第50話 原罪のエトレーヴェ

――――――


「なぁウォルプ。お星さま見るの、そんなに楽しいか?」

「うん!」

「――、へぇ」

「しずくにー、このからす?のせいざ、しかくい」

「そうだな。なんでこんな、ちゃちなんだか」


 鴉の星座。どっかの神話で神様の妻が浮気してるとか密告して、怒った神様に元々白かった身体の色を黒に変えられて空に貼り付けられた――なんて聞いたような。まぁ諸説あるんだろうか。とにかく、昔コウから聞かされたときは、なんでそんなしょーもないチクり野郎が星に描いてもらえるんだよ、と妙な気分にされたのを思い返す。


――――――



「そうだな……神様は、俺を黒に決めたかもしれないけど。

 ンなのは、癪だな」

『な、に』


 俺という存在が生まれたのは、結局いつだろう。

 人を殺したときかもしれないし、エルフたちを貪り尽くしたときかもしれないし――はたまた、先輩が俺を認めてくれた、あの時からなのか。

 どうせ白にも黒にも戻れない。人を殺さなければ、エルフを殺さなければ今の自分に至りえず、そも生きることすらままならない、原罪の矛盾を抱えている。なおも自分は浅ましく、ここからを生きようと足掻いている。正しいなんて、認めてもらえないだろう……だけど自分が好きだったものを、欠片でもいいから愛しぬいてから死にたい。

 それまでは、死ねない。


「どうせなら、白でもなく、黒でもなくて――お星さまと、お空の色が、いいかな」


 重力の圧に抗って、人形は立ち上がろうとしていた。


「星の鴉、そう、まぁヤシャなんて二番煎じも、悪くはないんだけど。

 エトレーヴェ、……なんて」

「造語?

 にしてもフランス語なら鴉はレイブンじゃなくない?」

「先輩、わりけど、自分のネーミングセンスとか、自分でも期待薄なんで」

「たく。それがヤシャの、新しい姿なまえなの?」


 雫は頷いた。


「どれだけ黒く染まっても、ほんの砂粒や欠片だけでもキラキラしたもの、自分の中にあること、気づけたから。

 これでいいんです。……よかった」

『貴様、なぜワシの術を受けて立っていられる!?

 さっきまで逃げるばかりだったというに――』


 ヤシャと呼ばれた異形鴉の人形、その身に纏う黒はもはや混沌の黒でなく、星砂を交えたような摩訶不思議な意匠であった。


「で、誰の親を喰ったからなんだって?

 るせぇよ三下が、鴉舐めんな」


 体表に散りばめた砂粒のような光が煌めき、はためくたび、する。周囲の土塊たちが、巨人の長――全長40メートルはあろう巨漢の支配に逆らい、その全身に取りついて洞窟の壁に彼を拘束してしまった。


『な、なにを!?

 わしはこんな――』

『やけに手こずってると想ったら、ようやっと本気出したんですか、アドバイザー』

「……リヒトくんか、ほかはどうした?」


 続けて荏原機も、下層からひょっこり顔を出した。


『俺たちもそいつへのトドメ、加わってよろしいです?

 でないと帰れそうにありませんし』

「そう。じゃあ、一緒に戦ってくれ」

『やけに素直ですね?』

「断る理由がないだけだ」

『そういうことにしておきますか』


 浮橋機までいよいよ加わってきた、ということは、子供らは池緒機で移送しているのだろう。するとこの場で、誰にも気兼ねする必要などなかった。


「叩き潰す、よ」

『『『了解!!!』』』


 さっきまで銃を向けられていたのが、嘘かのようだった。

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