第41話 拉致、転移
コウが水瀬に呼び出されると、実行部隊の面々の表情が白い。
「なんですか、この空気は……」
「先日、きみの妹が迷宮巣をくぐり、こちら側へ来ていた。
それも最初は、実行部隊で拉致したらしい。市は天知金華やきみを相手に人質とするつもりだったんだろう」
「――、ここにいるのが下手人たちだと。金華をどこへやったんですか、答えてください!」
真っ先に秋津の胸倉を掴みあげた。
水瀬は止めに入らない。
「ま、そうなるよねぇ、幼女誘拐なんて事案だし、市も随分下品なことを考えたものだ。
困ったことに、彼女の行方はロストしたまま、というか、秋津さんたちがしくじるなんてらしくないけど、なにかあった?」
「……彼女の体質に問題があったと考えている」
「迷宮巣由来の技術で、狭心症の治療を施されていた、と聞いたが」
秋津の胸倉を掴む、コウの腕に力が入りすぎている。
「池緒くん、話は最後まで聞いてから殴るんだ」
「こいつらがワタリを――そもそも拉致しなければ!」
「どうせナノマシンのために、市の命令に逆らえなかったんだろう。
それを不服としたかは個々人の胸のうちとして、彼女を見つけて無事に確保したい。
すると、お兄さんはやるよな?」
*
秋津たちが最後に彼女を確認したコンテナまで案内されると、水瀬はそれに手を触れる。
「こうなるといくつかの工程をまた省略するしかないな」
「どうやって調べるんですか、いなくなった人間を?」
「だから、焦らない。
静かに……」
じっと水瀬は待っていた。やがて五秒ほどして、ぴくりと手首が揺れる。
「ん、そういうこと」
「なにか、あったんです?」
ちょうどそこへ、雫たちもやってきた。
「おぉちょうど来たか、飴川くんたち。
いきなりで悪いが、ワタリちゃんがいなくなった」
「「!?」」
雫たちは当然すぐに説明を求める。
「結論から話すと、彼女は旧世代の異能に覚醒したようだ」
「旧世代の……この前から想ってましたが、あなたの異常な情報収集能力は、どっから来てるんです?
あなた自身の異能ではなく、するとその結晶ですか」
水瀬は雫の言葉に頷いた。
「こいつが定着した世界では、霊性を司る石と言われた。
僕はもっぱら、状況を総括するために扱っている」
金華はまるでアメジストの由来を聞いているようだと呟くが、
「その辺は鶏が先か卵が先かってやつだな。どっちかがどっちかの由来なのかもしれない」
とのこと。そんなことより、
「実のところ、新世代の魂魄鎧と旧世代の異能とでは、どちらかが性能的に優れている、劣っているということを一概に決められるべきじゃない」
……というと、水瀬からすれば自身のようなロートルが僻んでいるように聞かれて困り果てるばかりだが、魂魄鎧というのはオカルトマテリアルの具象化運用と、カラットフレームの連動効果が、組織運用に適していたから新世代という定義を貰えただけだ。
ただ、旧世代にも同じ理屈なら、搦め手な運用法はいくらでも生えてくる。とある結界の異能者は、魂魄鎧なんて程度の低いいまどきの異能者を見て、どう想っているやら――
「ワタリの話ですよね?」
「彼女にもそうなりうる素養があったんだ。異能者の兄が傍にいたんだからな」
「俺の、せいで、ワタリが???」
雫は呆然とするコウを睨みながら、嘆息する。
「人間の異能ってのは、遺伝するんですか?」
「そうであるものもあれば、ないものも」
「兄が新世代なのに、妹が旧世代ってのは」
「そも、言語の定義に固執し過ぎない方がいい。
こと異能というのは、客観的な現象と自認にすら著しい乖離があり、おのおのが自己の主観と解釈によって扱うしかないものだ。覚醒してなお、一生間違い続けるやつだっている」
「――、ワタリはどうなったんです」
「彼女が習得したのは、空間転移系の力らしい。
行きたいと願った場所へ、跳べる」
「じゃあコンテナに拘束された彼女は、」
「この世界でそう望んだ土地へ転移した。
そしておそらくなんだが、飴川くん。
彼女は消息を絶つ最後に、きみのことを考えていたようだ」
「でも、俺のところには来てません」
「知っている。
そもそも彼女がよく知っているのは、昔の君だ。
するとそれにもっとも近しいやつが、この世界にはいまもうひとりいる」
「複製体――巨人の領域に?」
すると話は変わってくる。
「状況が変わった。飴川くん、彼女を助けるために、僕個人から要請する。できるなら巨人たちの住処へ、きみが率先して突入してくれないか。
無論、最大限のバックアップはする」
「あなたがなぜ、見ず知らずのやつの妹を助けるんですか?
俺に危険を押し付けてまで」
「僕ひとりでは、到底その領域へ立ち入れないからだ。
巨人たちの領域には、この世界に由来した存在でなければ、立ち入れない結界がある」
「というか技術的にできても、あなたの場合、誰かの体裁のためにやってるんでしょう?
そのことを否定はしませんけど、こちとらもどかしいですね。
人のことメタメタにぶちのめしておいてこれ、ってのは」
「あっはっは、まぁ事実だけどね。流石に無理にとは言わんが、……子どもが危険な目に遭うのは、個人として気分がよろしくない。これでも人の親代わりくらいはやってたんだ。
こちらから言い出す以上、対価は払おう、金か、あるいは」
雫は首を横に振る。
「あなたからの対価はいらないですよ、もう必要以上の情報をくれましたでしょ。それを支払うべきやつは、それこそ本来――ここにいるじゃありませんか」
むろん、コウのことだった。
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