第14話 ウォルプ
「あなたは彼を還すために、こちら側に来たのではありませんか?」
「使者、と言いましたか」
「えぇ、ウォルプさまのお母さまからのお言いつけです。
信じられません?」
「間が良すぎる、というのが、ありましてね。
僕が部隊を離脱することを、あなたがたは読んでいたとでも」
「そうなってしまいますかね」
ピンク髪の小さな少女は、人間の子どもくらいの大きさで、それこそ翅を生やした妖精を想わせるいでたちであった。雫は額を押さえて、嘆息する。
「きみはこちら側の動きを、どこまで把握できている」
「あなたがたと異なる、本格的な軍人たちが、近日こちらへ渡ってきたことまでは。正直、アメカワシズク、あなたとどのように接触するものか、考えあぐねていたところです」
「目的は?」
「無論、ウォルプさまの回収ですよ。
あなたが保護してくれているのでしょう?」
*
額には触覚、そして背にはあからさまな蝶の翅が生えている。
少年は天体望遠鏡を抱えて、ずっと眠っている。
「動力源に偽装して、エネルギー体としてこちら側へ運び込んだと?」
ケラティオンのコアブロック中から、昏睡している少年を雫が抱えて運びだすと、金華は流石に驚いていた。
「シズくん、いつの間に向こう側でウォルプくんを回収していたの」
「先輩、これ昨日付けのメディア記事です」
雫は答える代わり、機体のレコーダーからモニターに表示した。
『資産家ジェラル氏の不審死、館の地下には複数の落とし仔が監禁されていた?』
「そいつを殺したのは俺だって、バレちゃいましてね」
「よく見ると、まだ結構傷が残ってる。
オークションで売られたあと?」
「かっとなってやっちゃいました」
「んなインスタント感覚で、やめてよね」
「そうですね」
額縁市では、迷宮巣付近で保護した幻獣ないし落とし仔を、公営オークションにかけて好事家へ売り払うという通例がある。それまでの発見されてから一週間は、役所側で面倒を見ることになっていたが、
「あのとき、役所の手が回らないからって、きみに押し付けられてた子か。
やっぱり、情が移っちゃった?」
「やっぱりって、なんですか。
どのみち、額縁市に限らず、いまの日本国法では幻獣や落とし仔を好事家に預けて、それがどのような虐待されたところで或いは死んだって、落とし仔に人権はないんだから、あるいは犬猫のような器物損壊にすら問えない。
異界由来の生物は、資本家たちが取引の自由化を謳って、好き放題やってるでしょう?
彼を取り戻す、法的なタテマエを僕は持たないなら、こっちへひそかに運び出すしかなかった」
「それに前後して、ヤシャの活動も始めたのは、いささか露骨過ぎたんじゃ?」
「……半ば自棄だったことは認めますよ」
ウォルプが虫の息になった時点から、自分は怖いモノなどなかった。
それまでは必死で市の管理下で、息をひそめて生きていくほかなかったけれど、今は少し、毛色が変わったというか。
「ひとつ、聞かせてください」
ピンク髪の少女へ、雫は彼を抱えて、向き直る。
「彼のお母さんは、彼を愛していますか?」
「えぇ、間違いなく。
異界への門をくぐってしまってからは、大層心配なさっておいでで、体調のすぐれないながらもみなの制止を振り切って、向こう側へ渡ろうとさえしていたくらいです。ですが……ガクブチシの行政側は、ことオトシゴについては誠意のある応対を期待できませんから」
雫と金華は見合わせて、頷いた。
金華は言う。
「こんなことになる前に、我々は動くべきでした。
なんとお詫びしたところで、言い訳にしかならないでしょう」
「それでも五体満足で返してくれましたでしょう?
ウォルプさまは、向こうで素敵な方々に出逢えたのですね」
「ぅ……」
永らくの昏睡から、少年が目を覚ます。
ぼんやりと金華を見ながら、
「おかぁ、さん?」
なんて、言いだして。
金華は苦笑しながら、
「ごめんね、私じゃなくて。
もうすぐ本当のお母さんに会えるから、大丈夫だよ」
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