第9話
炎を囲む人々の顔に笑みが戻っていた。
無事砦にも辿り着けた。
安心したのである。
「いやぁ若いのにあんな魔術使うなんて驚いた! すごいねぇ、お兄さん!」
メリクが男二人に挟まれて酒をなみなみとつがれている。
「もう一巻の終わりだと思っちまったよ!」
「バカヤロ俺は娘の結婚式に行く途中だぞ。その道中を邪魔する奴なんかぁこの手でぶっ飛ばして道開けさせてやらぁ!」
「あんた一番最初に駄目だとか言ってただろ……」
「なっはっは! 参ったな、こりゃ!」
「命は助かって本当良かったけど……あいつの傷は大変だな」
怪我人は結局一人しか出なかった。
ダークドラゴンとサンドドラゴンが二匹出てキャラバン隊が怪我人一人というのは奇跡に近い。
怪我を負った男は先に砦に入り、同じ馬車に乗って来た客に面倒を見られながらとりあえずの治療を終えたらしい。
だが彼の背中の爪痕は深いだろう。
「……彼は?」
「カドゥナの方に足の悪い母親が住んでるんだってさ……こんなご時世だろ。一人にさせとくのも心配だってことで、それでブエリントンの方から店を畳んで実家に帰る途中だったそうだ。可哀想に……あの傷じゃ帰った所でしばらくは動けねぇだろうな」
しん……、と人々も自分達は助かっただけに気にかかるようだ。
「……まぁ! 死んじまったら元も子もないだろ! 生きてるだけで親孝行じゃねえか!」
酒を飲んでいた男が立ち上がって大きな声を出す。
人々はそうだそうだと笑顔になって拍手をした。
◇ ◇ ◇
やがて皆が寝静まった夜更け。
傷を負った男は静かに聞こえて来る手琴の音に目を覚ました。
側の窓辺に自分の命を救ってくれた若者が一人座って指先で軽く、弦を爪弾いていた。
「……あんたは……」
「ああ……すみません。五月蝿かったですか?」
傷が熱を持って多少ぼんやりしていた男は、夢ではないことに気付き笑った。
「いや、平気だよ。綺麗な音は気が晴れる」
メリクは小さく笑んで、窓辺から側にやって来る。
「カドゥナに行かれるそうですね」
背中に酷い裂傷のある男はうつ伏せに寝ながら頷く。
一時間前くらいに包帯は変えていたはずだが、もう微かに血が滲んでいる。
護衛隊の連れていた医者が傷は縫ったが、大きな街に行ったら一度ちゃんと医者にかかった方がいいだろう。不死者に付けられた傷は闇の魔力を帯び、傷の治りも遅くするのだ。
「……実は俺は拾い子でな。母親はカドゥナで農業をやってたが父親が死んでからは実の息子と二人で家を守っていたんだよ」
ずっと寝ていたので少し起きていたいのだろう。男は自分から口を開いた。
「でもその兄がこの前商隊ごと不死者に殺されちまった。母親は足悪い上にそのことで寝込んじまって……俺は若い頃に家出てブエリントンでささやかな商売してたし、結婚もしてねぇから少しくらい蓄えはある。せめて母親が死ぬまでは、側で看取ってやらねぇとさすがに罰が当たるってね。
……だからあんたにも、あのでっかい剣を持った兄ちゃんにもホント感謝してるよ。ありがとう」
メリクは笑って、首を横に振る。
「俺は自分を拾ったのも裕福な家の道楽だろって親にはずっと反抗的でね。
十六の時にゃもう家を出てた。
でも実の子供じゃねえのにさ、母親はいつもマメに便り寄越して……世界がこんな風になって気付いたよ。
この世の裕福なんか全部何かあったら一発で消えてなくなるような儚いもんだって。
それでも消えないのは家族の縁だけだ。
……だから家族がいる奴は、それだけで幸せさ。
この年になって、母親に教えられたよ。
…………あんたさんは……家族は?」
「彼らが家族みたいなものです」
「はは……そうか。それは良かった。
いいかい。あんたらみたいな若い命は、こんな世でも必ず幸せにならなきゃ駄目だぞ」
言ってから、いてて……と男が背中を押さえて呻く。
「格好がつかんな」
「大丈夫ですか。包帯を替えましょう。手伝いますよ」
「すまないな」
「いえ。これ……痛み止めの薬だそうですから飲んで下さい」
「ありがとう。何から何まで」
「気にしないでください。これも乗り合わせた縁ですから」
青年は静かな笑みで、そう答えた。
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