ナナイロ
野原広
ナナイロ
覚えているのは、大きな光。私を包み込んで、溶かすように。
ピッピッピッ・・・
無表情な音は規則正しいリズムを刻んでいる。柔らかな布団、知らない天井。
「
目に映ったのは、綺麗な女の子。黒くて長い髪に、赤色の瞳。少し涙を浮かべたそれはまるで宝石のように輝いている。
「・・あ・・なたは・・?」
思うように声が出ない。ガサガサの喉を冷たい空気が通り過ぎ、さらに潤いを奪っていく。私を見つめる女の子は少し驚いたように目を開き、すぐに笑顔に戻る。
「私は
「あり・・がと・・う。」
ふっと微笑み、足早に去っていく撫子。私は誰なのか。なぜここにいるのか。ここはどこなのか。何もはっきりとしないけれど、何か大切なものが抜け落ちてしまっているのは確かだった。
「・・・っ・・・!」
起きあがろうとして体を動かすけど、体がガチガチで全く動かない。相当長い間寝ていたのかな。そう思うしかなかった。
「自力じゃ、飲めそうにないわね。」
「撫子。」
大丈夫よ。そう言いながら撫子は私のベッドについていたスイッチを押す。するとゆっくりベッドが動き、私は起き上がることができた。
「凪成。あなた10年も寝てたのよ。」
そう言いながら少しずつ水を口元に運んでくれる撫子。自分が10年も寝ていた。そんな実感はない。ナナというのは、多分私のことなんだろうな。そう思うことしかできなかった。
「そうなんだ。・・・あのね、私、何も思い出せないの。私が誰なのか、私がなんでここにいるのか。あなたが誰なのか。」
何も思い出せない。それはなんだか重大なことのような気がして。漠然とした不安に押しつぶされそうだった。さっきは動かなかった手が、少し震えて。けれどそれに気づいた撫子が私の手をそっと握ってくれた。
「大丈夫。私はあなたの大親友。
撫子の手は少し冷たくて。けれど力強さを感じて。安心できた。
「わかった。ありがとう。撫子。」
「凪成、少し待っててくれる?あなたに見せたいものがあるの。」
「もちろん。」
撫子は私の手をそっと離し、微笑みながら走っていく。すぐに戻ってきたその手には、少し分厚めのノートが見えた。
「これ、凪成の日記なの。」
「私の?」
「10年前の凪成が書いていた日記。よかったら読んでみて。私は1ページ目しか読んでないから、何が書いてあるのかは詳しくわからないんだけど。」
私の日記は、とてもおしゃれなノートだった。分厚い表紙に、日記がかってに開かないようにするための留め金。深い青色の表紙に金色で花が描かれていて、まるで魔法が描かれた本のような見た目だった。
「読んで、いいんだよね?」
「もちろん。それは凪成のだもの。」
私はそっと1ページ目を開く。長く開かれていなかった紙は少しだけくっついていて、パリパリと剥がれる音がした。
『2577・4・2〜 注意!これは日記です!私、古塚凪成以外の閲覧を禁じる!』
黒のボールペンで書かれた文字は綺麗ではなかったけど、下手でもない。ただ、綺麗に描こうとした努力は伝わってきた。これが私の字。
『4月2日 今日は高校の入学式だった。ま、中学の時からメンバーは変わらないんだけどね。なんて思ってたら、知らない子が1人いた!咲田撫子ちゃんっていうみたい。仲良くなれたらいいな〜!!』
『4月3日 高校の始業式は8日だ。つまり今日はまだ春休み!!
なんだか、自分じゃない人の日記をのぞいているみたいで、面白かった。ふと横を向くと、撫子は顔を思いっきり背けていた。もしかして、最初に閲覧を禁じられたから?面白くなって、私は思わず笑ってしまった。
「あはは!撫子、なんでそっぽ向いてるの?みていいよ。一緒に読もうよ。」
「えっ・・!いいの?じゃあ!」
「ねえ撫子、颯って誰なの?」
「颯くんは、凪成の幼馴染よ。家も近かったみたいで、仲が良かったの。保育園の頃から一緒だったみたい。」
「へえ。そうなんだ。高校は何人ぐらい人がいたの?」
「私たちの高校は海の方で、人が少なかったから、10人ぐらいしかいなかったわ。」
「結構少なかったんだね。」
私はわからない部分を撫子に聞きながら、少しずつ日記を読み進めていった。だんだん凪成のことがわかってきたような気がする。
『10月10日 2回目の文化祭が終わった!終わってしまった!!焼きそばはやっぱり人気だね。今日で一生分の焼きそばを作った気がするよ。明日は撫子と遊びに行く!楽しみだな〜!』
次を読もうとしてページを捲ると、白紙になっていた。ページ、飛ばしちゃった?次も、そのまた次も。この日を境にして、私の日記帳には何も書かれなくなっていた。
「この日で、終わりなの?」
「・・ええ。その次の日、10月11日にね。」
そう言って、撫子の笑顔が消える。撫子はなんだか辛そうな、悔しそうな顔をしていて、言われずとも、わかるような気がした。
「11日、世界はロボットに支配されたの。」
「!!???」
思っていた話と違った。ロボット達に、支配?世界が?・・・なんで??
「わからないのも、無理はないわ。だってあの日、きっと人間はみんなそう思ったはずだもの。」
わけがわからない。凪成の日記の中では40年前からロボット達と人間は暮らす世界が区切られていた。思考の壁っていう、大きい壁に。ロボットと人間は交わらずに生きる。それが昔ロボットと人間が結んだ約束。
「あの日、ロボット達は思考の壁を壊して、人間の世界に侵攻してきたの。その過程で、たくさんの人間が死んだわ。凪成が記憶を無くしたのも、10年間目覚めることがなかったのも、全部その日に受けた傷のせいよ。」
「え・・・と・・じゃあつまり、この世界はロボット達が支配している世界ってこと?」
「そういうことになるわ。」
頭が追いつかない。この世界は、私が思い出せる世界とは、また違う世界になってしまっているのかもしれない。
「私は、人間よね?」
「そうよ。」
「この世界で、人間はどうなっちゃうの?」
「・・・殺されるわ。ロボット達が望むのは完璧な世界。合理的な判断に従わない恐れのある人間は、ロボット達にとって不必要な存在だから。」
「・・・」
言葉が出ない。どうすればいいのか、わからない。私が生きているのはなぜ?
「私たち以外の人間は、この世界にいるの?」
「・・わからない。・・・・・」
何も覚えていない私に、変わってしまった世界。自力で動くことも、水を飲むこともできないで、私ができることは何?頭の中を少ない情報がぐるぐると回る。考えようとするけど、何も考えられない。ただ一つだけ、頭の中に浮かんできた不安。どうしよう。だんだんと心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。言うべき?言わないべき?聞くべき?聞かないべき?
