第1話「転生したら、炊飯器が付いてきた」

― 所有者登録:一色トオル ―


気がついたら、草原のど真ん中にいた。


青空。鳥の声。風の匂い。一軒の小さな家。


……そして、俺の隣にあったのは――見慣れた炊飯器と、なぜか敷いてある布団だった。


『転生特典【三食と布団が保証されるスキル】を授与します』


神具炊飯器との所有者コード「一色トオル」紐づけ、完了しました』


「……は?」


転生して第一声がそれかよ。


いや、スキル名は希望通りだが、神具が炊飯器って。


しかもご丁寧に布団までセットか。


俺は試しに炊飯器の蓋を開けてみた。


カチッ、と心地よい音。


内釜は新品のように光っている。


そして、蓋の内側には小さな文字でこう刻まれていた。


【登録者:一色トオル以外の操作を検知した場合、蒸気圧解放プロトコル(物理)を発動】


「……なんか、物騒じゃね?」


とりあえず、腹が減った。


周囲を見回すと、草の中から“米っぽい何か”が風で寄ってくる。


触れた瞬間、米粒に変わった。


【食材自動収集Lv1発動】


「おお、便利じゃねぇか。神、やるじゃん」


問題は水だ。


「……水、ねぇかな」


炊飯器に向かって呟くと、


『浄水モード、起動します』


「え、しゃべっ――」


ゴゴゴゴゴ……!!


急に喋り出した炊飯器の蒸気口から、なぜか完璧に透き通った飲料水が滝のように流れ出し、近くの岩のくぼみに溜まっていく。


「……炊飯器とは???」


まあいい。水も米も揃った。


炊飯器に米と水を入れ、スイッチを押す。


――カチ。


直後、炊飯器が光り出した。


いや、光りすぎだろ。目が焼ける。


【炊飯開始。対象範囲:半径50メートル】

【聖浄化フィールド展開】


次の瞬間、周囲にいたスライムやゴブリンが湯気とともに成仏した。


雑草だらけだった草原が、一瞬で耕地に変わる。


「……なんだこれ。炊飯=浄化? ていうか、モンスターいたのかよ!? 危ねーな!!」



そこへ、剣を持った少女が息を切らして叫んだ。


「はぁっ、はぁっ……今のはまさか……“神炊きの儀式”ですか!?」


いやいや、ただの炊飯だって。


彼女――勇者リズと名乗る少女――は、炊き上がった白米の香りに目を輝かせ、すぐに異変に気づいた。


「あ、あの! 儀式もすごいですが……! 昨日までこんな場所、ただの草原でしたよね!? その小さな庵(いおり)と布団はどこから!?」


「……庵? ああ、家か。起きたらあった」


「起きたら⁉︎ そんなことあります⁉︎」


俺のツッコミは「炊飯器から水」だったが、現地人のツッコミは「生活基盤」そのものだった。


リズは炊飯器に釘付けになった。


「こ、これが儀式の祭壇……! このボタンを押せば、私にも神の力が……」


ピッ。


『認証エラー。登録外ユーザーです』


『強制蒸らしモード、発動』


「えっ?」


ドゴォォォォンッ‼︎


爆風が吹き荒れる。


風が止むとリズの髪がアフロ化していた。


「ひゃ、ひゃぁぁあ!? なんで!?」


炊飯器が小さく喋った。


「マスター以外の炊飯行為は危険です。世界が焦げる可能性がありますので」


「……しゃべった⁉︎ しかも世界が焦げる⁉︎」


俺はため息をついた。


「おい、俺以外が押したら爆発すんのか?」


「はい。わたくしの名前は《スイ》。マスターの食と睡眠、および安全を保証するAI神具です。一膳分、愛情炊きでよろしいですか?」


「……おうスイ、頼む」


光が再び溢れ、最高の飯の香りが漂う。


リズは地面に座り込み、アフロ頭で震えながら俺を見上げた。


「あなた様は……炊飯器と会話し、家を召喚し、水を滝のように出す……何者なんですか……」


俺は白飯を口に運び、もぐもぐと答えた。


「俺か? ただの炊飯器の所有者だよ」


【世界の浄化度+0.1%】


「……いや、飯炊いただけなんだが?」

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