第二十二話……二人で最高ランクの洞窟に入ったんだが……
それから五日。その間、俺達は討伐には行かず、ギルド奥の個室でアイデア出しを繰り返していた。
流石だなと思ったのは、ラウラやクウラが新たな異世界人が召喚される可能性や、その召喚によって時空の歪みが発生し、俺達の世界に何らかの災害が起きてしまう可能性まで視野に入れていたことだ。起きてしまってからはどうしようもないが、その前に神託を活用できたり、前兆を把握できたりしないかを議論できた。
また、ママからは世界情勢や政治的な観点で案を出してくれたり、現在の勇者システムについては、俺が席を外している時にイシスに伝えたりしているらしい。
この際、俺は予め知っておいた方が良いんじゃないかと言ったら、勇者について俺に黙っていることは、かなり前に下りた神託の内容だったらしく、それを守り続けているとのことだった。ギルド内規程よりも優先しているから、今になっても言えないらしい。結局、それなら仕方がないかとなった。
リセラとアクセラもギルドが暇な時に交代で参加してくれて、『マリレイヴズ』以外のギルド情勢や、世間で話題になっている冒険者、ソイツらの思惑について考えられることを教えてくれた。
以上をイシスが想定外から想定内に、つまりは『把握』した上で、今のところは問題がないと結論付けた。一先ず安心だ。
「みんなありがとう。俺とママはこれから教養面接をすぐに終わらせて、洞窟Aに行ってくる。ママは俺がAランク相当だと判断した時点でギルドに戻ってくるが、俺はそのまま先を進む。いずれも規程の範疇だ」
『誰よりも前へ』は、パーティーメンバー変更届を提出して、現在俺一人。戦闘系またはそれに準ずる特殊系の指定重要機密スキル保持者数がメンバー総数の六割を超える場合、ギルドによる一週間の継続評価と総合判断で、Bランクまでは一気に昇格させることができる。『誰よりも前へ』はその条件に当てはまっているので、ママもあの時、Bランクに昇格させると宣言したのだ。
そして、さらに一週間を待たずに、すぐにAランクの昇格認定士同行願を提出できることにもなっているので、俺は昨日の内にそれを提出し、洞窟内に向かえる準備もしていた。
本当は俺一人で行く必要など全くないのだが、ケジメというヤツだろうか。俺の『覚悟』を形にしたかったのかもしれない。
ディーズが戻ってくる場所を顕示するだけでなく、これから勇者として様々なものに向かい合い、何があっても諦めず、自分達の道を切り開き、誰よりも前へ進んで行く、その覚悟を。
もちろん、少しでも早くAランクになれば、ディーズが早く戻ってきた時に期限までの時間が稼げるという面もある。
一方、二週間後には、偽『誰よりも前へ』が魔壁に挑戦することになっているから、実際に挑戦するのは今回一度きり。つまり、今回行かなければ、セントラルの体制崩壊後の混乱がどうなるか分からない以上、いつ挑戦できるか分からない。
理想を言えば、みんなでちゃんと挑戦したかったが、これぐらいの現実は受け入れなければいけない。世界的には、それ以上のことを成し遂げなければいけないのだから。
そういった諸々の事情があって、俺は今ここにいる。
「行こう、ママ」
「ああ。良い顔してるよ、バクス」
そして、教養面接後、俺とママはみんなに見送られながら、洞窟A唯一の出入口に向かった。
「ママ、俺のやる気とモンスターの出現の関係についてなんだが、よかったら説明してくれないか? ある程度、想像は付いているが」
監視官と話し終わったあと、洞窟前に戻ってきたママに俺は問いかけた。
「そうだね、進みながら話そうか。出入口から一キロ圏内は、絶対に洞窟Aのモンスターは出てこないから」
「それもおかしな話だよな。とんでもなく強いなら、もっと出てきてこの辺の木々だけじゃなく、街を粉々に破壊してもいいはずだ」
「まず、モンスターの大前提があるんだよ。それは、圧倒的強者には立ち向かわないこと。特にノウズモンスターは賢いから、そのオーラを鋭敏に感じ取ることができる。