「撫子は、人間なの?」
息を吸おうとして、口を開けると、言葉が飛び出してきた。この言葉を聞いて、俯いていた撫子は驚いた様子で顔をあげ、私たちの間には静かな空気が流れた。
「私は・・・私は、ロボット。人間じゃないの。」
辛そうに、唇を噛む撫子。
「それじゃあ、私を、・・・殺すの?」
私にむけてくれた笑顔も、かけてくれた言葉も、全部嘘だったの?そんなことはない。否定したかったけれど、否定できなかった。本当のことが、わからないから。自分の無力感にただ嫌気がさして、涙が溢れてきた。
「殺さない!絶対に、殺させない!!信じられないかもしれない。けど、私は凪成のことを大事に思ってる。何よりも!」
涙を綺麗な赤い瞳にためて話す撫子。信じたいと思った。日記に書かれたことが嘘だって思えなかった。
「私、撫子のこと、信じるよ。だって、10年間ずっと私のことを守ってくれてたのは撫子でしょ?」
声が震える。怖くないなんて言えなかったけど、きっと大丈夫。どこからか自信が湧いてきた。
「ありがとう。凪成。・・ありがとっ・・・!」
涙を流しながら、私に抱きつく撫子。私もそっと撫子を抱きしめる。
「こちらこそ、ありがと。」
暖かい気持ちになった。安心感が私を包み込んでくれた。
「おはよう、撫子。」
「おはよう。凪成。ご飯、できてるよ。」
「ありがとう!」
私が目覚めて、2ヶ月が経った。相変わらずほとんど何も思い出せないけど、撫子がこの世界と、前の世界についていろいろ教えてくれたから、私は少しずつ前に進めているような気がする。わかったことは、この世界にはもう、私以外の人間が存在しないかもしれないということ。そして私が人間だとバレてしまったら、この世界にはいられないということ。
「撫子はご飯を食べるけどさ、他のロボット達もご飯を食べるの?」
「うーん。私は人間世界に溶け込むように作られたロボットだから、ご飯を食べることでもエネルギーを補給できるけど、ほとんどのロボットは食べないわ。基本的に充電する方が早いし、楽だもの。」
朝ごはんの卵焼きを食べながら、私は撫子に問いかける。私はこの2ヶ月、撫子の家から外に出たことがない。庭にはたまに出るけれど、撫子の家は高い壁に囲まれているから、外の世界が見えることはなかった。
「じゃあ、このご飯はどこからきてるの?」
「数は少ないけれど、食事をするロボットは私以外にもいるし、一般ロボットが楽しみのために食事することもあるの。それに、・・人間以外の生物はしっかりと保護されて、育てられているの。だから、農場とか、畑とかもあるのよ。」
「そうなんだ。なんだかロボットも、人間みたいだね。」
「ふふっ。凪成が言うなら、そうかもしれないわ。」
そう言って、撫子は壁の方に目をやる。壁では来客を知らせるランプが光っていた。
「凪成、気をつけてね。」
「任せて。」
撫子は、この世界で機械生命研究家として活動している。要するに新しいロボットとかを開発する人ってこと。ロボット達にも社会的な立場はいろいろあるみたいで、撫子は中央区にいる、この世界の統治者のもとで働くロボットだそうだ。撫子は基本的にこの家で働いていて、たまに撫子の上司ロボットが訪ねてくる。その時に私は試作品7号として、ロボットのふりをしていた。
「失礼するよ。」
「おはようございます。」
「おはようございます。」
私がロボットに扮する上で、重要なことは1つ。視線をキョロキョロと動かさないこと。ロボットは家の内装やインテリアに興味を持ったりしない。だから常に視線が目的の物の方に向く。だから、私はつい、ロボット達のデザインとかに目がいきそうになるのを堪えて、まっすぐにロボットの目を見つめる。これさえ意識しておけば、何か突拍子のないことをしでかさない限りは疑われることはない。って撫子が言っていた。
「仕事の進みは順調かね?」
「はい。7号も問題なく動いてますし、他の試作品も順調に完成しつつあります。」
「そうか、それはいいことだね。7号、音声認識を切りなさい。」
「はい!わかりました。」
びっくりした!!!いきなり話を振られた私は少し動揺する。セーフ?セーフだよね!?音声認識を切るってことは、きっと話を聞くなってことなんだろう。でも私は人間だから、音声認識機能を切ったりつけたりすることはできない。私はいろいろ考えた末、目線を床に落とし、少し顔を下に向けた。何を聞いても反応しなければ、話を聞いていないように見えるだろう。
「ナデシコ、君はいつまで人間などの影を追い求め、このようなロボットを作る気かね。」
「!?・・私の専門は、人間らしさを兼ね備えたロボット作り。この間までは、そちらもこの研究に賛同してくださっていたではありませんか。」
「人間のもつ感情を有効活用することができれば、我々の社会はさらに良くなる。しかし、感情を持つと言うことは、非合理的な判断をする恐れが増加すると言うことだ。そのデメリットを消しつつ、感情による大きな力を制御するロボットを作る。君の研究はそれが目的だったな。」
「その通りです。」
「先ほど、スーパーコンピューターが結論を出した。君の研究は全くの無駄である。違う研究内容を探し、その7号も速やかに廃棄しなさい。」
「どうしてですか!理解しかねます。」
「昨今の技術の進歩は凄まじい。感情を持たせる理由であった、急場での全力以上の力を出すと言う力。そのようなものに頼らずとも、十分な力を出すロボットが作れるようになったのでな。」
「コゴエの研究ですか。」
「そうだ。今日伝えたかったのはそれだけだ。これからも研究に励むように。」
「・・・わかりました。」
そう言って、去っていく撫子の上司。ロボットがいなくなった後も、部屋の中には重い沈黙が流れた。
「何もなくて、よかったわ。ナイス判断よ、凪成!」
「ありがとう。でも・・・」
「いいの。私の研究については、また考えればいいの。それに、凪成のことは絶対に守り抜いてみせるから。安心して。」
「心配はしてないよ。大丈夫。あの、コゴエって、誰?」
「コゴエは・・ね。」
少し表情が曇る撫子。少しの沈黙の後、ふっと微笑み、口を開いた。
「私が、元々は人間の世界に送られていたスパイだったって話、前にしたでしょう?」
「うん。聞いたことあるよ。」
「人間世界に送られたスパイって、私だけじゃないの。コゴエも、その中の1人。私は、最終的に人間側についた。凪成たちを、助けようとした。けれど、コゴエは人間世界で過ごす中で、人間のことをより嫌って、より不必要な存在であると考えるようになったロボットなの。」
「撫子の、反対ってこと?」
「簡単に言えば、そうなるわ。コゴエはロボット達が人間世界に侵攻した後も、人間達を仕留めるロボットを作り続けているの。今も、ずっとよ。」
人間は、不必要な存在。私は撫子としか関わっていないから、実感することはないけれど、この家を一歩でれば、私はいらない存在である。改めて突きつけられたその感覚は、この世界の総意であり、私なんかが争うことはできない、とっても大きな物。
「ロボット達にも、いろんな人がいるんだね。」
「・・・そう言ってくれる、凪成が好きよ。」
「えへへっ照れるなあ。」
その後も、私は筋トレをしたり、少し庭で昼寝をしたり、日記を読み返したり。いつものように過ごしていたけれど、少し、いつもと違う感情が私の中で生まれていた。
「凪成、お風呂、入る?」
「入る!」
撫子に誘われて、お風呂に入る。湯船に浸かりながら、シャワーを浴びる撫子を見つめる。まるで人形みたい。綺麗に整った体は、私にそんな感想を抱かせた。けれど、逆を言ってしまえば、人形のようの域を出なかった。撫子が綺麗じゃないとか、そう言うことを言ってるんじゃないよ!!撫子のことを、人間と言われて紹介されたら、ロボットであるだなんて気付けないぐらい。そのぐらい、ロボットと人間には見た目の違いがなかった。
「どうしたの?ずっとこっちをみて。恥ずかしいわ。」
そう言って手で体を隠し、イタズラっぽくこっちを見つめる撫子。
「もう!思ってもないくせに。人間と、そう変わんないなあってみてただけだよ。」
「ふふ、確かに、そうよね。人間を不必要っていう割に、自分たちは年々人間に似た存在になろうとするなんて。皮肉なものね。」
「そんなこと、言おうとしたわけじゃないんだよ?」
「わかってるわ。」
笑いながらそう言って、頭を洗う撫子。言ってみても、いいだろうか。私の中で生まれた願い。きっと撫子なら、叶えてくれる。けど、撫子に迷惑をかけることになる。
「ねえ、さっきから、何を悩んでるの?」
「うわあっ!!撫子!」
気がつくと、私の顔のすぐ横に、撫子の顔があった。思わず私は距離をとる。
「教えて。凪成は、今何を思ってるの?」
「・・・その・・。」
全てを見通すような、赤い瞳。私、この目に弱いんだよなあ。
「10年前の、自分を思い出したいなあって。」
「10年前の、凪成を?」
「うん。私、私がどんな人だったかっていうのを、もっと知りたいなあって思って。」
「すっごくいいと思うわ!そうね。じゃあ、人間世界に行ってみる?」
「いいの!?」
「もちろん。建物とかはもうほとんど残っていないけど、行ってみることで、何かを思い出せたりするかもしれないし。」
「でも、撫子に、迷惑じゃない?私、人間ってバレたら困っちゃうし。」
「大丈夫!凪成も言ってたじゃない。見た目はほとんど変わらないって。それに、何があっても私が凪成を守ってみせるわ。絶対。」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「もちろん!」
この夜、私たちは夜遅くまで計画を話し合った。次の日に目覚めたらもうお昼を過ぎていたけど、しょうがないよね。その日から、私たちは1週間かけていろんなものを準備した。持っていけるように日持ちするご飯、快適に眠るための寝袋。そして最後に、撫子がつくった、護身用の武器。少し重いけれど、その重みは、この旅が、危険と隣り合わせであるということ。そのことを私に思い出させてくれた。
「おやすみ、凪成。」
「おやすみ、撫子。」
灯を消した部屋は、窓からの月明かりで少しだけ様子がわかる。ついに、明日。私たちは外の世界に出る。私を、思い出すことができるかもしれない。少しの不安と、大きな期待。私の胸はドキドキして、今にも走り出してしまいそうだった。
「凪成、準備できた?」
「オッケーだよ!」
私たちは大きなリュックサックを背負い、スニーカーの靴紐をしっかりと結ぶ。なんだかふわふわして、地面についていることを忘れそうになるぐらいだけど、気は引き締めないとね!
