第22話 実技テスト

「早く行こうぜ!」

 今日は剣術のテストが行われる日。

 この日を楽しみにしていたレイブンに急かされるように、俺は校庭へ飛び出した。


 校庭には多くの生徒が既に集まっていた。

 緊張した様子で剣を振る生徒や、友達と談笑している生徒達で賑わっていた。


「あ、ピート、レイブン!」


 クラスメイトの女子達と楽しそうに会話をしていたマリーダが駆け寄ってくる。


「二人はテスト大丈夫よね」


「余裕だよ、俺もレイブンも。ほら」


 レイブンは校庭のど真ん中で、皆んなに見せつけるように素振りを始めていた。

 その真剣さと熱量に周りにいた生徒達が離、校庭にレイブンを中心とした奇妙な空間が生まれていた。


「ええ、心配なさそうね……」


 事前に告知されていたテスト内容は『剣を上手く扱えるか』。

 曖昧なテスト内容だけど、素振りは欠かさず毎日やっているし、剣の扱いも普段の剣術授業でお手本になるくらいには扱えている。

 俺もテストを心配する必要はないってワケだ。


「人が多くない?」


「別クラスの人達もいるみたいね」


 授業の開始を待っていると、ドラン先生が校庭に出てきた。


「よし、お前ら!テストやるぞ」


「先生!テストは二クラス合同でやるんですか?」


 一人の生徒の質問にドラン先生は答える。


「合同でやるぞ。それで……テストについてだが、内容は模擬戦形式で行うことになった。模擬戦の勝敗は評価にいれないから、安心してくれ。テストの評価内容は変わらない」


 なるほど。

 勝敗関係ない模擬戦をやるのか。

 剣術が苦手な生徒達は模擬戦にビビっているみたいだ。先生に抗議をしに行ってる。

 隣を見たら、マリーダも不安そうに顔を顰めていた。


「勝敗関係ないらしいし大丈夫だろ」


「コテンパンにされたら流石に評価が落ちそうじゃない?」


「どうかな?」

 勝敗関係ないって言ってるから大丈夫だと思うけど。


 始業の鐘が鳴る。


「模擬戦の対戦相手は他クラスの生徒だ。誰でもいいぞ、好きに組んでくれ」


 ペアを作った人たちから順に模擬戦が始まった。

 剣に振り回されている人がいたり、模擬戦形式になったことで素振りからは分からなかった部分が見えていく。

 木剣がぶつかる度に、生徒の声援と歓声が校庭に響き渡り、クラス対抗戦の雰囲気になってきた。


「レイブンは対戦相手決まったか?」

 いつの間にか隣にいたレイブンに話しかける。


「決まったぞ。先生だ」


 レイブンは以前の授業で先生に負けてから、先生と戦える機会を探していたみたいで、真っ先に対戦相手に先生を指名したらしい。


 先生を指名なんて、そんなこと出来るんだ。


「頑張れ」


「今回は勝つ!」


 レイブンは「体を温めてくる」と言って、走り去っていった。

 今はそっとしておこう、レイブンのあの顔は本気だ。


 模擬戦の舞台になっている校庭の中心で、次々と試合が進められていく。

 そして、マリーダの試合が始まった。


 マリーダの対戦相手は、冒険者として活動している女子らしい。

 隣にいる、その女子を応援してる男が言っていた。


 マリーダは終始押され気味で試合を終えた。

 剣を振ることはできていたと思うから、テストは大丈夫だと思うが……。

 マリーダが歩いてくる。


「お疲れ」


「どう?ピートから見て、剣を上手く扱えていた?」


「大丈夫だったよ」


「良かったぁ」


 緊張が解けたのか、マリーダはペタンと地面に座り込んだ。

 マリーダを応援していたクラスメイトが駆け寄ってくる。


 そんな感じでクラスメイトの模擬戦を眺めていたら、大事なことを忘れていることに気づいた。

 そういえば、対戦相手を見つけてなかった。

 探さなければ。


 あの人は強そうだけど、既にペアがいるのか……困ったぞ。

 試合になりそうな相手を吟味していると、対戦相手が向こうからやってきた。


「おい!そこの平民。やるぞ」


 声の主は、入学式の日に暴れていた銀髪貴族だった。


 確か名前は……ルシアンだっけ。

 あの時、消化不良だったから丁度良かったかも。


「いいぞ」


 ルシアンは返事を受け取ると、どこかへ行った。

 多分舐められてるし、勝てる相手だと思われてる。

 俺が返事した時、あいつの顔が歪んでいた。

 

