第51話 覚醒
『雫さん、覚醒なされたんですね』
「なに、急に」
『いえ。それはあなたが自分の色を、見つけたということですから。
ただ取り込んだ力をいたずらに振るうだけのあんなやつに、負けるいわれはないですよね』
「あぁ――勿論だ」
この世界での神格への昇華にはいくつかのアプローチがあるが、ひとつには単一の個体生命としての従来の異能がその閾値を、何らかの条件で超えるというものがある。
ナイアスから言わせれば、いまの雫はサイケーやかつてのシナデクゥロに限りなく近しい存在へ昇華されかかっている。
(補助脳とか言いましたか……ただの人形ではなかった。雫さんを雫さんのままに、神格の領域へ踏み入らせるのは、元の
ナイアスの献身はこれでいて、裏表のない誠意から出たものだった。
(いまの雫さん――エトレーヴェは、すでに大精霊シナデクゥロの権能を超えた力を備えている。下手に振るわれれば、世界の均衡とて壊れかねませんが……嗚呼どうして、このお方は私をこんなにも昂らせてくださるの!)
「ナイアス。全部念話出ちゃってるから」
『はい、すいません!
一生お慕いしております、雫様!』
「自分の頭のなかで、勝手に会話されてるのもそれはそれでヘンな気分だなぁ。
シズくん、とどめ」
「このまま重力ですり潰して、その力ごと喰らってやる!!!」
エトレーヴェは身動きの取れない巨人の喉笛へ、鴉頭の嘴を狡ませた先から、巨人固有の能力も、生みの親から奪われた力をも、すべてまとめて屍肉の如くに喰らい尽くしていく。何度も嘴を突きつけ、喉から頸動脈を引き裂いて、噴き上がる血飛沫のなかでも、その狂気な有り様は、不思議に毅然として、秩序をもって君臨する王のそれだった。
魂魄鎧を纏いながら、他の三機もただでさえエトレーヴェのために身動きのとれない巨人の手足、とりわけ関節や腱を切りつけて筋肉の作用を奪うことで、致命のそれへと追い込むことに貢献した。
「とはいえ、これからどうなるんです?
こいつ、巨人の長なんでしょう?」
『巨人族は実力主義なので、しばらくは後釜を巡っての内紛で、他の方面へは手を出せなくなるでしょう――ってのが、ナイアスちゃんの見解。
こいつ倒したら、とっとと境界線の結界へ向かいましょう』
金華が言った。
――――――
「ひとつになる、ってどういう?」
「私、雫様のお心は金華様にしか向いておられないというのは、弁えているつもりです。
ですけれど、私だって出逢ってしまったからには、機会は欲しい」
「そっか。で、具体的にどうするつもり」
「妖精の私は、実体のないではありませんけれど、実質的には精神体へ寄った存在になりますね。すると、私が金華様に重なり、私の記憶と力を貴女様に継承していただけるかと想われます」
「過去にこの世界の人間で、行われてたってこと?」
ナイアスはその問いに頷いた。
「それ普通に考えてさ、身体どころか私の意識も乗っ取れるんじゃない?
どっちかつうと私より術に通ずるナイアスちゃんのメリットにしか聞こえないけど」
「そういう外法とはまた異なる交感なのです!
人間側が術者となり、妖精の力を乞うときに扱う修法のようなもので――過去にそのような例がまったくないとは言いませんが……その、たとえばですよ。殿方の悦ばれる」
「???」
「ごにょごにょごにょ、ごにょごにょごにょごにょ~~~」
たとえば過去に妖精を抱きたくなった妻帯者の男が、妻に妖精を憑依させて昼夜問わず妖精と妻の身体を交互に堪能していたとかいう変態じみたプレイ内容について長々と述べられた。
或いは片方のプレイの最中に快感をもう片方も共有できるうえに、快感が相乗されるので人間程度の身ではおそらくVRデバイス使っても生涯味わえないプレイができるだろうことを仄めかされると、金華はやがて好奇心に折れた。
「ま、まぁ……次があったら考えとくよ。だけど私、そんな安い女じゃないですからね?」
「わたくし、最初は二番目でもしょうがないと思っておりましたが、日に日にあのお方がウォルプ様へ向ける不器用な優しさとか見るたびに、できることならもっと誰よりもお傍にいさせていただけたらと!」
「食い気味だな!?
わかった、ナイアスちゃんの本気は伝わってるから!
もし本当にそうなったなら、あるいは考えとくかもねっ!!?」
――――――
(なんにせよ、今回はナイアスの目がなければ巨人の長の特性を掘り下げる手間が入ったし、知らなければあの親の力を、俺では越えられなかったんだろう)
「結界へは、風のエレメントを用いればフローター移動の速度を強引に短縮することもできないじゃないでしょう」
「空間移動、私らにはやっぱり難しいかな。
今のエトレーヴェなら」
「残念ながら無理です、現実的じゃない。僕がそれをやろうとするなら、アプローチが遠大になり過ぎるんです。プレスダイヤと精霊の力で出力したところで、元来のワープ的アプローチと、切原水瀬やワタリの異能によるものは一線を画する。おそらく後者は最低限の重力制御を必要とせず発動してしまう、『別の場所へ跳ぶ』という事象と結果の過程をすっぽ抜かせる、それがあれらの異能が異能足る由縁でもある。
おそらく一度の跳躍にしたって、発動に時間がかかって僕らしか跳べないし、派遣部隊が取り残されてしまう――先輩はそれでいいんです?」
「あぁ……確かに切原さんなら、自分しか使えない力を他者へ期待も適用もしないだろうね。
みんなちゃんと、連れ帰るつもりなんだ」
雫は俯いた。
「――、ナイアスに訊いてください。
巨人領の結界を越す手立て、こんなところに取り残されてやる理由はないでしょう?」
*
そうして結界へ向かう五機が、中空で編隊を織りなす。
「コウ、ワタリ達を置き忘れてないだろうな!?
であればお前はここで叩き落す!」
『誰が二度と手放せるかよ!』
雫は安堵の息を漏らす。いい意気だ。
「前後の追撃に気を付けて!
結界を抜けた先はエルフ領内、迷宮巣へそのまま直進する!」
金華の声が飛び、一堂の人形たちが首肯する。
(結界破りは――妖精の力が必須となる。
巨人たちに拉致され、搾取された妖精たちの血肉で練られた呪法……か)
「ナイアス、金華さん、お願いします。
俺に力を、貸して――」
金華は頷くと、彼の肩に手を置いた。
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