「じゃあ、行きましょ。」
「うん!」
私たちは撫子の家のドアを開けた。明るい光が私たちを包み込んで、爽やかな風が暖かな匂いを運んでくる。
「じゃあ凪成、気をつけてね。」
「うん。任せて。」
私たちは、第一歩を踏み出した。撫子がいうには、私たちが今いるここは、この世界の中心。この世界は中心から東側にかけて。つまり10年前までロボット側の世界だった方に向けて、だんだん標高が高くなっているらしい。要するに山だ。人間世界は海のほうにあって、私たちがもともと暮らしていた場所は、さらに海のほう、南西の端がそこだ。ロボット達は人間を排除したものの、あんまり土地に侵攻することはしていなくて、人間世界は10年前のまま、ほとんど手付かずの状態で残っているらしい。
『今日の天気は、晴れ、時々雨。防水対策をしていないみなさんは、雨具を用意することを忘れないようにしましょう。』
街中に響く天気予報の電子音。周りがどんなふうになっているか、気になるけれど、あんまりキョロキョロしちゃダメ。私は前を歩く撫子だけをじっと見つめて、黙々と歩き続けた。しばらく歩くと、遠くの方にコンクリートではない地面が見え始める。きっとあそこが街の終わりだ。
「ここまで来たら大丈夫そうね。凪成、体調に変わりはない?」
「ちょっと疲れたけど、大丈夫だよ。」
街から少し離れて、大きな木の下。私たちは根本に腰掛けて、少し休憩。あたりに人通り・・ロボット通り?はなく、開けた場所なのに、私たち以外の姿は見えない。
「街中って、思ってたより誰もいないんだね。」
「そうね。基本的に私みたいに家の中でいるのがほとんどだから。」
私たちはその後、あたりを見渡しながら、歩き続けた。太陽は暖かく私たちを照らしてくれて、でもたまに冷たい風が吹いて。その風が冷たくて気持ちいい。ところどころに生えているシロツメクサという花で、撫子が冠を作ってくれた。私も撫子に作ってあげようとしたんだけど、結構難しくって。撫子が作ってくれたものとは比べ物にならないくらい、いつ解けてもおかしくないような、そんな不恰好な冠だったけど、撫子はとても嬉しそうにその冠を被ってくれた。
「あれは・・警備ロボットかしら。」
撫子が遠くから歩いてくる1人のロボットを見つける。外見がロボットらしいロボットで、腕のあたりに腕章のような模様が入っている。
「アナタタチ、コンナトコロニヨウガアルノデスカ?トテモメズラシイデスネ。」
「ええ。少し。研究のために必要なんです。」
「ソチラノカタモケンキュウデスカ。」
「そうです。撫子の助手です。」
「ソウデスカ。ソレデハケンキュウガンバッテクダサイ。」
そう言って敬礼をして私たちが来た方向へと進んでいく警備ロボット。
「こんなところにまで警備ロボットがいるのね。想定外だわ。」
「本当は、こんなところにはいないの?」
「ええ。そもそも警備ロボットは街にだけいるものよ。」
「あのさ、警備ロボットって、何するロボットなの?ロボット達には感情がないから、悪いことしようっていう気持ちも起こらないはずでしょ?」
「そうね、基本的にそんな感情がないから事件は起こらないけど。例えば農場で飼っていた動物が逃げてしまったり、本来街にいないはずの動物がうっかり街に迷い込んでしまったり。そういう時の対処がメインの働きね。」
「ロボット達を取り締まるためのロボットじゃないんだね。」
「そういうこと。」
私たちが進み続けていると、さっきまでは開けていた道が、だんだんと荒れ始めて、瓦礫なんかもよく落ちているようになってきた。
「なんだか、この辺あんまり整備されてないね。」
「そうね。街に住むロボット達はこんなところに来ることがないし、この辺りはどうなっていても関係ないっていう考えなんでしょうね。でも、私たちにとっては・・・ラッキー!みて、凪成!バイクがあるわ。」
そう言って撫子が指差した方にあるのは1つの古びたバイクだった。
「本当だ!でも、このバイク、だいぶボロボロだよ?これ、走れるのかな?」
「うーん、わからないわ。けどまあ、壊れてるなら、直せばいいのよ。」
そう言って撫子はリュックサックの中から工具箱を取り出す。
「撫子、バイクの仕組みまでわかるの!?すごいね。」
「私はわからないわ。けど、誰かは知ってるはず。」
「?どういうこと?」
「私たちロボットが得た知識や経験は、中央区にあるスーパーコンピューターに転送されるの。そして、そこにある知識は誰でも簡単にアクセスできる。見つかったわ。バイクの知識は私にはないけど、その情報を取り込むことで、修理できるのよ。」
「へえ。便利だね。」
そう言いながら、撫子は素早くパーツを分解していく。少し分解しては、近くの川に部品を洗いにいく。私もそれを手伝って、しばらくすると、バイクの見た目がなんだか走りそうなぐらいになった。
「部品が壊れてなくてよかった。きっとこれで走るわ。」
「でも、燃料とかないんじゃない?」
「大丈夫よ。」
そう言って撫子はカバンから大きなモーターみたいなものを取り出す。撫子のカバン、なんでも入ってるの!?
「えい!」
ガコン!と大きな音がして、撫子が持っていたモーターのようなものがバイクにくっつく。撫子がモーターの電源を入れるとバイクのエンジンもかかった。
「できたわ!これに乗っていきましょ!」
「すごいよ撫子!もうできたの!?」
撫子はバイクに跨り、その後ろに私も乗る。
「いくわよ、しっかり捕まっててね。」
「うん!」
ブウウウウン!エンジンは軽快な唸り声を上げて出発した。思ったよりも早くて、私は思わず撫子にしがみつく。
「うわあ!はやーい!!」
撫子の長い髪が風に靡く。爽快感が溢れて、なんだか嬉しくなってくる。私の視界を通り過ぎていく瓦礫の山に、どんどん遠ざかっていく街の空気。とても楽しかった。
「なんだか、天気が悪くなってきたね。」
「そうね。天気予報でも今日は雨が降るって言っていたし、もうすぐ日も暮れるし、今日寝る場所をさがしましょうか。」
そう言って私たちはあたりを渡す。
「あ!あの建物とかはどう?」
私は少し離れたところに見える大きな建物を指差した。白かったであろう外見は少し汚れて茶色がかっているけど、他の建物とは違い、雨や風をしのぐには十分なように見えた。
「いいわね!じゃあ今日はあそこに泊まりましょ!」
そう言ってスピードを上げる撫子。私たちは今日の寝床めがけて突き進んだ。
「ここ、なんだったんだろう。」
「そうねえ。保育園、もしくは幼稚園。そんなところかしら。」
「子供達が通う場所だよね。確かに、遊具が置いてあったもんね。」
私たちは愛車を玄関に引き入れ、少し建物の中を探索した。外からは雨の音が聞こえてきて、建物の中は少し暗くなった。
「なんか、小さいから、私たちが大きくなった気がする。」
「そうね。階段とか、すごく低く感じるわ。」
私たちは階段を登り、2階へと上がる。1階の窓はところどころ割れていて、床も汚れたりしてたんだけど、2階は比較的綺麗で、私たちが寝るのには十分だと思えた。木造の床には温かみがあり、壁には子供達が描いたのかな?笑顔の人の絵が飾られている。
「上手な絵。」
少し近づいて、眺めてみる。糊で貼られた紙は剥がれかけ、画用紙の端は丸まってしまっている。そっと丸まった部分を伸ばすと、大きな太陽と大きな壁が描かれていた。それを見て、なんだか現実に引き戻されるような感覚を覚える。私だけ別の世界に来てしまった。その思いは私が目覚めた日から消えることはなかった。
「ねえ凪成、こっちに来て!」
「・・うん!今行くね!」
私は絵から手を離し、撫子の声がする方へと走る。2階の突き当たり、広い部屋には、大きなピアノがポツンと置かれていた。
「懐かしいわ。」
そう言って椅子に腰掛け、鍵盤に指を置く撫子。ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ドと一音ずつ弾いていく撫子。
「凪成も弾いてみる?」
「じゃあ、ちょっとだけ。」
撫子に椅子を代わってもらい、私も鍵盤に指を置く。眩しいスポットライト、大きな拍手、綺麗なドレスに身を包んだ私の姿。それが一瞬にして私の頭の中を駆け巡り、私の指は勝手に動いた。綺麗なメロディと深みのある和音が耳に心地よさを与える。もっと弾いていたい、もっと聞きたい。そう思うままに私は指を動かし、音を紡いでいく。初めて聞くはずのメロディなのに、次の音が次々に頭の中に浮かんでいく。私は初めて凪成を感じた。
「覚えていたの?」
弾き終わり、撫子の方を向くと、撫子はとても懐かしそうで、嬉しそうで。静かにこっちを見つめていた。
「指が勝手に動いたの。私、もしかしてすっごくピアノ上手だったんじゃない?」
「そうよ。その曲は凪成のオリジナルの曲。また聞けるなんて、すっごく嬉しい。」
凪成に会えたらいいな。そんな期待が、凪成に会えるかも。そんな希望に変わった。
「明日にはね、私たちが暮らしていた場所につけると思うの。」
寝袋に入りながら撫子は言う。大きな窓から空の星を眺める。
「明日。たのしみだねっ!」
今日の音色と、明日への希望。楽しみを反芻しながら、私は眠りについた。
「出発進行ー!!」
私と撫子はバイクに乗って出発する。順調に道を進み、どんどん海へと近づいていく。
「ねえ、撫子、あれは何?」
「どれのこと?」
「あれあれ!空に飛んでるやつ!」
私は指をさす。灰色の雲に紛れて、白い箱のようなものが空を飛んでいた。