「めんどくさい奴に目をつけられたわね」


 マリーダが横にいた。


「そうか?」


「貴族に目をつけられるってめんどくさいわよ」


「めんどくさかった経験でもあるのか?」


「……」

 マリーダは顔を伏せた。


「なんかごめん」

 気まずくなった俺はマリーダに軽く謝ると、模擬戦が行われてる場所に向かった。

 

 レイブンと先生の試合が丁度終わったところみたい。

 両手を地面について息を切らしているレイブンと、刃がボロボロになっている木剣を握って立っている先生が見える。


「ハァハァ……俺の剣技を止めるとは……流石、先生だ」


「強くはなっているが、数ヶ月程度の頑張りで勝てるほど甘くはない」


 試合を見ることはできなかったけど、激闘だったんだと思う。

 拍手が鳴り止まらない。

 レイブンはしばらくの間、その場に立ち尽くしていた。

 

 そんなレイブンをクラスメイトが連れ出している様子を眺めていたら――先生に呼ばれた。


「次の試合はピートとルシアンだ」


 俺の試合って次だったの!?

 

 木剣を手に取って、模擬戦の舞台に足を踏み入れた。

 貴族が試合をするからか、観戦する生徒の人数が他の試合より多い気がする。

 

 ルシアンへの声援が少なくて、俺への声援が多いな……。


 マリーダとレイブンは……見てないか。

 二人とも疲れ切っていたから、もうクラスに戻ったのかな。

 まぁいいや。


 先生の合図で試合が始まる。


 ギィン!!!


 ルシアンの剣は鋭く、殺意を感じた。

 ルシアンが一振りするたびに空気を割く音が聞こえる。


 一振りでも当たれば……ただでは済まなそうだ。


「平民よ、あの時も口だけは立派だったな」


「一太刀も当てられない奴が何を言ってんだ?」


 俺は剣を弾くと、懐に潜り込んで蹴り飛ばす。

 模擬戦形式なら足もありだろう。


「……貴様」

 蹴り飛ばされたルシアンは、俺を睨みつけながらゆっくりと立ち上がった。


 銀髪が砂で汚れてしまったな、ルシアン。


 剣を弾いただけで手が痺れてる。

 一発が重すぎるだろ……。

 剣を構え直して呼吸を整えた。


 怒りでギアが上がったルシアンの、速度と重さが増した剣を弾き、受け流す。

 剣を見ることだけに集中して隙を探した。

 

 認める。ルシアンは、レイブンと同等かそれ以上の剣の腕前を持っている。

 でもあいにく俺の目は、師匠やレイブンとの模擬戦で肥えている。

 隙を探すなんて造作もない。

 

「ここだ!」


 俺は渾身一撃でルシアンの剣を弾き飛ばした。

「なっ!」


 鈍い衝撃と共に腕に痛みが走る。

 だけど、ルシアンの剣が空中を舞っているのを見て、俺は勝利を確信した。


「これで……勝ちだ」


 ――その直後、俺の体は強い衝撃と共に、宙を舞っていた。

 何が起きたのかは分からない。

 そのまま地面に叩きつけられる。


「グハッ!」


 呼吸がくるしい。


 目を開けると、霞んだ視界に剣を握ったルシアンが映る。


「勝ちだと?平民、俺を本気にさせたことを後悔するがいい」


 剣を握り直して、よろよろと立ち上がる。


「ハァ……でもお前の剣……ボロボロ……じゃねぇか?」


 ルシアンの剣は、さっきの弾きで刃がボロボロになっていた。


「構わん。この剣でもお前を屠れる」


 ルシアンは剣を腰の横に構える。


 こいつ……もしかして剣技を!?

