第41話 拉致、転移

 コウが水瀬に呼び出されると、実行部隊の面々の表情が白い。


「なんですか、この空気は……」

「先日、きみの妹が迷宮巣をくぐり、こちら側へ来ていた。

 それも最初は、実行部隊で拉致したらしい。市は天知金華やきみを相手に人質とするつもりだったんだろう」

「――、ここにいるのが下手人たちだと。金華をどこへやったんですか、答えてください!」


 真っ先に秋津の胸倉を掴みあげた。

 水瀬は止めに入らない。


「ま、そうなるよねぇ、幼女誘拐なんて事案だし、市も随分下品なことを考えたものだ。

 困ったことに、彼女の行方はロストしたまま、というか、秋津さんたちがしくじるなんてらしくないけど、なにかあった?」

「……彼女の体質に問題があったと考えている」

「迷宮巣由来の技術で、狭心症の治療を施されていた、と聞いたが」


 秋津の胸倉を掴む、コウの腕に力が入りすぎている。


「池緒くん、話は最後まで聞いてから殴るんだ」

「こいつらがワタリを――そもそも拉致しなければ!」

「どうせナノマシンのために、市の命令に逆らえなかったんだろう。

 それを不服としたかは個々人の胸のうちとして、彼女を見つけて無事に確保したい。

 すると、お兄さんはやるよな?」



 秋津たちが最後に彼女を確認したコンテナまで案内されると、水瀬はそれに手を触れる。


「こうなるといくつかの工程をまた省略するしかないな」

「どうやって調べるんですか、いなくなった人間を?」

「だから、焦らない。

 静かに……」


 じっと水瀬は待っていた。やがて五秒ほどして、ぴくりと手首が揺れる。


「ん、そういうこと」

「なにか、あったんです?」


 ちょうどそこへ、雫たちもやってきた。


「おぉちょうど来たか、飴川くんたち。

 いきなりで悪いが、ワタリちゃんがいなくなった」

「「!?」」


 雫たちは当然すぐに説明を求める。


「結論から話すと、彼女は旧世代の異能に覚醒したようだ」

「旧世代の……この前から想ってましたが、あなたの異常な情報収集能力は、どっから来てるんです?

 あなた自身の異能ではなく、するとその結晶ですか」


 水瀬は雫の言葉に頷いた。


「こいつが定着した世界では、霊性を司る石と言われた。

 僕はもっぱら、状況を総括するために扱っている」


 金華はまるでアメジストの由来を聞いているようだと呟くが、


「その辺は鶏が先か卵が先かってやつだな。どっちかがどっちかの由来なのかもしれない」


 とのこと。そんなことより、


「実のところ、新世代の魂魄鎧と旧世代の異能とでは、どちらかが性能的に優れている、劣っているということを一概に決められるべきじゃない」


 ……というと、水瀬からすれば自身のようなが僻んでいるように聞かれて困り果てるばかりだが、魂魄鎧というのはオカルトマテリアルの具象化運用と、カラットフレームの連動効果が、組織運用に適していたから新世代という定義を貰えただけだ。

 ただ、旧世代にも同じ理屈なら、搦め手な運用法はいくらでも生えてくる。とある結界の異能者は、魂魄鎧なんて程度の低いいまどきの異能者を見て、どう想っているやら――


「ワタリの話ですよね?」

「彼女にもそうなりうる素養があったんだ。異能者の兄が傍にいたんだからな」

「俺の、せいで、ワタリが???」


 雫は呆然とするコウを睨みながら、嘆息する。


「人間の異能ってのは、遺伝するんですか?」

「そうであるものもあれば、ないものも」

「兄が新世代なのに、妹が旧世代ってのは」

「そも、言語の定義に固執し過ぎない方がいい。

 こと異能というのは、客観的な現象と自認にすら著しい乖離があり、おのおのが自己の主観と解釈によって扱うしかないものだ。覚醒してなお、一生間違い続けるやつだっている」

「――、ワタリはどうなったんです」

「彼女が習得したのは、空間転移系の力らしい。

 行きたいと願った場所へ、跳べる」

「じゃあコンテナに拘束された彼女は、」

「この世界でそう望んだ土地へ転移した。

 そしておそらくなんだが、飴川くん。

 彼女は消息を絶つ最後に、きみのことを考えていたようだ」

「でも、俺のところには来てません」

「知っている。

 そもそも彼女がよく知っているのは、昔の君だ。

 するとそれにもっとも近しいやつが、この世界にはいまもうひとりいる」

「複製体――巨人の領域に?」


 すると話は変わってくる。


「状況が変わった。飴川くん、彼女を助けるために、僕個人から要請する。できるなら巨人たちの住処へ、きみが率先して突入してくれないか。

 無論、最大限のバックアップはする」

「あなたがなぜ、見ず知らずのやつの妹を助けるんですか?

 俺に危険を押し付けてまで」

「僕ひとりでは、到底その領域へ立ち入れないからだ。

 巨人たちの領域には、この世界に由来した存在でなければ、立ち入れない結界がある」

「というか技術的にできても、あなたの場合、誰かの体裁のためにやってるんでしょう?

 そのことを否定はしませんけど、こちとらもどかしいですね。

 人のことメタメタにぶちのめしておいてこれ、ってのは」

「あっはっは、まぁ事実だけどね。流石に無理にとは言わんが、……子どもが危険な目に遭うのは、個人として気分がよろしくない。これでも人の親代わりくらいはやってたんだ。

 こちらから言い出す以上、対価は払おう、金か、あるいは」


 雫は首を横に振る。


「あなたからの対価はいらないですよ、もう必要以上の情報をくれましたでしょ。それを支払うべきやつは、それこそ本来――ここにいるじゃありませんか」


 むろん、コウのことだった。

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