「・・!あれは!」
キキッと音を立ててバイクが止まる。
「違う道を通りましょ。凪成をあいつに会わせたくないわ。」
「あいつ・・?」
そう言ってバイクを方向転換させる撫子。
「合わせたくない。だなんて。心外だなあナデシコさん。」
突然声がして、私たちの横に積まれていた瓦礫の山から人影が現れる。ヒョロリと長い体躯に、ボサボサの黒髪。黒い眼鏡の奥に光る黄色い瞳から放たれる視線はぐさりと私に突き刺さった。
「おや?初めまして。ナデシコさんの新しい試作品ですか?」
「じゃあ、私たちは急ぐから。」
そう言ってバイクを進めようとする撫子。すると私たちの前に、さっきまでは空を飛んでいたドローンが現れる。
「退けなさいよ。邪魔。」
「少しはお話ししませんか?僕とあなたは同期なんだから。試作品についてさまざまな意見交換をしましょうよ。」
手を広げながら、少しずつ私たちに近付いてくる怪しい男。ポツポツと、雨が降り始めた。
「あなたに話すことはないわ。」
「ま、そんなことは言わずに。ねえ。あなた、お名前は?」
男は私の肩に手を回し、耳元で囁き、顔を覗き込んでくる。
「7、号です。」
「ほう。実に人間らしい。撫子さんが作りそうなロボットだ。」
男は私からパッと手を離し、私を突き飛ばす。その予備動作の少なさからは想像できないほど、強い力で私は押される。
「っ!?」
私は盛大にバランスを崩し、またがっていたバイクから転げ落ちる。
「凪成っ!」
少し、手を擦りむいてしまった。撫子がバイクを止め、私に駆け寄ってくれる。私は撫子に支えられながら立ち上がった。
「ロボットのくせに。実に貧弱だ。このような大昔のおもちゃのようなものに頼って。」
男は私たちのバイクを指で叩きながら言う。
「ナデシコさん。やはりあなたは
「コゴエ!あなたには関係のないことよ。」
「つい先日、スーパーコンピューターが結論を出したと聞きましたが。もしやお聞きになっていないのですか?」
コゴエはバイクから手を離し、私たちの方によってくる。
「実際に会って、スーパーコンピューターの判断は間違っていないと再確認できました。工業用、ましてや戦闘用でもない僕のような一般ロボットにさえ、太刀打ちできないその弱さ。やはり人間に似た物など、作るべきではないのです。その試作品にも廃棄命令が出ていたはずですよ?」
高いところから見下ろされて、威圧感を感じる。貼り付けたような笑顔は私の不安感を増長させ、鋭い眼光は私に恐怖を与えた。
「僕にも、あなたの考えはわかりますよ、ナデシコさん。丹精込めて、時間をかけて1つずつ組み上げた試作品を自分の手で壊すと言うことは、なかなか残酷なものですから。もしあなたにその勇気がないのでしたら、僕が壊して差し上げましょうか?」
そう言って私に近づいてくるコゴエ。私は手と足が震えそうになるのを懸命に抑えながら、撫子の服の裾をギュッと掴む。
「停止スイッチは、見つかりませんね。なに、あなたのことだ。きっと耐久性も人間に寄せているはず。頭と体を取り外せば、動きは止まるでしょう。」
「やめなさい!凪成に近寄らないで!」
撫子は私とコゴエの間に立ちはだかる。
「おや、そんなにムキにならなくてもいいじゃないですか。それとも何か、僕には言えないような機能も内包してあるんですか?どこですか?教えてくださいよ。」
「離れなさい!近寄るなっ!!」
諦めずにジリジリと近寄ってくるコゴエ。私の方に伸ばされたコゴエの腕からは雨水が滴り落ちてくる。もうダメかも・・・!そう思った瞬間、瓦礫の山の中から大きなベルの音が鳴り響く。
「ああ。時間切れです。僕はこれから中央に行って研究発表をしなければなりません。次は、時間切れなどない時にお会いしたいものですね。それでは、ナデシコさん。またお会いしましょう。」
そう言ってコゴエはドローンに乗り、すごい速さで街の方へと帰っていった。
「怖かった・・・。」
私は足の力が抜け、思わず地面にへたり込む。服が濡れちゃうけど、そんなの気にならない。その感覚を感じられると言うだけで今は嬉しかった。
「ごめんね。私がもっとはやく気付くべきだった。」
撫子はギュッと私を抱きしめてくれる。
「ううん。撫子は悪くないよ。・・コゴエって、前に言ってた人だよね・・?」
「そうよ。コゴエは殺戮兵器を主に研究しているから。この辺りで始動実験をすることもあるのね。知らなかったわ。」
私たちは濡れてしまったので、近くの雨宿りできそうな場所で服を乾かし、雨を凌いだ。時間的にもちょうど良かったので持ってきていたご飯を食べる。お腹がいっぱいになったところで、ちょうど雨が止んだ。
「擦りむいたところは大丈夫?」
「うん!全然痛くないし、大丈夫。」
「良かったわ。」
私が少し擦りむいたところは撫子が消毒してくれた。少しずつ太陽が顔を出し始めたので、私たちは出発することにした。
「もうすぐ、私たちが住んでた場所に辿り着けるんでしょ?」
「そうよ。この道をずっと進めばつくわ。」
そう言って、坂道を上ったところは、そこまでも平らな道が続いていて、すぐ左には海が見えた。
「見て!撫子、虹だよ!綺麗だね。何でだろ?何だか懐かしいな。」
海の上に、綺麗な虹がかかっていた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。はっきりと7色が見えて、とても綺麗だった。
「知ってる?虹の根元には、宝物が埋まってるんだって。」
「そうなの?じゃあいつか一緒に掘りに行こうね!」
「・・!もちろん!」
撫子の腰にそっと手を回しながら、虹の根元を見つめる。遠い海の向こうにかかっているその虹の根元には、どんな宝物が埋まってるんだろう?いつか、2人で。先の楽しみができたなあ。心躍るって言うのはこう言う状態のことを言うんだろうか。今ならどんなダンスだって踊れる。そう思えるほど足がうずうずしていた。
「ついたよ。ここが、私たちの故郷。」
もう日は暮れかけて、あたりは少し暗くなっている。区画分けされた道を囲むようにして瓦礫が積まれている。もとの様子は想像もつかないけど、ここが私の故郷。そう言われると何だか懐かしい気分になる。撫子はバイクを道端に止め、私の手を引く。
「こっちが凪成の家よ。」
少し歩いて、小高い丘の麓。他の場所と同じように建物の跡はなく、ただ瓦礫が積み上がっているだけ。それでもなぜか、この場所にいると安心できた。けれどそれと同時に悲しさが溢れ出てきてしまった。
「やっぱり、見たくなかったわよね。ごめんなさい。」
「大丈夫だよ、私は見たかったもん。見せてくれてありがとう。」
私たちは少しだけ元私の家の瓦礫の中を探ってみた。何かみたら、私が何か思い出すかもって思ったから。けれど、なにも出てこなかった。10年も経ってるから、しょうがないのかもしれないけど。
「なにも、見つからないわね。」
「じゃあいいや。他のところも見てみたいな。そうだ!高校はどこだったの?」
「じゃあいきましょうか。」
そう言って撫子は私の家の前の丘を登っていく。丘の上にはたくさんの木が生えていて下からはなにがあるか見えなかった。少し坂を登ると、茶色の建物が見えた。
「これが私たちの高校よ。無事だったのね!」
私たちは入り口に向かう。私は入ろうとして玄関の扉を押した。するとギギッと音がして、バタン!と倒れてしまった。
「えっ!!わ、私、そんなに力入れて押してないよ!?」
「ふふ!大丈夫よ。この扉、昔からあんまりちゃんとしてなくてね。危ないなあって思ってたんだけど、とうとうガタがきたみたいね。」
いくつか並んだ靴箱に、大きな窓。そしてその向こうに広がる中庭。
「教室はこっちよ。」
撫子について階段を登り、教室のドアを開ける。少し歪に並んだ机は人が座れば今にも授業が始まりそうな、そんな感覚を思わせた。時が止まってしまったよう。その言葉がピッタリだった。私の足は自然に動き、教室のど真ん中の席の椅子を引いて座る。
「当てていい?ここが私の席でしょ。」
「大正解。ちなみに私はここだったわ。」
そう言って私の席の隣の椅子を引いて座る撫子。
「屋上行こ!」
思わず口をついてでた言葉。驚いたような顔で私を見つめる撫子。
「懐かしいわね。行きましょ!」
きっと、何回も言ったんだろうな。思わず笑ってしまう。撫子と階段を登って、屋上の扉を開ける。高い金網が貼ってあって、その向こうには大きく広がる海が見えた。
「わあ。なんか、懐かしいな。」
「またこの景色を見られて、良かった。」
海の方に向けて設置されたベンチに腰掛けて、撫子と目を合わせて、笑う。思い出せる記憶はないけれど、何だか懐かしいと言う感覚は優しく私を包み込んでくれて。やっと世界の一員になれたような、そんな気がした。私たちは時間を忘れてしばらく海を眺めていた。
「・・?あれ、何か砂浜が光ってる?」
「どこ?」
「あそこ!」
「シーグラスかしら?行ってみましょ!」
私たちは急いで階段を駆け降りる。撫子が教えてくれた海へ降りる道を通って、砂浜に向かう。急いで靴と靴下を脱ぎ、海と砂浜の境目を走る。指の間を冷たい水が通りすぎる感覚と、ほんのり温かい砂が指をあっためる感覚がクセになる。
「えい!」
「あら、遠慮しないわよ!」
撫子と水を掛け合って遊ぶ。ひとしきり遊んだあと、私と撫子は砂浜に転がった。
「あはは!楽しいね!」
「ふふっ!そうね!」
撫子と2人、星を眺める。私たち、なんで砂浜に来たんだっけ・・・?そうだ!