 俺は額から落ちる汗を拭った。

 万全じゃない状態で、剣技をくらうのはまずい……。


「【剣技】」


「そこまでだ」

 ガラン先生がルシアンの腕を掴む。


「離せ!」


「お前の剣はすでに折れている。それに、これ以上は模擬戦の範疇を越える。終了だ」


「この平民は、貴族である私を侮辱した。どけ」


 先生に止められてもなお、俺を攻撃しようとするルシアンを止めるように……ルシアンの剣は折れ、折れた刃が地面に落ちる。


 それと同時にピートも地面に倒れ伏せた。


「平民風情が……」


 ルシアンはうつ伏せになった平民を見下ろしていた。


◆◇◆◇


 気がつけば俺は、保健室に運ばれていた。

 多分、俺を宙に飛ばしたあの攻撃は顎を攻撃したんだと思う。

 顎が痛くて口を開けるのが辛い。


「一撃一撃が重かったな……」


 ガラガラと扉が開き、レイブンとマリーダが入ってきた。


「大丈夫か!?」


 俺は握り拳を作り親指を持ち上げると、大丈夫のジェスチャーをレイブンに送った。


 喋ろうとするとやっぱり顎が痛い。

 俺はゆっくりと体を起こして、二人に提案した。


「喋ると顎が痛むから、ジェスチャーでいい?」


「いいわよ」


 テストはとっくに終わっていて、みんな帰宅したらしい。

 俺の下手くそなジェスチャーをマリーダが読み取ってくれるから、なんとか会話が成立している。


「うん、それで……何そのポーズ?」


 俺はルシアンがやろうとした剣技の構えをジェスチャーしている。


 剣技をジェスチャーで伝えるの難しいな。


 俺はゆっくりと寝台から立ち上がると、痛む顎を我慢しながら、ルシアンが取った構えを再現する。


「……なによそれ」


 マリーダには伝わっていないみたいけど、レイブンには伝わったみたい。


「もしかして、【剣技】か?」


 そうそう!

 ゆっくりと首を縦に動かす。


 レイブンが構えを再現する。


「剣を……こうして腰に構えて……」


 そう、それを言いたかったんだ。

 ルシアンはレイブンのように【剣技】を使えるんだよ。

 あいつは強いんだ。


「で、剣を横にして勢いよく……振り抜く!こんな感じか!?」


 ブゥン!ゴッ!


 レイブンが勢いよく振った腕は、俺の顎に当たった。


「いてぇぇぇぇぇ!!!!」


「ごめん!ピート!」


「……周りをよく見てくれ」


 視界が暗くなる。

 最後に見えたのはレイブンの焦った顔だった……。


 ◆◇◆◇


 生徒が去った校庭ではガランが一人立っていた。

 

 ガランは、地面に落ちた折れた刃を拾い上げて、それを握りしめる。

 刃から伝わる熱……それは大量の魔素が凝縮された証だった。

 

 ルシアンめ……こんな剣を振るってみろ。

 相手が死んでいたぞ、全く。

 ガランはポケットに折れた刃をしまった。

 

「そうか。この年齢で【剣技】を扱える生徒が二人か」


 今後【剣技】を使える二人が、模擬戦でその力を振るうようになると困ってしまうな。


 いやもう一人……そのルシアンと剣術で渡り合っていたピートもだな。


 立ち尽くすレイブン、倒れ伏すピート、剣が折れたルシアン。

 模擬戦後の三人の姿を思い出す。


「今年の一年は教えがいがありそうだ」


 


 


 


 


 



 

 


 



 


 

 

 




 

 


 

 


 

 


 


 

 

 


 

 

 


 

 

 

 

 

 


 


 

 


 

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