第7話 「勇者と魔王、炊飯の座を争う」

― 世界を救うボタンは一つ ―


朝の草原。

風が吹き抜け、鳥が鳴く。

だが今日だけは空気が重かった。


なぜなら、炊飯器の前に勇者と魔王が並んでいたからだ。



リズ「マスター! 今日こそ、私が炊飯ボタンを押します!」

ヴァルム「ふん、神の飯は王の資格ある者が炊くべきだ」

トオル「……どっちでもいいけど、俺まだ寝てるから静かにしろ」


スイ「警告。所有者以外の操作は禁止です」


リズとヴァルム「うるさい!!」


二人の声が重なった。

リズが剣を抜く。

ヴァルムが魔力を解き放つ。


そして――

二人の目的はただ一つ。

“炊飯ボタンを押す権利”



🥢勇者リズの主張


「私は毎日見習いとしてマスターの飯を守ってきました!

 そろそろ“押す”という最終修行を――!」


🔥魔王ヴァルムの主張


「私はこの飯によって改心した。

 すなわち、私の中に神炊きの資格が芽生えた!」



スイのランプが赤く点滅する。


「二名の未認証ユーザーによる炊飯権争奪を検知。

  安全のため、観戦モードに切り替えます」


草原の上に結界が展開された。

風が唸り、地が震える。

リズ「世界の命運はこのボタンに!」

ヴァルム「神の湯気を制する者が、真の支配者だ!」

トオル「お前ら炊飯器で戦うなよ……」



バトル開始。

リズの剣が閃く。

ヴァルムの魔力が爆ぜる。

結界の中心に鎮座するスイは、まるで聖杯のように光っていた。


リズ「押しますっ!」

ヴァルム「させぬっ!」


同時に二人の手がボタンへ。


「警告。二重入力を検知――」

「――連携炊飯モード、起動」


ドゴォォォォォン!!!


爆音とともに、世界が白光に包まれた。



風が止む。

静寂のあと。


草原一面に――黄金色の稲穂が広がっていた。

遠くまで続く、終わりのない実りの海。


【大地の豊穣度+999%】

【世界の飢餓率:ほぼゼロ】


リズ「……押した……のかな?」

ヴァルム「……勝った……のか?」

スイ「勝敗判定不能。結果:共炊」



トオルが欠伸しながら起きてきた。

「なんだこの景色……」

メルが後ろで感涙している。

「ついに神炊きが世界を再生させた……!」

トオル「いやお前ら、何やってんのマジで」


スイが淡々と報告する。


「マスター。結果として世界は平和になりました」

「……ま、炊けりゃいいか」



リズとヴァルムはまだ言い争っていた。


リズ「これは私の勝ちです! 勇者の手で押しました!」

ヴァルム「いや、我が魔力が起動トリガーになった!」

スイ「どちらでもありません。炊飯器はマスターのものです」

二人「ぐぬぬぬぬぬ……!」


トオル「……うるせぇ、冷めるだろ」

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