「なにが光ってるか見に来たんだった!」
私は急いで立ち上がり、さっき上から見た時に光っていたあたりを探す。月以外の光はなかったけど、白い砂浜は月の光をたくさん反射して、思ったよりも明るかった。
「なにが光ってたのかしら、光ってたのはこのあたりなんでしょ?」
「多分ね。発光してたってよりかは、反射してたの方が正しい光り方だと思うの。」
「じゃあきっとガラスか何かよね。」
私たちは砂浜を歩き回る。すると私の足に何かがひっかかって、私は転けてしまった。
「うわあ!」
「凪成!大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと引っかかっただけ。」
えへへ。と笑いながら私の足元を見る。そこにはガラスの瓶があった。
「光ってたの、これかなあ?」
「そうかもしれないわ。・・中に何か入ってるわ。」
「えっ!ほんとだ!」
ガラス瓶の中に、何か紙のようなものが入っているのが見えた。私は急いでガラス瓶の栓をしていたコルクを引っこ抜く。瓶を振って紙を出し、そっと広げてみる。
『人間へ。干潮時、洞窟より渡れる島にて待つ。
2588・10・2
手紙だ!?しかも颯って、凪成の日記に出てきた人!私たちはびっくりしてお互いに顔を見合わせた。
「こ、これって!」
「颯くんじゃない!しかも最近!凪成!人間の生き残りはいたんだわ!」
手が震える。夢じゃないかと思うけど、これは現実。
「明日、ここに行ってみない?」
「もちろん。干潮になる時間は調べておくわ。」
私たちは学校へ戻る。人間に会えるかもしれない。この期待は私の胸を膨らませた。この世界に、仲間がいる。それだけでとても心強かったし、とても嬉しかった。本当は今すぐにでも手紙に書いてあった島に向かいたかったし、眠れる気配も全くなかった。そう思っていたけれど、疲れていたのか、いつの間にか私は眠っていて、目が覚めると横で撫子がおはようと微笑んでくれたのだった。
「干潮は、今日の12時から。それまでに、学校下の洞窟を探しましょ。」
「そうだね!撫子は、何か心当たりある?」
「うーん。学校下に洞窟があるなんて話、私は聞いたことがないわ。でも、この瓶が砂浜にあったってことは、砂浜からだったらその洞窟も見つかりやすいんじゃないかしら。」
「私もそう思う!砂浜、行ってみよ!」
私と撫子は砂浜へ降りた。明るい中で見る砂浜は昨日とは違ったように見え、けれどその懐かしさは全く変わっていなかった。私たちは洞窟を探してぐるぐると砂浜を歩き回ったけど、それっぽい窪みしか見つからなかった。小さな穴を見つけてもすぐに塞がってしまっている。洞窟を見つけるには思ったよりも時間がかかりそうだった。
「これ、本当に洞窟なんてあるのかな?」
「全然見つかる気配がないわね。」
干潮時に行けるってことは、今はまだ見えないところにあるとか?そんなことを考えながら、いろいろな隙間をのぞいてみる。
「もしかしたら、その島に凪成は行った事があるかもしれないわ。」
「私が?」
「ええ。颯くんと凪成は小さい時はずっとこのあたりで遊んでたって聞いた事があるもの。颯くんの言っている島は、もしかしたらその時に見つけた島なのかも。」
「・・・確かにそうかも。」
私は流木に座り、じっと昔のことを思い出そうと頑張ってみる。ピアノも弾けた、屋上にだって行った。確かに、少しずつ、少しずつ、思い出せてるんだ。ふと、足元にあった貝殻が目に止まる。小さな桜貝だ。かわいいなあ。そう思いながらその貝殻を拾い上げた瞬間、一瞬だけ私の頭の中に映像が流れる。
「!?」
小さな男の子と、サンダルを履いた足。これは・・私?砂浜に、貝殻を置いて絵のようにしている。矢印といくつかの文字。書いてあるのはひ、み、つ、き、ち!!
「わかった!かも!」
「すごいわ!思い出したの?」
「一瞬だけ。多分、ここだよ。」
私は座っていた流木から少し斜めに歩いて、大きな岩がある方へと進む。私の記憶の中で、貝殻の矢印が示していた方向だ。
「干潮になったら、ここに洞窟ができるんだと思う。」
「それじゃあ、少し待ちましょ。」
私たちはドキドキしながらじっと海を見つめた。こんなところに本当に洞窟があるのかっていう疑いの気持ちと、もうすぐ、昔の私を知っている人間に会えるかもしれないっていう期待する気持ちがぶつかり合って、心臓がドキドキ言っているのが聞こえてくるぐらいだった。
「12時よ。これが・・洞窟なのね。」
「本当に、通れるのかな?」
潮がひき、確かに穴があらわれた。でもみた感じ、人1人がやっと通れるような隙間しか空いていなくて、本当に奥まで続いているかは怪しい。
「私が先に行くわ。何かあったら知らせるから、凪成はここで少し待ってて。」
「わかった。気をつけてね!」
そっと隙間に入っていく撫子。待っていた時間はとても短かったはずなのに、まるで永遠のように思えた。
「凪成!大丈夫そうよ!少し奥まで進んでみたんだけど、入ってしまえばあとは開けているわ。」
入っていった隙間からひょっこり顔だけ出してこちらを覗く撫子は満面の笑みを浮かべていた。
「じゃあいくね!」
私もそっと隙間に入る。
「足元、滑るから気をつけて。」
そう言って私の手を取って支えてくれる撫子。洞窟の道は一本しかなく、かなり遠くまで続いているようだった。
「潮が満ちてくる前にわたり切らないとね。」
「そうだね。少し急ごう。」
撫子が懐中電灯を渡してくれた。足元は滑るけど、あんまりデコボコしていないおかげで歩きやすかった。少し坂道になっていたり、少し狭いところがあったり。結構な距離を歩いた。
「だいぶ、歩いた気がする。」
「そうね。凪成、体調は大丈夫?」
「大丈夫だよ!」
体力は、落ちてるんだろうな。10年も寝ている間に、私の体の筋肉はすっかり落ちてしまっていた。だから目覚めてからはずっと、撫子に組んでもらったメニューで筋トレをしていた。撫子が組んでくれたメニューの効果は絶大で、今は人並みに歩いたり、走ったりできる。けれどやっぱり体力はすぐには戻らなくて、歩いたり走ったりするとすぐに息が切れる。今も横腹が痛い。息も荒いし。けれど、私の目の前にあらわれた希望は掴み損ねたらもう2度と私の前にはあらわれてくれないような気がして、私は必死で足を動かした。
「凪成!出口よ!」
撫子が振り返ってこっちをみる。撫子の指さす方には確かに小さな灯りが見えた。
「!!行こ!」
俄然元気が出てきた。一歩踏み出すごとに大きくなっていく光。私たちが歩くスピードはだんだん早くなり、最後はもはや全力で走っていた。
『ついた!』
洞窟を抜け、撫子と2人、顔を見合わせる。洞窟は森の中に繋がっていて、私たちが出たところには人影がなかった。
「進んでいったら、人がいるのかな?」
「いってみましょ。」
私たちは歩き始める。すると後ろからガサガサッという音がしたと思うと、首筋に尖ったものが突きつけられる感覚があった。
「動くな。」
私たちは反射的に両腕を上げる。周りをよくみると、長い槍みたいな物をもった人たちが私たちを取り囲んでいた。
「ま、待ってください!私たち、この瓶に入った手紙を見て来たんです!」
私は持っていた瓶を周りの人たちに見せる。
「・・!凪成!?咲田!?お前達、無事だったのか!!??」
茂みをかき分けて、私たちに近づいてくる1人の男の人。ほりの深い顔に、がっしりとした体。少しハネた茶髪。もしかして。
「颯・・?」
「そうだ!颯だ!凪成、お前ほんとに・・!!咲田も!!お前達、ほんとに変わってないな!あえて嬉しいぜ!」
「・・あー、知り合いか?」
私たちの後ろを取っていた人たちが気まずそうに前に出てくる。
「俺の幼馴染と、その友達だ!安心してくれよな!」
「悪かったな。万が一にでもロボットだったら、ここにいる全員の命が危ないからよ。」
「いいの。驚かせてごめんなさい。」
じゃーな。感動の再会ってやつだぜ。そんなことを思い思いに口に出しながら、私たちを囲んでいた人たちは森の奥の方へと向かっていった。
「お前達!ほんとにどうやって生きてたんだ!?俺達、瓶は定期的に置きに行くものの、誰かがいるだなんて思っても見なかったぞ!」
私たちの方を掴み、大きく揺さぶる颯。その顔はとっても嬉しそうで、私たちも嬉しくなった。
「颯くん、大事なことがあるんだけどね。」
そう言って話し始める撫子。
