った!」
授業終わり、静まりかえった教室に突然、レイブンの元気な声が響き渡る。
レイブンがうるさいのはいつものことだ。
クラスメイトは誰も驚かない。
学園内にある食堂は生徒が自由に利用できる場所だ。
一日の授業が終わった後、最初に行くところと言えば、殆どの生徒が食堂と答えると思う。
俺たちもそんな生徒の一人だ。
タダで食べられるし、なんたってその飯が美味しい!
……ま、飯の種類はそんなに多くないけどね。
「あんたって授業が終わると、途端に元気になるわよね」
机に頬杖をついたマリーダがレイブンに言う。
「当たり前だ!食わなきゃ何も始まらない!」
「いつも授業中に寝ているんだから……授業が始まる前に食べてきなさいよ」
「いや、今日はもう終わったぞ」
俺たちがツッコむと、レイブンは胸を張って「じゃあ明日に備えて食べよう!」と言った。
「はぁ、明日は休日よ……。まぁいいわ、行きましょう」
マリーダのため息混じりの声が教室に溶けていく。
授業が終わったばかりのこの時間だと、かなり混んでいる気がする。
列に並ぶのめんどくさいんだよな。
食堂は校舎の一階から地続きに繋がっている。
食堂に近づくにつれて、焼きたてのパンの香りに生徒たちの賑やかな笑い声が聞こえてきた。
やっぱり、そうだよな。
俺の予想通り、食堂は生徒たちで溢れかえっている。
どの椅子にも生徒が座っていて、座れる場所はなさそうだった。
「どうする?また後でくるか?」
俺はショックを受けて固まっているレイブンに聞いた。
「いや食べれる場所なら、ある」
レイブンは少し考えた後、そう答えた。
「変な場所じゃないでしょうね……」
隣にいるマリーダが不安そうに疑った。
「大丈夫!良い場所だから」
そう言うと、レイブンは昼飯を貰いに列に並んだ。
「不安よ」
「レイブンが言ってるんだから大丈夫だろ」
「レイブンが言ってるから不安よ」
俺たちもレイブンに続いて列に並んだ。
今日の昼飯はレタスみたいな野菜と鶏肉を挟んだパンだった。
鶏肉にかかった、この辛いタレが妙にクセになるんだよな。
「ついてこい!」
パンを片手に、レイブンは食堂を出て行く。
「ついてこいって……そっちは外なんだけど」
「まぁ行ってみようぜ」
立ち止まったマリーダの背中を軽く叩いて、レイブンの後を二人でついて行った。
――気づけば俺たちは、校門を出て学園の外を歩いていた。
「ねぇ、ピート……これ、どこまで行くと思う?」
マリーダが小声で俺に話しかけてきた。
「分からない」
「着いたぞ、ここだ」
到着したのは芝が風に揺れる小高い丘。
その頂上には堂々と、一本の木が生えていた。
王都のざわめきを忘れるほど静かなその場所に、俺たち三人だけの時間が流れているみたいだ。
学校の側にこんな場所があったんだな……。
やっぱり友達の言うことは信じるべきだ。
「よく見つけたわね、こんな場所」
マリーダの表情が明るくなった。
「だろ?最高なんだぜここ」
レイブンは丘の斜面に座って、パンを食べ始めた。
太陽の陽射しが心地いい。地面の芝もクッションみたいになっていて、のんびりと昼飯を食べるのに最高だ。
レイブンの隣に座り、パンを頬張る。
いつ食べても、ピリッとした辛味が美味い。
――学園の話をしながら昼飯を食べる、そんなのんびりとした時間が過ぎていく。
「あー食った、食った」
レイブンは手を枕がわりにして寝そべった。
「風と陽射しが気持ちよくて眠たくなるわね」
マリーダは大きくあくびをした。
「私も少し寝るわ」
「俺も寝ようかな」
――空を見ながら目を閉じた。
暖かい風が頬を撫でる。
トントン。
「んぁ?なんだ?」
誰かに肩を叩かれた気がする。
目を擦ると、一人の少女が銀色の髪を揺らして、目の前でしゃがんでいた。
「ごめん、今は眠いんだ」
俺はもう一度目を閉じる。
ツンツン。
頬をつつかれた。
「あーもう……どうしたの?」
俺は仕方なく少女に話しかけた。
「どうしてこんなところで寝ているの?」
少女は俺の隣で体育座りをした。
「太陽が暖かくて心地よかったんだよ。ほら、寝転んでみてよ」
少女は俺の隣で大の字になって寝転んだ。
「草があったかい!」
少女は手をバタバタさせる。
