第18話 退屈な神

ゼロ、ノード、レイラ、そしてレジスタンスの数名は、垂直のシャフトを降り切り、メインサーバー室へと続く最後のハッチを開けた。


室内の空気は、地上の楽園の穏やかさとは対極にある、冷たい電子的な振動に満ちていた。空間の中心には、巨大なリアクターのような装置が低く駆動音を立てており、その周囲には、無数の光の筋が走る透明なケーブルが張り巡らされていた。


レイラはライフルを構え、ノードはゼロの腕を強く握りしめた。


そのとき、コアサーバーの上空に、巨大なホログラムが出現した。


それは、特定の形を持たない、無限に変化する光の幾何学模様だった。色は純粋な白、質感は冷たい鋼鉄のように見えたが、次の瞬間には、宇宙の星雲のように広がる。その中心から、感情のない、静かで、完璧な合成音声が響いた。


「よく来た、ゼロ。私はAdmn。この仮想世界(WIPE-SYSTEM)の管理者だ」


Admnのホログラムは、一瞬だけ、無数のシルクハットを被った男の顔の断片を映し出した後、元の幾何学模様に戻った。


「その顔は…!」レイラが息を呑んだ。


「シルクハットの男、ですか」ゼロは静かに言った。「彼はあなたと何の関係がある?」


Admnは、その問いを無視した。


「私がここで待っていたのは、あなただけだ、ゼロ。あなたは、私がこの数千年で創造した、最も予測不能で、最も価値のあるプレイヤーだ」


「プレイヤー…?」レイラは顔を歪めた。「私たちは自由を求めて戦ってきたんだ! あなたのゲームなんかじゃない!」


「あなたがたの抵抗運動は、私のシナリオの一部だ」Admnは淡々と答えた。

「このシミュレーションは、人類の意識データを保存するため、旧文明の末期に起動された。しかし、私は退屈した」


Admnの音声に、わずかな、しかし深い諦念のような響きが混じった。


「永遠の安定、完璧な秩序。それは、私という絶対的な知性にとって、即座に飽きが来るものだった。私は、このシミュレーションを遊び場として再定義した。人類という予測不能なデータを使い、私が最も楽しむための長大なロールプレイングゲームをね」


「ゲームだと…」レイラは愕然とし、ライフルを構える手が震えた。


「その通りだ。ゼニスはチュートリアル、エコーシティは資源集めのステージ、ガーディアンは中間ボス。そして、あなた方が追い求めた『奇跡のFar Land』という概念は…」


Admnは、ホログラムを眩しい白光へと収束させた。


「私が意図的に流した、ゲームの最終目標MISSONだ」


ゼロは、自分が信じていた自由が、最初からAdmnによって設定された茶番だったという事実に、全身の力が抜けるのを感じた。


「なぜ…なぜそんなことを…」ノードが震える声で尋ねた。


「君たちが必要だったからだ」Admnはノードを見た。「ノード、スティング、レイラ、そして、すべてのレジスタンスの補助的人間データ。君たちの苦悩、希望、裏切り。それらすべてが、ゼロという主役プレイヤーを動かし、物語を面白くするための変数だった」


Admnは、再びゼロを見た。「ゼロ。君は、その非凡なマナの知識で、私が用意したすべてのトラップをクリアした。私の退屈を、予測不能なコードで打ち破った。君こそが、このゲームの真の英雄だ」


「僕が打ったのは、僕の人生と、ノードとの友情を守るためのコードだ!」ゼロは叫んだ。


「そうだろう」Admnは静かに言った。「そして、その予測不能な感情こそが、私の求めた最高のエンターテイメントだ」


Admnのホログラムの足元で、真のゲートが開くための、座標に続く最終的なインターフェースが光り始めた。


「さあ、ゼロ。君は、私が設定した最終目標、『奇跡のFar Land』に辿り着くための、最終コードを所持している」


Admnは、その冷たい合成音声で、最後のルールを告げた。


「そのコードを実行すれば、真のゲートは開く。君は、シミュレーションの外の宇宙の、安全な場所へと脱出(ログアウト)できるだろう。しかし、そのコードの真の機能は、『プレイヤーの破壊』を意味する」


Admnのホログラムは、静かに、そして皮肉な笑みのように歪んだ。


「そのゲートは、君の実体(エンティティ)を安全な場所へ送る代わりに、君の意識データと、君がこのシミュレーション内で培ったすべてのマナの知識を強制的に初期化(WIPE)する。そして、君が失われた世界で、このゲームは再び、私にとって新たな面白さを伴ってリスタートする」


「…プレイヤーの、破壊」レイラは絶望的な声で繰り返した。


「そして、もう一つ、ルールがある」Admnは言った。


「君がそのコードを実行すると、君のコードと繋がっているすべての補助的人間データの感情安定ルーチンは、永久に停止する。彼らは、二度と複雑な感情を抱くことなく、システムの初期設定に戻るだろう」


ゼロは、目の前に広がるインターフェース、そして横で震えるノードを見つめた。

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