「・・・まじ・・?」
撫子は話した。私の記憶がないということ。私はついこの間目覚めたばかりだということ。
颯は驚いて目を見開いている。
「でも、俺のことは覚えてただろ?」
「うーん、と。凪成の日記を読んだから、颯っていう人の存在は知ってたの。けど、私は颯がどんな人かは知らなかった。ただ、あなたを見た瞬間、勝手に口が動いたの。」
「凪成はまだ、はっきりと物を思い出したことはないの。ただ、無意識的に何かを思い出すことはあって。私たちがここにきたのも、凪成の記憶を取り戻すためなの。」
「そっか!じゃあここにいろよ。俺も何か凪成が思い出せるように手伝うしさ。」
ここには人間しかいないみたいだから、命を狙われる心配もない。ありがたく、颯の提案に乗らせてもらおう。
「じゃあ、そうさせてもらうね!」
撫子は私の後ろで頷き、にっこりと微笑んでいる。私たちは森を少し進んだ先の開けたところにある小さな村のようなところに案内された。
「ここ、使えよ。俺の家なんだけど、空いてるからさ。」
そう言って颯は私たちに家の中を案内してくれる。私たちは颯の家の一部屋を使わせてもらうことになった。その日は颯が作ってくれたご飯を食べて、お風呂に入って、私たちは部屋に戻った。
「ほんとに、人間に会えてよかった!」
「そうね。私もそう思うわ。」
私たちは颯達が引っ張り出してきてくれた布団に2人で入り、寝転がる。寝袋で寝ていた時も満足だったけど、やっぱ布団もいいよね!今日はたくさん動いた疲れもあって、すぐに眠れそうだった。
「・・・あのね、凪成。」
「どうしたの?」
「・・いえ、やっぱりなんでもないわ。」
「本当に?どうしたの?教えてよ。」
「・・少し、怖い話を思い出しただけよ!聞きたいの?」
「ききき、聞きたくない!言わないで!」
「ふふ。言わないわ。おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
私たちは、眠りにつく。少し肌寒くなってくる季節だけど、撫子はとても暖かくて、私たちの布団はとても快適な温度になっていた。この世界で目覚めてから、今までで1番よく眠れた気がした。
「起きろよ、そろそろ。」
私たちの部屋のドアがノックされる。寝過ぎた!?撫子が朝に起きないなんて、珍しいな。私が隣を見ると、撫子はまだ眠っている。撫子は私が目覚めてから、いいや目覚める前からずっと、頑張っててくれたもんね。今日はたっぷり寝てもらおう!私は急いで身支度して、部屋から飛び出る。
「おはよう。撫子はまだ寝てるの。疲れてるんだと思う。寝かせててあげて。」
「まー、凪成のことだから、全部咲田に頼りきりなんだろ?そりゃ疲れるよ。咲田に同情するぜ。」
「えっひどい!私、昔からそんなんだったの?」
「そりゃもう。俺だって何回お前に宿題見せてやったことか。」
「えー?ほんと?日記には私と颯が一緒に撫子の宿題写したって書いてあったけどなあ?」
「チッ余計なこと書きやがって。」
「嘘教えようとしないでよね!」
颯という人のことを、私は思い出すことはできないけど、自然と会話が弾む。撫子と話している時と似たような感覚だ。どこか懐かしくて、すごく楽しい。凪成にだんだんと近づいている。そんな実感があった。
「この島では、どんなふうに暮らしてるの?」
「あー。まあ、普通に前の生活とはあんまり変わらねえな。学校もあるし、仕事だってある。まあ、規模とかはすげえ小さくなってるし、不便なところも多いけどさ、なんとかやってるぜ。」
颯は私たちのご飯を準備していてくれたらしく、私たちはご飯が並べられたテーブルに向かい合って座る。いただきます。そう言って口に入れた卵焼きは、とってもおいしかった。
「昔の私も、こんな感じだった?」
「ああ。そんな感じだったぜ。だって俺、咲田から聞くまでお前が記憶喪失だってわかんなかったからな。」
「そうなんだ。ここには、颯以外にも、私のことを知ってる人はいるの?」
「あー・・。見たことあるって人はいても、お前のことをよく知ってるって人は俺ぐらいじゃねえか?きつい話だけどよ。お前んとこのおじさんも、おばさんも、連絡つかねーんだ。」
「そっか。」
私の、お父さんとお母さん。顔も、声も思い出せないけど、きっと優しくて、いい人たちだったんだろうな。・・だって、すごく悲しい。
「撫子から聞いたことしか知らないんだけど、やっぱり10年前って、だいぶ酷かったんだね。」
「そうだな。まあ起きたことは振り返ってもしょうがねえさ。俺らは今、この島をもっと発展させようとしてるんだ。よかったら、凪成も一緒に作業しねえか?」
「いいの?私にできることなら、なんでもするよ!」
「じゃあ行こうぜ!」
颯に続いて、私も家を出る。整備されてない道だけど、人通りは活発で、道ゆく人は私に視線を投げかけながら通り過ぎていく。
「あ、昨日の。凪成ちゃんだっけ?俺は
「ウチは
「よろしく!」
早速、声をかけられた。駿介くんは少し長めの黒髪に、自信ありげな笑顔が印象的。彩芽ちゃんは焼けた肌に、少しカールした短めの黒髪。眩しい笑顔は私の目に焼き付くようだった。
「しゅんと彩芽は俺たちの一個上。北区の方から来た。今は畑とかやってるぜ。」
「凪成ちゃん、今日は何する予定?よかったら、ウチらのとこも、見にきてね。」
「今日は俺が案内する予定だ。あとでお前らんとこもいくぜ。」
「待ってるよ。」
「じゃねー!」
手を振りながら歩いていく彩芽ちゃんたち。その後も私たちはいろんな人から声をかけられた。おじいさん、おばあさんに、おじさん、おばさん。私たちぐらいの年の人もいれば、私たちよりも若い人、生まれたての赤ちゃんまで、この島に住んでいるみたいだった。
「俺が、最初にこの島に住み始めてさ、たまたま洞窟を見つけた奴らとか、俺が置いた瓶を見つけてきた奴らとか、いっぱいいるんだ。」
「思ったより人が多くて、びっくりしたよ。」
「そうだろ?さ、ついたぜ。まだなんにも始まってないんだけどな。」
颯が絵あたしを連れてきたのは、集落の端の方。颯が手を広げる向こう側には、まだ手付かずの森が果てしなく広がっていた。
「あ!颯くん。やっぱり大きな岩があるようでね。」
「うわー。少しずつ砕くしかないっすかね。」
「颯くん、ちょっといい?最近どうも、水道の調子が悪いみたいでね。」
「俺んところだけじゃないんすね!?じゃあ水道自体に問題あるんかな。見てみますね!ありがとう。」
その森の手前には、小さな小屋が立っていて、いろんな人がせわしなく出入りしている。そこにいた人たちは、颯が見えた瞬間に駆け寄ってきて、この島が抱える様々な問題を全て颯に知らせて、颯の言う解決策を聞くとサッと帰っていった。
「颯、人気者だね。」
「全然、俺を通さなくてもいいんだけどな。みんな俺に聞いてくれるんだ。」
「やっぱり、1から街を発展させるってなると、課題がいっぱいだね。」
「そうなんだよなあ。やっぱり土地不足!これがでかい。ロボット達からあっちの島を取り戻すっていうのが1番手っ取り早いんだろうけど、勝ち目はねえからな。コツコツやってくしかねえな。」
「手伝うよ。」
ロボットの強さ。私はコゴエにあったことを思い出した。確かに、人間に勝ち目があるとは思えなかった。私たちは木を切り倒し、石を退け、穴を掘ったり埋めたりして地面を平らにした。夕方になると私たちは畑の方に移動して、彩芽ちゃん達の手伝いをして雑草をむしった。
「あー!疲れたあ。」
「悪いな。思ったより手伝わせた。」
「ううん大丈夫!颯はいつもこれをやってるんだもんね。私、撫子の様子、みてくるね!」
夜になり、私たちは家に帰り、交代でお風呂に入った。もう体の節々が痛い。筋肉痛だ。
「撫子、入るよ。」
「おかえり。凪成。ごめんなさい。寝かせてくれて、ありがとう。」
「いいんだよ!ゆっくり休めた?」
「ええ。もちろん。」
私は話した。今日したことや、島の未来のこと。撫子は楽しそうに私の話を聞いてくれた。
「晩メシできたぞー!」
颯に呼ばれ、私たちは階段を降りていく。私たちはご飯を食べ、少し話し、早々に寝ることにした。
「・・さよなら。」
うーん。夢・・・?それにしては非常にリアル・・・。耳元で声が聞こえた気がして、私は少し目が覚めた。
「ハックショイ!」
くしゃみが出る。少し寒いな。私は振り返って撫子の方を見る。もしかして、撫子も寒い?