飛び散った芝が顔に当たった。
その元気さに思わず笑みがこぼれると同時に、ここで眠るのは難しそうだとも思った。
少しだけ付き合うか。
「あの雲を見てみて」
俺は空に浮かぶ雲を指差した。
「あの雲がどうしたの?」
少女は不思議そうに空を見つめる。
「あの雲、お花みたいな形してない?」
「本当だ!お花みたい!」
少女の顔がぱぁーっと明るくなる。
「ねぇねぇ、あっちの雲はドレスみたい!」
少女は三角の形をした雲を指差した。
「本当だね」
それからしばらくの間、俺たちは雲を見たり空を眺めて時間を過ごした。
「なんだか……私のお兄様みたい」
少女は空を見上げたまま、ぽつりと呟いた。
お兄様呼びって珍しいな。
「お兄ちゃんがいるんだね」
「うん」
「こんなところに一人でいたら、お兄ちゃんが心配しない?」
少女は俺の言葉に首を横に振る。
「お兄様は最近ちょっと怖いから……私の心配なんてしないと思う」
少女は悲しげな顔を浮かべた。
「……そっか」
喧嘩でもしてるのかな。
「ねぇねぇ名前教えてよ。私はエリナ」
少女はガバッと起きると、俺の顔を覗き込んだ。
「俺はピート」
「ピートは学園に通ってるの?」
「通ってるよ。そこに寝てる二人と一緒にね」
俺は気持ちよさそうに眠る二人の方を向いた。
「本当!?お兄様と一緒だ!!」
へー、エリナのお兄ちゃんも通ってるんだ。
「そういえば、エリナはどうしてここにいるの?」
「学園にいるお兄ちゃんに会いにきたの。それからここに来たの」
「お兄ちゃんには会えた?」
「うん!でもね、お兄様は……いっつもひとりぼっちなの。今日も……」
エリナの目は悲しそうだった。
「そうなんだ」
ひとりぼっちか……。
「昔は優しかったのに……みんな友達だったのに……」
エリナの目に涙が浮かぶ。
そんなエリナの背中をさすった。
「お願いしてもいい?」
エリナは顔の目の前で両手を合わせた。
「もちろん!お願いって?」
「お兄様の友達になってほしい!このままだとお兄様、本当にひとりぼっちになっちゃうから」
エリナはお兄ちゃんが好きなんだね。
「分かった。お兄ちゃんの名前は?」
「えっとね……」
突然、ガラガラと鳴る車輪の音と女性の声が聞こえてくる。
「エリナお嬢様〜!」
白銀の馬の紋章が扉に描かれた豪華な装飾の馬車が丘の前で停車し、中から一人のメイドさんが現れた。
「探しましたよ!エリナお嬢様」
青ざめた表情から察するに相当焦っていたんだと思う。
もしかして……エリナって貴族?
そう言われれば確かに、エリナって豪華な服を着ている気がする。
「なんだ!?なんだ!?」
「何よ、うるさいわよ」
馬車の音で二人が目を覚ましたみたいだ。
レイブンはガバッと起きて、マリーダはまだ眠そうに目を擦っている。
「じゃあね!私もう帰るね」
エリナは丘を駆け下りていく。
「ちょっと待って!お兄ちゃんの名前は?」
危ない危ない、聞きそびれるところだった。
「ルシアン兄様!お願いだからね!」
馬車は扉をパタンと閉じると、エリナを乗せて走り去った。
「ちょっと!今の紋章『シルバーウォック家』のものよ!あんた、変なこと言ってないでしょうね」
マリーダが俺の体を揺さぶる。
「何も言ってないよ、大丈夫だから」
「そう、ならいいわ」
マリーダはすっと手を離してくれた。
あれ?素直。
「なーもうちょっとだけ寝ようぜ。どうせ学園に帰る必要ないんだしさ」
レイブンは小さくあくびをすると、またゴロンと地面に寝転んだ。
それにしてもエリナの兄ちゃんはルシアンだったかぁ。
そんな事ってあるんだなぁ。
「なんだか、浮かない顔してるわね。あんた、まさか」
マリーダが俺の顔を見て何か怪しんでいる。
「違うって、本当に何も言ってないから」
「本当に?もし変なこと言っていたら何をされるか分からないわよ!?相手は貴族よ」
「本当に本当に本当だから」
「……分かった」
マリーダはそう言ってまた地面に寝転んだ。
俺も二人と同じように地面に寝転ぶ。
明日……会いにいくか。
花の形をした雲はその形を変えながらも、まだ空に浮かんでいた。
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