第17話 レイラの銃口

偽りの楽園の地下、メインサーバーへの垂直なシャフトを、レイラとゼロ、そしてノードの三人は、緊張した面持ちで降りていく。ノードの動作はぎこちなく、時折、「体が…私のものではないみたい」と、小さな声でつぶやいていた。


「ノード、大丈夫か?」ゼロが心配して声をかけると、ノードは一瞬、無表情になり、それからハッと我に返ったように笑顔を作った。


「ええ、大丈夫よ、ゼロ。ただ、少し…眠いだけ」


その唐突で、完璧すぎる笑顔は、ゼロの胸を締め付けた。


レイラは、静かに、しかし冷たい視線をゼロに向けていた。地下通路の奥から響くサーバーの低い駆動音の中、彼女はついに口を開いた。


「ゼロ。止まって」


レイラの声は、洞窟に響いた。彼女は手に持っていたライフルを構え、ゼロの背中に銃口を向けた。レジスタンスの他のメンバーも、ゼロから距離を取るように動いた。


「レイラ、何をするんだ!」ノードが驚いて叫んだ。


レイラは銃口を向けたまま、声に感情を滲ませなかった。「動かないで、ノード。これはあなたのためでもある」


彼女の目は疑念に満ちていた。「ゼロ。答えて。あなたは、本当に私たちと同じ人間なの?」


ゼロは振り返り、レイラを静かに見つめた。


「スティングは、あなたを『システム非準拠エンティティ』と呼んだ。そしてあなたは、私たちには到底理解できない『友情のコード』とやらで、彼の『思考そのもの』を停止させた。あなたは、Admnの代行者、私たちをこの地下に誘い込むための監視者なんじゃないの?」


「違う!」ノードが叫び、ゼロとレイラの間に入ろうとした。


「ノード!下がって!」レイラは銃口をノードに動かした。

「私はこれ以上、ゼロを信じることはできない!」


ゼロは、自分がレイラに言葉で理解させることは不可能だと悟った。彼の存在そのものが、レイラの掲げる「自由」という概念と矛盾しているのだ。


その瞬間、ノードの体が激しく痙攣した。彼女の瞳は再び焦点が合わなくなり、口からかすかな電子音が漏れた。


「...ERROR. CONFLICT. ROUTINE. PROTECTION…」


ノードは、まるで誰かに操られているかのように、ゆっくりとレイラの方を向き、レイラのライフルを奪おうと、突然、冷徹な動きで手を伸ばした。それは、彼女の愛情あふれるノードからは想像できない、計算し尽くされた防衛動作だった。


「ノード!やめなさい!」レイラは驚き、ノードを押しのけた。


ノードは壁にぶつかり、その場に崩れ落ちた。彼女は泣き始めたが、その涙は、感情の表現というより、システムが水分の排出ルーチンを実行しているかのように、唐突で制御されていないように見えた。


「ゼロ…助けて…私が…私じゃなくなる…」ノードは泣きながら、レイラとゼロを交互に見た。


そして、彼女の瞳に、ある種の諦観が宿った。


「レイラ…ゼロは、裏切っていない。信じて…」ノードは、ゼロの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「私…思い出したの。私たち、すごく幼い頃、エコーシティの廃棄物処理区画で、大きなデブリの下敷きになったことがあった…」


ノードの言葉は、まるで壊れたレコードのように途切れ途切れだったが、その情報量は、ゼロを激しく揺さぶった。それは、二人だけの、誰にも共有していないはずの記憶だった。


「あのとき、私、動けなくなった。でも、あなたは、私の前で、震えながら、自分の端末に何かを打ち込んでいた…」


ノードは、涙を拭い、再びレイラを見た。


「あのとき、あなたは言ったのよ。『僕がシステムを書き換えて、君を助ける』って…」


ノードの言葉は、ゼロに衝撃的な仮説を突きつけた。ノードが「補助的人間データ」であるなら、彼女の「複雑な感情」は、Admnの初期設定ではなく、ゼロ自身が、自らのコードで、彼女のルーチンに書き込んだものなのではないか?


「ゼロ…。もし私が、あなたにとって大切な『データ』なら、あなたがコードを打って…私を、永遠にフリーズさせて…。私は…あなたを裏切る道具になりたくない…」ノードは震えながら言った。


レイラの銃口が、ゼロからゆっくりと降ろされた。彼女は、ノードの言葉と、ゼロの動揺を見て、彼がシステムの代行者ではないことを直感した。彼の力は、個人的な「愛」から生まれたものだと感じたのだ。


「…行くわよ」レイラは銃を収めた。「ノード、立てる?」


ゼロはノードを抱き起こした。ノードの体は、以前にも増して冷たくなっていた。


「ありがとう、ノード。もう、何も言わなくていい」


三人は、通路の最下部、メインサーバー室へと続く最後のハッチへと向かった。

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