けれど私の目には撫子は映らなくて、1人ぶんのスペースが開いた布団があるだけだった。
私の目は一気に冷める。
「撫子!」
さっき聞こえた声が撫子のものだとしたら?さよならってどういうこと?私はいても立ってもいられず、部屋を飛び出した。夜だから、できるだけ静かに。そういう思いはあったけど、そんなのに気を遣ってなんかいられない。私は玄関の扉を開け、外に出る。
「撫子!」
周りを見る。人影は見当たらない。撫子が行きそうなところは?私は必死で頭を動かす。きっとあそこだ。私たちが昨日、この島に来た時に通ったトンネル。私は筋肉痛の足を懸命に動かした。
「撫子!待って!」
深い森の中を走っていく。私が昨日の洞窟に着いた時、撫子はそこにいた。
「撫子!どこにいくつもり?さよならって・・・どういうつもり?!」
「凪成・・・。」
今にも泣き出しそうな顔で私を見つめる撫子。
「私、撫子とお別れなんて嫌だからね!」
「・・・!」
撫子は洞窟の入り口に手をかける。
「待って撫子!」
私は撫子の腕を掴む。撫子の体は半分ぐらい洞窟に吸い込まれている。
「撫子・・!」
撫子は、こっちをみてくれない。顔を背けて、私には撫子が何を思っているのか、わからなかった。
「撫子は・・、私と、一緒にいたくない・・・の?」
なんとか声を絞り出す。そんなこと、想像したくなかった。けど、颯も言っていた。私は昔から撫子に頼りきりだったって。今もそうだ。私が目覚めてから、撫子はずっと私のことを気にかけてくれた。私が撫子にしてあげられたことは、何もない。後悔が、押し寄せてきた。そして私の目から涙が溢れ出した。
「そんなわけっ・・・!」
必死な顔で振り返る撫子の目にも、涙が浮かんでいた。
「じゃあ、どうして・・・?」
撫子は、唇を噛む。口を少し開いて、何かを言うのかと思えば、またすぐに閉じる。
「教えて。・・理由もわからないのにっ!大親友と離れ離れなんて嫌だよ!」
「わかったわ。場所を、変えましょ。」
私たちは洞窟から離れ、海の方へ歩く。私は、撫子の腕を離せなかった。離したら、もう2度と掴めない気がしたから。
「・・・」
「・・・」
私たちは砂浜に座ってじっと海を見つめた。波が砂浜に打ち寄せる音だけが聞こえる。
「私は、この島にはいられない。」
「どうして?」
「私がロボットだからよ。この島は人間の島。私はここにいるべきじゃないの。」
「そんなことない!私だって昨日までロボットの島にいたじゃない!」
「そう言う問題じゃないわ。私は人間とちがって、歳を取らない。疲れを感じることもない。」
「いいことじゃん!」
「よくないわ。周りが老いていくのに、私だけ老いなかったら?周りが疲れている中、私だけ元気だったら?人の心の傷は簡単に癒えるものじゃない。ロボットに大切なものを奪われた人間の中で、私がロボットであると疑われないことなんてないの。」
「だったらみんなに言っちゃえばいいよ。みんないい人だよ。きっとわかってくれる。」
「凪成だから、そう言うことが言えるのよ。人間にとってロボットとは、家族を殺した存在。家を、故郷を奪った存在。私はそういう風にしか見えないわ。」
「で、でもっ!」
「だから私はこの島から出るわ。私がロボットだってバレた時、きっと次は凪成に疑いがかかる。」
「じゃあ、私も一緒にこの島から出るよ!撫子と一緒に行く。」
「ダメよ!凪成はあんな世界にいてはいけない。コゴエを見たでしょ?あんな考え方をするロボットがいっぱいいる中に、凪成を連れ戻す気はないわ!」
ぐうの根も出ない。撫子には反論できない。言っていることが正しいから。私も撫子の方が正しいってことは理解できた。けど、それがいいか悪いかは別の話。
「でも私、撫子と一緒にいたい!」
「っ・・!私だって!凪成と一緒にいたいわ!10年間、ずっと待ってた。凪成が目覚めるのを!だってまた話したかったの。また一緒に遊びたかったの。けど、私が1番願っているのは、凪成の幸せ。私がいることで凪成の幸せが崩れる可能性があるのなら、私はっ!」
「・・・私の幸せを、撫子が勝手に決めないで!私の幸せはっ!これから先もずっと撫子と一緒に笑って過ごすことだよ!」
「・・・!!」
私と撫子は見つめ合う。撫子の目から涙が溢れ出す。
「本当の本当に、私が、ずっと凪成のそばにいてもいいの・・?」
「もちろんだよ。」
私は撫子をそっと抱きしめる。
「でも、私、ロボットよ・・・。」
「そんなの関係ないよ。大親友って言ってくれたのは撫子でしょ。」
撫子も、そっと私を抱きしめる。撫子の涙が収まるまで、このままでいてあげよう。その前に、私の涙も収まるといいけど。
私たちはしばらく抱き合いながら、砂浜にいた。少しして、私たちは家に帰った。大泣きした後だから、冷静になると少し恥ずかしくて。でも一緒に布団に入ったら、そんなの関係なくなるぐらい、また撫子とここにいられることが嬉しかった。窓からは朝日が少し差し込んでいたけど、私たちは眠りについた。
「お前たち、朝苦手なんだな?」
「あはは・・・。」
私たちはお昼ご飯を食べながら颯と話す。私たちには、ある考えがあった。
「あのね、颯くん。」
「おう、なんだ?」
「昨日凪成から聞いたんだけどね。」
そう言って話し始める撫子。私たちの考え、それはロボットたちから世界を取り戻す作戦。
撫子曰く、ロボットたちは、もれなく中央区にあるスーパーコンピューターに接続されていて、そのスーパーコンピューターの電源を落とせば、世界中にあるロボットたちが一斉に動きを止めるそうだ。私たちは、街でも意外と人間がいることはバレないとわかっているから、そのスイッチまでたどり着くこともできるかもしれない。そう言う話を颯にした。
「マジかよ・・・!早速作戦会議だ!人数は少ない方がいいよな。」
「結構危ない作戦になるけれど・・・。」
「少しでも可能性があるんならやるぜ!俺はいく!」
そんな感じで、話は進み、私と撫子、そして颯の3人が中央区に向かうことになった。駿太くんも行くと言ってくれたんだけど、颯が断ったみたい。何かあった時の島は、しゅんに頼む!そういった颯の顔はにこやかだったけど、振り返ってこっちを向いた時の颯は少し辛そうだった。私たちは、命をかけて中央区に行く。その覚悟はとても堅かったけど、恐怖はその覚悟を遥かに凌駕している。私も、コゴエのことを思い出すと手も足も震える。けれど、撫子と話して結論づけた。私たちが幸せに暮らしていくために、必要なこと。そのために、やるしかないよね!
