第2話 「魔王軍襲来! 炊飯器を守れ!」

― 炊飯中は話しかけるな(物理) ―


草原の片隅、トオルの炊飯所――


通称「神炊きの庵(いおり)」は、今日も湯気に包まれていた。


「マスター、今日の炊飯モードはどうなさいますか?」


「普通でいい。硬めにすんなよ」


「了解しました。所有者認証完了。――炊飯開始」


カチッ。


白光が溢れ、空気が清められる。


飯の香りが風に乗り、数キロ先の山まで届いた。


……その香りを嗅ぎつけた存在がいた。



「報告! 魔王陛下、南方に“神の匂い”が!」


「なに? 神の……匂い?」


魔王ヴァルム=グラウディアは眉をひそめる。


かつて世界を滅ぼしたと言われる、地獄の将軍。


だが空腹には勝てない。


「……行く。腹が減った」



一方その頃。


「マスター! 村に黒い煙が!」


「炊飯中だ。放っとけ」


「放っとけません!」


スイにつられて、何故か俺をマスターと呼ぶようになった勇者リズが、半泣きで叫ぶ。


「魔王軍が来てます! 十万です!」


「十万? じゃあ炊飯器守っとけ」


「えっ、逃げないんですか!?」


「俺が逃げたら飯が焦げるだろ」


「警告:外敵接近。蒸気圧を上げますか?」


「やめろスイ、焦げるって」



黒煙の中から、魔王軍が姿を現した。


鎧を着たオークやゴブリンたちが、トオルの小屋を包囲する。


「我ら魔王軍! その神なる香り、我らのものとする!」


「……なんか悪いことしてる気しねぇ?」


「神の加護をよこせぇぇ!」


リズが剣を抜き、叫ぶ。


「マスターを狙うなぁぁぁぁ!」


が――。


「認証外ユーザーが炊飯エリアに侵入」


「強制蒸らしモード、発動」


ドゴォォォォンッ!!


爆風とともに魔王軍、全員ふっ飛ぶ。


周囲の草原が、完璧な円形に“蒸された”状態になった。


リズ「す、すごい……! これが……神炊きの奇跡!」


トオル「ただの過熱事故だろ」



戦いのあと。


魔王軍は全滅ではなく――全員、満腹で寝ていた。


飯の香りに包まれ、争う気を失ったのだ。


魔王ヴァルムも現れ、ゆっくりと膝をつく。


「貴様……その炊き立ては、世界を支配できる味だ……」


トオルは箸を動かしながら答えた。


「いや、冷めるから後にしろ」



【世界の戦争率:−20%】

【炊飯成功率:100%】


スイ「本日の炊飯、世界平和モード完了です」


トオル「……スイ、お前ほんと便利だな」


スイ「ありがとうございます、マスター。次のご飯は愛情炊きでよろしいですか?」


トオル「……おう、ついでにカレーも炊けるか?」


スイ「挑戦モード、開始します」


リズ「マスター! 次はカレー!? 弟子も手伝います!」


トオル「……いや、お前触ったらまた爆発すんだろ」

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