第32話 袋小路

「僕は実行部隊の皆様を、ナノマシンの摘出と同時に買収させてもらうことにした、市より高いお給料でね」

「そのお金、出処はどうしたんです?」「ん」


 水瀬は自分の左耳を指で示した。

 彼の耳、そしてテセウスの左半身を覆う紫色の結晶は異界由来のモノで、バイオラ結晶ないし粒子と呼ばれる物質の硬質化したものだという。それを売って得た金だそうだ。


「――つぅことでこれは僕個人の支出する、真っ当なお金だからその辺気にしなくていい。

 問題は君たちのこれからだ、きみたちの選択次第でここからのすべてが決まる。それだけお忘れないようにね、どうせきみたちの紡ぐ物語なんだ。

 互いの胸の内、はっきり曝けあったほうがいいんじゃない?」



 雫は派遣部隊のみなに、コウの拘束を解いてやるように伝えた。

 コウは解放された自身の手首を確かめながら、問う。


「なぜ?

 俺がお前に殴りかかるとは、想わないのか」

「実際、なにもフェアじゃないからな。

 というか、お前が俺をいつも甘く見積もってるんだよ。

 だからここまで、ことが拗れる」

「――、そうかよ」


 雫のぶっきらぼうな口調に、コウはもう突っかからなかった。


「だけど、お前がエルフたちにしたことを許すつもりはない」

「へぇ」


 雫は雫でずっと剣呑なままだ。


「それが忌むべき因習だったとしても、お前は二度目、意図してそれを利用した。

 してはならなかった」

「あほくさ」「シズくん」「――、」


 雫は嘆息して腕組むと、駐屯所の壁にもたれかかる。


「お前は他者の命を、自分の命と同じように考えられないやつなんだ。

 だから平然と人を殺せる、いつだって!」

「またその話?

 飽きないね」


 その言葉が雫には、なんら響いていない。

 金華はそんな雫とコウを交互に見てから、


「池緒くん、それはすこし違うのかも」

「今更、なにが」

「きみがシズくんを殺そうとしたとき、じゃあシズくんの命はだったの?」

「――」

「ふたりとも、自分の命が安すぎる。

 シズくんはいつでも野垂れ死ぬくらいの心地で生きてたはずだよ、きみに切り捨てられた日から、きっと」

「やめてください、金華先輩。

 俺は俺の意思で悪逆を為した、そのたび自由に近づけた、大勢の流血をもって、ようやっとですよ。

 コウの考える通り、俺は後悔なんてできないんです。

 だから良心が咎めない」

「シズくん、もう無理しなくていい」

「――」


 そこへヒサゴが歩み寄る。


「まだ、影縞くんの言ってたこと、答えてくれてませんよね?

 確かに結果は変えられないかもしれない。

 だけどあなたは、本当に殺したかったんですか。

 ただ自由になれなかった自分を、やけになって叩きつけていただけじゃ――」

「なにを根拠に」

「天知先輩たちが行った、枯れた泉に行きました。

 そこには死体の山が築かれていたはずなのに、それは翌日のことでしたけど、きれいさっぱり消えていた。先輩がどけたんですよね、精霊の土の力だか、なんだかで。

 本当は彼らを人並みに扱えない、そんな自分に嫌気がさしてたんじゃ、ありませんか?」

「それは全部、きみらの勝手な憶測だ、想像だ。

 きみたち、もっと真剣に考えた方がいい。目の前にいるやつが、人間じゃないってこと。或いはコウだけは、それを一番よく弁えているやもしれないが」

「じゃあアドバイザー」「元アドバイザーな」

「さっきからやけに早口ですよ」「――」


 ヒサゴが続けて言う。


「殴っていいですか」「いやだよ」

「え、そこ甘んじて殴られてやるところじゃありません?」

「それをひとたび許してしまうと、コウみたいに、銃でみなから蜂の巣にされるまで止まらないでしょう、その理屈」

「はっは、一理ありますね」

「影縞くんまで乗っかる!?」


 ヒサゴにまぁまぁと手を振ってから、彼も話に入ってきた。


「元飴川さんは破綻するしかなかった、そういうことですよね。

 市の尖兵『ヤシャ』として言いなりになり、いざ極秘の単独行動が進んだころには、実行部隊によって切り捨てられた」

「まだそれ続けるんだ。ほかの呼び方ってない?」

「ないですね。或いはアドバイザーがちゃんとまたアドバイザーやってくれればいいだけですよ」

「だから俺は……きみたちの上司は、もうあの男だろう」

「まぁ鮮やかな手際でしたけどね、あのひとも尊敬には値する。

 嫌いってんじゃないですけど、正直日が浅くて、全然落ち着かないんですよね


 雫はもう、そう呼ばれることを止めなかった。


「してやられたな、みんなに。

 だってそうだろう、多層化都市構想が破綻するということは、俺という力の供給源が絶たれる、つまり死ななきゃ終わらないってことを、水瀬さんは懇切丁寧に俺へ説いてくれたわけだからね。

 俺の死でようやっと、俺の復讐は完結する。

 そんな単純なことで」


 たった一つの冴えたやり方、とかいう言葉のあるらしいが――、


「いいえ、それでは済みませんよ。

 アドバイザーが死んでも、おそらくその死体さえ市は利用しようとするはずです。それではアドバイザーの目的は、けして遂げられない」


 そしてノイの言葉で雫は今度こそ袋小路、完全に逃げ場を失ってしまった。




「……じゃあどうしろって言うんだよ、俺にっ」

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