第30話 拘束

 コウはなぜか、後ろ手を縛られていた。


「なんで自分が拘束されてるんだ、って顔してるね。

 名目上の作戦立案者は天知さんということになってるけど、いずれにせよ上官の言うことをろくに聞けないやつは、邪魔なんだよな。

 それでも人としては卓越した戦闘センスを持っているというに、なにがそこまできみを増長させ、歪めてったのか」

「そいつは、危険なんです!

 そいつのほうが自由なのに、どうして俺を拘束するんですか!?」

「そりゃあ、僕個人の望みが、額縁市の犬とは噛み合わないからだよ」

「い、ぬ……?」

「この問題を解決するには、額縁市長の首を飛ばし、氷室課長を更迭、それにあたわしい道理と証拠を取り揃えなくてはならない」

「道理、証拠――市のなにが間違っているって言うんです」

「きみは気づいているから、『市が間違っているかもしれない』なんて発想がまろび出るはずだけど、そこから殻を破ろうとはしないんだね」

「――」

「そうやって、己や妹さんの命が脅かされたときにさえ、同じことを唱え続けるのかい?」

「!?」


 一堂に会したところで、水瀬が言う。


「では皆さん、本題に入りましょう」


 彼は自らの掌に、米粒大のナノマシンを複数握っている。


「これが皆さんの血中に投与されていた、ナノマシンです。

 派遣部隊の皆さんには、天知さん以外には知らされることなく、健康診断の時点で無断に投与されたものだよ」

「それをどうやったら、あなたは摘出できたというんですか」


 もっともな雫の疑問に、彼はにこりと微笑む。


「それには僕の異能が関係してくる。

 もとは斬撃だったものが、ときに『切って祓う』なんても言われたけど、僕は異能を発動した対象の状態を部分的に初期化したりすることのできるんだ」

「あなたの異能なら対象に傷もつけず、ナノマシンを排出できる?」

「そういうこと、いやぁほんときみ頭いいよねぇ」

「――、つうか、たった今しがた、実例をやられましたし」


 瀕死の重傷だったはずの雫の全身には、すでに傷がない。

 状態の初期化によって、被弾する寸前くらいに身体の状態を差し戻されたのだ。もっとも、服はボロボロのままだが。


「あれやると僕も疲れるんだよ、異能者は全能じゃないってこと、ああいう奇蹟に甘えすぎるとろくなことにならん。

 そうでなくとも消耗した分は、きみなら精霊の力で回復できるんだろう?」

「瀕死のところを命拾ってもらったのは、わかりますけど。

 あなたは俺を捕まえに来たんじゃありませんか。

 仮に死んだところで、額縁市へ僕の死体を移送するだけで、あなたの仕事は完了していたはずだ。あなたはいったい、誰の味方なんです?」

「ごもっとも。

 飴川くん単刀直入に言う、僕と組まないか」

「――、額縁の市長をクビにする、でした?

 純粋に正義の告発とは考え難いですね、あなたやあなたの協力者が背後にいるのなら、いったいなんのメリットがあるんでしょう」

「多分に政治的な作為が含まれるのは事実だよ。

 勘繰るのは好きにするといいさ、ただ、きみ個人の復讐はこのままだと埒が明かなかったんじゃない?

 エルフたちを扇動して、実効支配地域との摩擦を生んだ時点から、ヤシャは目立った動きをせずにこの二、三週間を経過している。

 迷宮巣そのものを潰せれば一番楽だったろうけど、あれに小細工はできても本質的に道を完全に塞ぐ手立てはなく、ならば、エルフたちをはじめとした交易面から揺さぶりをかけ、この世界との交易に赤字を出させる、メリットより長期的にはデメリットが大きいと、額縁市や関係各所が折れるまで、きみは考えていたはずだ。

 ただその場合、それは市への復讐には、現在では直接に繋がらない可能性が高いかな」

「と、言われますと」

「近年の額縁市は、それまでエルフらはじめとした迷宮巣交易めいきゅうそうこうえきで、地球では稀少な未知の資源を手に入れて売り捌き、経済的な活性を遂げたが、それを元手に結局は次の事業に着手した。迷宮巣交易の運営を必要としない、自給自足できるインフラの確立、そして地球圏での新たな物流の要地となろうとしている」

「それが成功すると、不安定な迷宮巣探索事業は将来的に縮小しても構わない、或いはいまですらそうなり得ると」


 水瀬は頷いて続けた。


「うち、いまもっとも有名なのがフローターカーによる多層交流都市化計画だ。ただしこれの実現には天候、とりわけ風の管制が問題となる。

 市はそれを、精霊の力で為し得ようと考えた。

 そう、大精霊シナデクゥロに連なる落とし仔――きみのみを搾取し完結できるシステムだ」

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