第2話
「おいそこ。何をしている。さっさと席に着け」
「は、はい! すみません!」
突っ立っていたスピカの取り巻き達は、慌てて私とスピカの後ろの席に座る。
この子達も見た事あるな。たしか、茶髪の子がガーランド伯爵家の三女マルタ嬢。桃髪の子がペオニー伯爵家の次女ロレッタ嬢。
二人とも少し前に婚約を解消したって話を聞いた。相手は勿体無い事をしたな。二人とも凄く可愛いのに。
ちらっと後ろを見やると、マルタ嬢とロレッタ嬢は険しい表情で私を睨んでいた。
もしかして、性格がちょっときついのかな。うん、そうかもしれない。
そんな失礼な事を考えていると、教師であり、もしかしたら女王陛下より有名かもしれないお方が、美しくも力強い声を教室に響かせた。
「私はクラウディア・フォン・リリィホワイト。このクラスの担任となった。三年間よろしく頼む」
絹糸のように艶やかな白髪を後頭部の高い位置で纏め、切れ長の赤眼と整った目鼻立ち、凛とした佇まいは元竜騎士団団長の風格を正しく纏っている。
『舞姫』の異名を持つクラウディア様、もといクラウディア先生は先代竜騎士団団長であり、王家の血を引くリリィホワイト公爵家の長女で王位継承権を持つ歴としたお姫様だ。
何故そのようなお方が教師に?
「早速だが、お前達に竜の卵を配る」
クラウディア先生の言葉に、俄かに教室に興奮が満ちる。教室のドアが開いて二人の男の先生が30
この教室にいる生徒は二〇人。それにしては卵の数が多い。五〇個はありそう。
「この中に居るのは、まだ何にも染まっていない無垢の竜だ。無垢の竜は自らの主に相応しい者が現れるのを待っている。勘違いするな。お前達が卵を選ぶのではない。竜がお前達を見定める」
ぐるっと教室を見渡すと、クラウディア先生は名簿を取り出す。
「名前を呼ばれた者は前に来い。先ず、スピカ・シルヴァスター」
「はい」
凛とした声を響かせ、スピカは堂々とした足取りでクラウディア先生の元へ向かう。
スピカが机に置かれた卵の前に立つと、卵の一つが揺れた。
「その卵が、お前を選んだ竜だ」
スピカは揺れた卵を優しく拾い上げ席に戻る。
「次、レイニ・アルガード」
続々と名前が呼ばれ、竜と生徒が出会っていく。そして、遂に私の順番がきた。
「ミラ・ブルーロータス」
「はい」
卵の前に立つ。
「……」
「……」
卵は揺れない。何で? 誰も私を主と認めてくれないって事?
気まずい沈黙が訪れる。背中を嫌な汗が伝うのを知覚した時、僅かに卵が揺れた。
「揺れた! 揺れましたよね今!」
「あ、ああ。そうだな」
良かったー。もー、びっくりさせないでよ。この恥ずかしがり屋さんめ。
恥ずかしがり屋さんな竜の卵を丁寧に手に取る。
席に戻ると、引き続き他の生徒たちの名前が呼ばれるけど、そんなのどうでもいい。早くこの子を卵から出してあげたい。
正直竜騎士になんてなりたいとは思ってなかったけど、実際に竜を貰うとテンション上がっちゃうよ。
私を主と認めてくれたこの子はどんな子なんだろう。
「全員に卵が渡ったな。では、これより『色付け』を行う。方法は簡単だ。卵に魔力を流し込む。それだけだ。無垢の竜は主の魔力を受け取り、その姿を変えると同時に卵から孵る。これを『色付け』という。魔力の流し方が分からない者はいないな。よし、始めろ」
クラウディア先生の合図で、生徒達は一斉に卵に魔力を送り込む。隣に座るスピカも、目を閉じて意識を集中させて卵に魔力を流し込んでいる。
ふっふっふ。私はこう見えて魔力量には自信があるのだ。さあ、たーんとお食べ。
魔力を流し込む。流し込む。流し込む。流し込む。流し込む。
え? まだ?