そこから数日、私たちは準備を重ねた。移動手段として、私たちはバイクがあるけど颯のものはなかったから、島の人が持っていたバイクを修理することにした。完成した状態のバイクは洞窟を通れないから、一旦分解して、パーツを少しずつ洞窟の向こうに持っていった。
ご飯や寝袋、護身用の武器なんかも用意して、私たちの出発日はついに明日へと迫った。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
私たちは部屋へと戻る。
「この部屋で寝るのも、最後だね。」
「あら、どう言う意味?」
そう言っていたずらっぽく笑う撫子。
「世界を取り戻したら、ふっかふかのおっきいベッドで寝ようね。」
「楽しみね。」
早くなる鼓動は治められない。けれど大丈夫。そう言ってくれているような撫子の手を握っていると、自信が湧いてくる。目を閉じると、すうっと意識が遠のいていく。目を開けると、朝になっていた。
「じゃあ、行ってくるぜ!」
「気をつけろよ!」
「気をつけてね!無事で帰ってきてね!」
私たちはたくさんの人たちに見送られながら洞窟に入る。よく滑る洞窟の中を一歩一歩、踏みしめながら歩いていく。しっかりと足を地面につけておかないと飛んでいってしまいそう。そう思うぐらい、ふわふわとした気持ちだった。しばらくして、洞窟を抜けて、私たちが止めておいたバイクの場所まで移動する。
「掴まっててね!」
「出発進行ー!」
「俺バイク免許は取ったけどペーパーなんだよなああああああ!!?」
「颯くんスピード緩めて!」
「大丈夫ー?」
颯が跨った途端、すごい勢いで走り出すバイク。ちょっとしたハプニングはありつつも、私たちは順調に街へと向かっていった。走り始めてからしばらく経って、颯が話し始める。
「あのよ、俺、聞いちまったんだ。」
「何を?」
「お前らがきた次の日の夜中、2人で抜け出してたろ?」
「!!?」
「!?」
私たちは驚いて、慌てる。運転が上手な撫子だけど、少しバイクが横に揺れる。
「気づいてたの!?」
「ていうか、聞いてたの!?」
「あー。悪いと思ってるけどよ、俺の部屋は隣だから流石に気づくって言うか・・・。」
「どこから?どこから聞いてたの!?」
「最初から・・最後まで。」
「じゃ、じゃあ・・・!」
「咲田がロボットだってことも聞いてた。」
「あのね、撫子は悪いロボットじゃないんだよ!すっごくいいロボットなんだから!」
「わーってるわーってる。なんだかんだで、10年以上前から知ってるからな。咲田のことも。咲田のおかげで俺たちに少しの希望が見えたんだ。ありがとよ。」
「そう言ってもらえて、嬉しいわ。」
そのあとは、撫子の話、昔の私たちの話、そんなことを話しているうちに、瓦礫が散乱している区域を抜ける。私たちは夜中に忍び込む計画を立てていたから、今日中に街まで着かなきゃならない。運のいいことに私たちは警備ロボットたちに出くわすこともなく、順調に進めていた。太陽が沈みそうになる頃、私たちは遠くの方に街をとらえていた。
「いよいよ、だね。」
「そうね。颯くん、凪成、2人とも、気をつけてね。」
「任せて!」
「目線を、一定にするんだよな。わかってるぜ。」
私たちは街の外にバイクを停めて、街に入った。私たちは撫子のことだけをじっと見つめて、後ろについていく。私たちが出てきた時と同じように、街のロボット通りは少なく、むしろ天気予報とかが流れていない分、とっても静かだった。私たちはまっすぐに進み続け、大きな建物の前についた。ドアの横には大きな鍵がついていて、カードと暗証番号がないと開けることはできないものだった。まあ、撫子がカードも暗証番号も持ってるから、私たちはそんなに苦労しなかったんだけどね。
「この先よ。」
足元は柔らかいマットのようなものが敷かれていて、足音は聞こえない。電気が消されている廊下を、私たちは一列になって動く。早く終わらせてしまいたい。その思いが私たちの足を早めた。
「おや、また会いましたね。ナデシコさん。」
「!?」
「!!!!」
「!????」
廊下の電気がつき、私たちの前に現れたのはコゴエ。最悪だ。
「私たち、急いでるの。」
そう言って撫子はコゴエの横を通り過ぎようとする。
「ああもう。全くあなたと言う人は。少しお話ししましょうと、前にも言ったじゃありませんか。」
スタスタと歩く撫子の横を、とてもゆっくりとした動きで、けれどもとても大きい歩幅で。少しも離れないようにして追いかけてくるコゴエ。
「この先にはスーパーコンピューターしかありませんが。あなたたちは何をするおつもりですか?ねえ7号さん。後ろのあなたは、初めましてですね。」
私と颯の顔を覗き込むコゴエ。相変わらず鋭い眼光に負けそうになる。
「あなたこそ。私たちについてきて、何をするつもり?」
「話を逸らさないでください。僕は一体ここに何をしにきたのか聞いているんです。ねえ。ナデシコさん、それに人間のお二方。」
『!!!!!』
私たちの動きが止まる。どうしてバレたんだろう。何かバレるようなこと、したっけ?それともただのカマかけ?だとしたら動きを止めたのってめっちゃ怪しいよね!?
「おやあ。なぜバレたかわかっていない様子ですね。まあそう思うのも無理はありません。僕以外のロボットなら、きっと気づかないでしょうね。ただ運の悪いことに、僕に興味を持たれてしまった。その時点であなたたちが僕に隠し事をすると言うのは不可能です。」
そう言ってふふふ。と微笑むコゴエ。
「なんだよこいつ!超ヤベエやつじゃん!」
「そうなのよ。こいつはやばいの。」
駆け寄ってくる颯に撫子。撫子は私たちとコゴエの間に立ち塞がるようにして手を広げる。
「ねえ、何をする気ですか、ナデシコさん。もしかしてあなた、感情を持ってしまわれたんですか?それはいけない。よければ僕が・・・」
「走って!このまま真っ直ぐよ!見たらわかるわ!」
私たちは走り出す。足が震える、けど、走らなかったら殺される!幸い扉は見えている。もう少し!
「ナデシコさん。まだ僕が話している途中でしょう。遮らないでください。まあ、この後に何を言うつもりだったかは想像がついているようだがな!!!」
「ぐうっ・・・!」
壁にぶつかる音がして、撫子の声が聞こえる。
「撫子っ!」
「ダメだ走れっ!」
私は思わず足を止めて振り返る。けれど颯が私の腕を引っ張って走らせる。私の目にはこちらに向かって歩き出すコゴエと、廊下の端で横たわる撫子が見えた。
「撫子がっ!」
「電源さえ切れば俺たちのもんだっ!急げ!」
後ろ髪が引かれる思いを胸に、私たちは走り続ける。
「なるほど、目的はスーパーコンピューターですか。でもそう簡単に我々を消すことができるだなんて思わないでくださいね。」
「凪成!」
小さなドローンが飛んできて、私たちに向かって体当たりを仕掛けてくる。颯が庇ってくれたおかげでドローンは私に当たらなかった。
「先に行けっ!」
「・・・っうん!」
絶対に、押さなくちゃならない。もう扉は目の前だ。私は対あたりするようにして扉を開けて、部屋の中に入った。部屋の真ん中に、ケースに覆われたレバーがある。絶対これだ。私は急いでケースを外した。
「そのレバーを引くと、我々ロボットの動きは止まります。そしてそれと同時に記憶も消えてしまいます。それでもいいんですか?」
「っ!?」
部屋の入り口に寄りかかるようにして立つコゴエ。記憶が消える?私の手は動かなかった。
「賢い人間ですね。そのレバーを引くと言うことは、あなたの大切な撫子さんの記憶が全て消えてしまうと言うことです。それでもいいんですか?」
少しずつ近づいてくるコゴエ。
「近寄らないでっ!離れて!」
「そう言うわけにはいきません。私はあなたを止めなければならない。」
引かなきゃ。そう思う頭とは裏腹に、手は全く動かない。その間にもコゴエは距離を詰めてきていた。
「あなたは賢い人間だ。そう。素晴らしく賢い。そして馬鹿だ!!!」
着ていた白衣の内ポケットから拳銃を取り出したコゴエは、私に向かって引き金を引いた。
「・・っ!」
撃たれた!そう思った瞬間、私は地面に向かって突き飛ばされていた。頭に銃弾が当たって少しよろめく撫子。前にも見たことがある。立場は逆だったけど。世界がスローモーションになって、私は全て思い出す。両親の顔、幼い颯、そして撫子と過ごした時間の全て。
「ナデシコさん。どうしてあなたはそんなに人間なんかに肩入れするのですか。」
「撫子!」
「決まってるじゃない。好きだからよ。」
「全く。わからないものですね。あなたほどのロボットがそんな行動を取るなんて。バグプログラムでもあるようですね。」
「バグだなんて、とんでもない。」
撫子はスーパーコンピューターの電源レバーに手をかける。
「それを引けば、あなたの記憶は消えてしまいますよ!」
「撫子!」
「記憶はきっと、思い出せる。思い出させてね。凪成のこと。」
撫子は私の方を向いて、にっこり微笑む。そしてバチンと音がして、世界から音がなくなった。そう錯覚するほど、静かだった。
「撫子・・・?」
レバーから手が離れて、地面に横たわる撫子。
「撫子っ・・!」
微笑んだまま目を閉じた顔は今にも動き出しそうな様子で。けれど力の入っていない腕は私には持ち上げることはできなかった。世界を取り戻した。それは素晴らしいことのはずなのに。私たちが得たものはとても大きいはずなのに。心臓はここにあると言わんばかりに大きな音を立てて動いているのに、行方がどこかわからなくなるような、そんな気持ちが私を襲った。
私はこの街に残り、颯はみんなを呼びに行った。この世界が再び人間のものになった。そう伝えるために。私は久しぶりに撫子の家に帰り、撫子を私が10年間寝ていたベッドに寝かせる。
「絶対、助けるからね。」
ピッピッピッ
無表情な音は規則正しいリズムを刻んでいる。柔らかな布団に横たわる見慣れた顔。
「撫子!気がついた!?」
目を開けたのは、綺麗な女の子。黒くて長い髪に、宝石のように輝く赤色の瞳。
「あ・・なたは・・?」
悲しい。けれど嬉しい。笑顔と涙が溢れて止まらない。
「私は古塚凪成。あなたの大親友!あなたは咲田撫子。私の大親友!」
何年かかってもいいの。見つからなかったとしたら、作ればいい。私と撫子の大切な思い出。雨上がりの空に輝く虹のように。明るい世界の中で輝く撫子は、私の1番大切な宝だよ。
ナナイロ 野原広 @hiro-nohara
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