第15話 見とれる

 雫はそんな金華を見て、不安に駆られていた。

 こんなに優しい人、自分が関わったことでその人生を歪めつつあることに。


「シズくん――私たちも、行っていいのかな?」

「え、ああ」


 ピンク髪に向くと、頷いてくれた。


「あなた方は、我々の恩人ですから」



 人形を動かすと、人工的な熱源を探知されうるので、みなは徒歩で移動することになった。やがて、大きい平行脈の葉の形をした舟を見つける。流石はファンタジー世界といったところ、なのか。


「あれに、乗るんですか?」

「はい!

 移動は快適になりますよ」


 素直に乗ることにした。


「ここの泉はエルフたちの地形図には描かれていないものですよね。加護があるようでもない」

「それは当然です。世界各地を治めているのは、なにも大精霊への信仰だけではありませんから」


 金華からの問いに、ピンク髪はてきぱき答えていく。


「そういえば、あなたのお名前は?」

「申し遅れました、私はナイアスと申します」


 ちなみにウォルプの母はサイケーという名であることを、ふたりはここで聞かされた。


「精霊とエルフの信仰や従属関係はかるく学んだですけれど、愛蝶さんや妖精さんたちとは市の直接的な交易がないままでしたから、正直我々で把握できていないことが多くて……差し支えなければ、色々教えていただけませんか?」

「まず、この世界の人らは霊的な恩恵により、言語そのものより軽い念話を混じえることによる、あなたがたの言葉でのコミュニケーションというやつですね、固有語にとどまらない多層的で円滑な会話が可能となり、あなたがたのような異世界人との交流も、過去に例がなかったわけではない、それは額縁市が所有を主張し続けて、実効的な占有を行っている、迷宮巣ゲート、異界の門の顕現するより遙か昔からのことです」


 ナイアスは極めて丁寧に、様々なことを教えてくれた。

 エルフのことについては、雫たちも既に知っていることが殆どだったが、市の知らないだろう様々な文化的背景を移動中、教わることとなった。

 そのかたや、雫は金華の横顔を時々チラ見しているのだが。

 ナイアスはしょうがないと言わんばかりな嘆息をして、


「やれやれですね、シズク様、キンカ様にお見とれになられるのは構いませんが」

「あー……すまない、話は聴いているつもりなんだが」

「へぇ、シズくん、私に見とれてたの?」

「すいません、気色悪いですよね。俺なんかが」

「しずくにー、きんかねーのこと、すきなの?」


 ここでよりにも、ウォルプが口を挟んできた。

 雫は彼の頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫で回す。


「しずくにー、いたい!」

「元気になったと思えば、すぐこれか、なまいき」

「素直じゃありませんねぇ、シズク様」

「あー、もう。仕方ないだろう、ちゃんとウォルプの心配だってしてるから!」

「露骨にはぐらかしましたね、そういうことにしといてあげましょう」


 ナイアスがすっかり訳知り顔をする。地味にうざいな?

 そりゃあ、ちったぁ見とれたい下心のなくはないんだけれど、自分にそんな資格なんてないだろうことも、内心ではわかっている。不躾な視線を向けてしまったなら、猛省するところだ。……このひとには、きっと自分よりまともなやつを見初める判断力だって備わっているはずで、いまはちょっとだけ、僕という人外に、寄り道のような情けをかけてくれているだけ……きっとそのはずで、だから自分がこの人を好きでも、けして求め過ぎてはいけないんだ。

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