周囲の生徒達は、既に殆どが孵化させている。
流し込む。流し込む。流し込む。流し込む。
スピカの竜が孵る。白竜だ。かっこいい。
流し込む。流し込む。流し込む。
教室の後ろの方が騒がしい。
「ミトス殿下は紫竜ですか! 殿下に相応しき神々しさです!」
「フン、当然だ。俺の竜をそこらの有象無象と一緒にするな」
王族の魔力からは紫竜が生まれやすいんだっけ。そんな事はどうでもいい。
君はまだ孵らないの? もしかして、魔力送りすぎた?
ピシッ、と卵に罅が入る。
きた! どんな子かな。赤竜かな? それとも緑竜? もしかして、黄竜だったりして。
ピシピシッ、と罅が広がり、遂に私の竜が姿を現す。
これは、尻尾かな。おしりから出てくるなんて、どれだけ恥ずかしがり屋さんなのよ。
色は青。青竜か。青竜は最も美しい竜で有名だ。ふむ、私に相応しい竜だな。
卵が割れ、竜が完全にその姿を私に晒す。
ん? んん? なんか、君細長くない? 脚、というか手足? は随分短いし、体は蛇のように細長い。口元からは左右に一本ずつの長い髭がにょろにょろと伸びている。体長は20C弱。
他の竜たちは、四本の足でしっかりと地面、もとい机を踏みしめているけど、この子は普通に浮いてる。翼もないのに水の中を泳ぐ魚のように、体をくねらせながらその場に滞空している。
「ねえ、見てあれ」
「なんだあれ。蛇?」
周囲の生徒達が私の竜を見てひそひそと何か言っている。
「ぷっ、あれほんとに竜かよ」
「いや、蛇だろ」
「あれじゃあ、
誰が
私の事はなんて言ってもいいけど、この子の事は悪く言わないでよ。私の魔力でこの姿になっただけで、この子は何も悪くないんだから。
「ごめんね」
「きゅっ?」
人差し指で頭を撫でると青竜は首を傾げる。かわいい。
「あら、可愛らしい子ですね」
スピカだけは私の青竜を可愛いと言ってくれた。やはり、高貴なお方は少し見た目が違うからといって馬鹿にしたりしない。なんて素晴らしい方なのだろう。好き。
誰だ、スピカの事ヤバそうとか言った奴は。ぶっ飛ばすぞ。
スピカの白竜がとてとてと私の青竜の方へと歩いていく。青竜はびっくりして私の腕に隠れてしまった。
白竜はしゅん、と項垂れ翼が力なく垂れる。かわいい。
「ほんとに恥ずかしがり屋さんだね、君は」
「きゅう……」
「ああ、ごめんね。怒ったわけじゃないよ」
「きゅう?」
「ほんとだよ。これから少しずつ慣れていったらいいからね」
「きゅう!」
「もう、調子いいなあ」
あー、かわいい。なんだこの感情は。この子は私が守ってあげないといけない、みたいな。まさか、これが母性?
「フフッ」
何故に笑った?
「すみません。余りにお二人が以心伝心していたもので」
たしかに。何故かこの子の言ってる事が理解できた。まあ、この子は分かりやすいからね。
「その子の名前はもう決めたのですか?」
名前か。良い名前を付けてあげたいけど。
「いえ。スピカは、もう決めたのですか?」
「はい。この子の名前はヴァイです」
「ぎゃうっ!」
嬉しそうに白竜ヴァイは返事する。ヴァイという名前が気に入ったようだ。
「竜の名は、主にまつわるモノを入れるのが一般的です。迷っているのでしたら、何かミラさんにまつわるモノから考えてみてはいかがでしょうか」
私にまつわるモノか。そうだな……。
「シアン、はどうかな? 私の髪と、君の鱗の色だよ」
奇しくも、私の髪と青竜の鱗の色は同じだ。名前にぴったりなのではないだろうか。
「きゅう……きゅう!」
気に入ってくれたみたいだ。くるくると私の頭の周りを回るシアンは随分嬉しそうだった。
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