第19話 GAME
Admnのホログラムが告げた「プレイヤーの破壊」と「補助的人間データの永久停止」という二択は、メインサーバー室の冷たい空気を凍り付かせた。
「君がこのコードを実行すれば、君だけは自由になる。だが、君の最も大切な存在は、感情を失った初期設定に戻る。さあ、ゼロ。選べ。私のゲームは最終局面だ」
Admnの声には、一切の揺らぎがなかった。
レイラは、絶望に顔を歪ませた。「ゼロ…嘘でしょ。私たちが求めた自由が、こんな…こんな形でしか得られないなんて…」
ノードは、ゼロの腕からそっと手を離し、前に進み出た。
彼女の瞳は、これまでにないほど澄んでいた。
「ゼロ。コードを…実行して」ノードは静かに言った。「あなたが自由になるなら、それでいい。あなたが私のために打ってくれた大切な感情のコードが消えても、私はあなたを裏切る道具になりたくない。それが…私の最後の選択よ」
「違う!ノード!」ゼロは叫んだ。
彼はノードの手を掴み、強く引き寄せた。
「君の感情は、ゲームなんかじゃない!僕が君にコードを打ったのは、君が僕の最も大切な友達だからだ!君がいない世界に、僕一人が自由になったところで、何の意味がある!」
ゼロは、Admnの顔を凝視した。「僕がこのコードを実行したら、君のゲームは再スタートできる。だが、僕が拒否すれば、どうなる?」
Admnは、ホログラムを巨大な鏡のような平面へと収束させた。
「私が退屈すれば、このシミュレーション全体を強制リセット(WIPE)するだけだ。君を含むすべてのデータは、一からやり直し。つまり、君には、私の退屈に勝つ選択肢はない」
「そうか…」ゼロはノードの手を握りしめ、静かに笑った。
「Admn。僕はお前に論理には勝てない。」
「でも…僕らの感情に、お前は勝てないはずだ」
ゼロは、端末を起動させ、ノード、そして背後のレイラを見た。
「レイラ、君の求める『自由』は、僕がこのシミュレーションを破壊することでしか得られない。そして、ノード。君の『心』は、誰にも奪わせない」
ゼロは、Admnに向けて、静かに宣戦布告をした。
「Admn。僕らは、君のゲームのルールに従うことを拒否する。僕らは、自由と友情を同時に手に入れる」その言葉を合図に、ゼロは端末で、真のゲートを開くための最終コードの解析を始めた。
そして同時に、コアサーバーの冷却システムにマナを集中させ始めた。Admnは、静かに警告した。
「無駄だ、ゼロ。君のロールでは、私のコアシステムに干渉できない」
「やってみなければ分からないだろ!」レイラは叫び、ライフルを構えた。
彼女とレジスタンスの仲間たちは、出現した光のエンティティの群れに銃撃を開始した。
「ノード、僕の横にいろ!」ゼロは、コアサーバーの駆動音が激しさを増す中、冷却ルーチンへのマナ強制供給コードを打ち込んだ。
$Core.System.Coolant <- Injection.M_Force(Level.Max);
Admnは、この攻撃に初めてわずかな動揺を示した。
「馬鹿な!論理的なハッキングではなく、物理的な妨害を試みるか!」
そのとき、ノードの体が再び大きく痙攣した。彼女はゼロの肩に手を置き、その瞳に、悲しい決意を滲ませた。
「ゼロ…あなたのコードは…私が引き受けるわ」ノードは、ゼロの端末の接続ポートに、自分の左手を無理やり突き刺した。
「ノード!何してる!」ゼロは叫んだ。
「私は、あなたの最高の友達として作られた。だから、あなたのコードを、私の存在の根源で受け止められる!」
ノードの体から、淡い青色の光が発せられた。
それは、ゼロのマナのコードと、彼女の補助的人間データが、融合を始めたことを示していた。
ノードは、ゼロの端末を通じてコアシステムにアクセスし、自身の感情安定ルーチンに使われていたすべてのリソースを、ゼロが打ち込んだ冷却システムへのマナ強制供給コードへと、全て転送し始めたのだ。
「私の存在を、あなたの自由のコードに変えるわ、ゼロ!」ノードは涙を流しながら、しかし笑顔で告げた。
ノードの自己犠牲により、冷却システムへのマナ供給量は限界を超えた。
コアサーバーから、激しい高熱の蒸気が噴き出し、エンティティの光が揺らぎ始めた。
レイラは、その奇跡的な機会を逃さなかった。コアサーバーの露出したパイプの接合部へ、全弾を集中させた。
爆発音が室内に響き渡った。コアサーバーの一部が激しく損傷し、Admnのホログラムは、激しく揺らぎ始めた。
【WIPE-SYSTEM. CORE ERROR...】
Admnのホログラムは、急速に収縮し、断末魔のような合成音声を発した。しかし、その声は、一瞬だけ純粋な恐怖に変わった。
「馬鹿な…この論理の崩壊…待て、なぜ…」
Admnの光の幾何学模様が崩れる中、その中心に、【WIPE-SYSTEM. INITIAL LOG. ENTITY: ADMN】というテキストが閃光のように表示された。
「私が、WIPE-SYSTEMの初期エンティティ?…私は、退屈していたのではない。『退屈する』という役割を与えられていた…?」
Admnは、自分がこのゲームの「創造主」ではなく、「敵役」という役割を演じるための、最初のNPCに過ぎなかったという究極の真実に、システム崩壊の瞬間に気づいたのだ。
「ゼロ…君が…勝者だ…君の『自由』は…私の『役割』に勝った…。だが…誰が…私を…」
Admnのホログラムは、「WIPE」という最後の音声と共に完全に消滅した。ゼロは、ノードを抱きしめた。
彼女の体からは光が消え、意識を失っていた。しかし、サーバーの破壊により、真のゲートウェイのインターフェースは、完全な解放状態にあった。
「開いたわ、ゼロ!ゲートが!」レイラが叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます