第6話
商隊の荷馬車に揺られ、ルブ砂漠へとやって来た。
ルブ砂漠は砂漠としてはエデン一の面積を持つ。
さすがにここは暑かろうと期待してやって来たのに一面の雪だった。
「…………砂漠はどこへ…………」
エドアルトが厚いマントに包まりながら震えている。
十人ほどが乗れる荷馬車が三台連なる商隊である。
「前来た時はすっごい暑くて凶暴なサボテン擬態モンスターとかデカイ貝みたいなモンスターがうようよしてたのに……」
「いないの?」
「いないよ。サボテンも凍ってる」
「なんだぁ。大きい貝捕まえて煮たら美味しいかと思ったのに……」
ミルグレンががっかりしている。
「お前そんなこと考えてたのか……」
エドアルトが彼女を半眼で見た。
相変わらず緊張感の無いやつ。
「ルブ砂漠まで凍ってるなんて……」
同行している人々からは絶望の声が上がった。
「世界はもうお終いなんだ……!」
幼い子供を抱えた母親も顔を覆って泣いている。
――しめっぽいなぁ。
ミルグレンは溜め息をついた。
今回は丁度いい所にキャラバン隊がいたので乗り合わせたが、
最近会う人間達は必ずこんな感じなので、一緒にいても全然楽しくなかった。
お終いだとかどうすればいいんだとか、嘆いたって結局どうしようもないのに。
メリクとエドアルトとの三人旅は、霧が空を覆っても以前とは大して変わらなかった。
不死者退治が主な目的にはなって来てしまっているが、今も普通に笑いながら旅をしている。
エドアルトは当初はわたわたしていたが、ミルグレンとメリクが全然わたわたしてくれないので、何だか自分だけ狼狽えていても仕方ないと思ったらしい。なんかそれからは段々と普通になって来た。
ミルグレンは最初は鈍い所があるエドアルトが好きではなかったが、何だかんだいってこの一年ほどのうちに彼は着実に成長しているのは分かった。
サンゴール王立アカデミーにいる男子達はいつまで経っても情けない奴ばかりだったが、それとは違うなと最近ミルグレンは思い始めている。
エドアルトは最初は色んなことにゴチャゴチャ言うことがあるが、一度もう仕方ない! と決めると肝を据える所があった。
そういう時のエドアルトはとてもいいと思う。
だからミルグレンはメリクと、エドアルトとの三人で旅をするのも好きになった。
「とにかく夜までに中間地点であるビエラ砦に着きたい。行きましょう」
商隊を守るラメンスの護衛隊がそんな声を掛けた。
こんなご時世なのでキャラバン隊とそれの護衛を派遣している傭兵ギルドは随分稼ぎが良くなっている。
要するに街で平穏に暮らして来た人間は絶望に打ちひしがれているが、血気盛んな若者は傭兵ギルドに積極的に加入して各地で腕を振るっているのだ。
彼らの表情は驚くほど生き生きとしている。
吟遊詩人達が口ずさむ歌の中にも、最近は傭兵の詩が多くなって来ていた。
ちなみにエドアルト・サンクロワもこの一年のうちに傭兵ギルドに正式加入して、普段は護衛の仕事をこなしていた。
彼は身体も大きくなった。
今では大分メリクと目線はほとんど変わらないほどにまで伸びている。
背に負うその聖戦士の剣も、なかなか様になって来たと思う。
「べっくし! う~~~~~~~寒い……」
「……なんであんたマントの下半袖なのよ……バカなんじゃないの?」
ちゃっかりメリクの羽織る外套に、一緒に包まって暖をとっているミルグレンは、鼻水を垂らしているエドアルトに対して呆れ顔だ。
「だってルブ砂漠だけはまだ暑いと思ってて……う~~~~~後でちゃんと鎧着よ……」
「あんた寒そうだなぁ~ほら、温かいお茶でも飲みな」
隣に座っていた男性が椀を差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「ほら、そっちのお嬢ちゃんも」
ミルグレンが嬉しそうに椀を受け取った。
「あったかい~~~~~生き返る~~~~~っ」
エドアルトが震えながらホッとしている。
「メリク様もどうぞ。温かいですよ」
ミルグレンからお茶を受け取って一口飲んだメリクがありがとう、と笑った。
「あんたら仲いいねぇ……兄妹かい?」
「兄妹じゃないですけどそんな感じです。三人旅してるから」
エドアルトが答える。
「最近はあんた達みたいな若い旅人が増えてるなぁ……」
男性の声には哀れみの色があった。
彼はエドアルト達くらいの若者が武器を持って旅をしなければならない状況というのは、可哀想だと思うのだろう。
だがエドアルト達からしてみれば別にそうでもない。
「本当なら夏の時期のルブはうだるような暑さじゃというに……恐ろしい……神の祟りじゃないだろうか……」
老女が呟き、馬車の中はしん……と重苦しい空気に包まれてしまった。
あんまり皆が静かなのでミルグレンは眠くなって来た。
ふわぁ……。欠伸をしてしまう。
「……眠い?」
ミルグレンは赤面した。
「ちょっとだけ……」
欠伸を噛み殺した変な顔をメリクに見られてしまった。
とても恥ずかしい。
でもメリクは少し笑んで腕を広げてくれた。
「こっちに寄りかかって眠っていいよ。ついたら起こしてあげるから」
ミルグレンはパッと顔を輝かせてメリクの胸に飛び込んだ。
「ふふ♡」
私は多分今世界で一番幸せに違いないわ、という顔をして彼女はメリクの膝にもたれて気持ち良さそうに眠り始める。
「よく寝れるなこの空気の中で……」
エドアルトが横目でそんなミルグレンを見つつ、口許を引きつらせている。
「……ねぇメリクこいつって昔からこんな感じなの?」
「ほぼ」
「……メリクって本当に昔っから苦労してるんだね……うがっ!」
エドアルトの頬にミルグレンの蹴りが命中した。
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