バクスがやる気を出すと、無意識にそのオーラが洞窟内まで行き渡っちゃうんだよ。だから出てこない。洞窟から出たら確実に死ぬから。
じゃあ、なんで普段のバクスからは、そのオーラを感じ取れず、ノコノコとモンスターが出てきて討伐されるかと言うと、実はそれもバクスが圧倒的強者だからこそなんだよね。やる気がなくても、いくら隙だらけでも、どうにでも対処、反応できて、モンスターを討伐できるから」
「なるほどねぇ。フォルがモンスターに変身してリアルタイム実況したら、俺がモンスターに向かって行った時に『あ、やべ。俺死んだわ』とか言うのかな……」
「ふふっ、まぁそうだろうね。普通の冒険者なら格上でもワンチャン勝てるから、そうは思わないってことでもある。洞窟毎に賢さの度合いもあるから、たとえダブルAランクの私が洞窟Gに行っても、モンスターは普通に出てくる。私がやる気を出しても、オーラが洞窟内に行くわけじゃないから、やっぱり普通に出てくるってわけ」
「じゃあ、洞窟AやBのモンスターは?」
「ソイツらは、基本的に我慢強く洞窟内に滞在してることもあって、過去にどういうオーラの持ち主がモンスター仲間を討伐したか、経験として脳にいくつも刻んでいるんだと思う。コミュの話では、自分が討伐されたかどうかだけは分かって、どうせ生き返るから自分の命にはあまり興味がないみたいなことだったけど、洞窟B以上のモンスターは、それでもできるだけ自分が討伐されないように動いている証左だと言えるね」
「つまり、洞窟内でも外でも、ママに仲間が討伐されたことがトラウマのようになっているから出てこないと」
「トラウマかどうかは、コミュやフォルから聞いてみないと分からないけど、少なくとも『無駄死には御免だ』とは思ってるんじゃないかな。バクスには言ってなかったけど、実は定期的に私が洞窟Aに入って、『まだ私は生きてるから、出てきたら死ぬよ』ってことを示唆してるんだよね。だから、一キロ圏内は絶対に出てこないっていうのは、私が何度も試した結果なわけ」
「いや、そしたら今日だって俺達の前に現れないだろ。定期と違って、俺もいるんだから」
「その可能性は限りなく高いね。まぁ、今回は一時間経って出てこなかったら、『誰よりも前へ』をAランクと認めるよ。そもそもバクスの実力はすでに私を優に超えてるし。トリプルテールミラージュマジックレインキャットフラッシュを討伐した時に確信した。
ディーズが絶句したのも無理はないよ。『マリレイヴズ』流じゃなくても普通に討伐できるレベルになってる。つまり、この世界での例外、『例の彼』を除けば、最強の実力者だ」
「そうなのか……? 俺自身は特訓とかした覚えはないんだが……」
「元々、反射神経や運動神経は抜群だったし、お荷物三人衆と一緒に討伐をしている内に、彼女達を守らないといけない使命感で、洞察力や判断力、対応力が身に付いたんだろうね。だから、私はああいう評価をしていたんだよ。あの三人がいることで、パーティーレベルもバクスのレベルも確実に上がっていたんだ」
「今になって分かるのは、なんだかなぁ……。俺にとっては、それが逆に良いことなんだろうな」
「人生はそういうもんさ。あとになって気付くことが、本当によくある。良いことも悪いこともね。それをこれからの未来に役立たせるかどうか、あるいは後悔だけして、なかったことにするかは本人次第。それは、どちらが良いか悪いかじゃない。どう考えるかだ。
こんなに偉そうに言ってる私だって、この前みたいに死にたくなるようなことをしでかしたりする。でも、バクスに救われた。そして、今では良かったと思える。本当に分からないよ、人生は」
「だからこそ面白い、命にかかわらない限り。そうだろ? それについては、イシスとも話したことがある」
「その通り。命にかかわったら、当然面白くないよ。自分で命にかかわらせてしまうこともあるかもしれない。でも、それは考え一つでどうにでもなる場合が多い。少なくとも、私の知っている神様は自殺や無謀な死を許さないし、周囲の大好きな人達もそれを許さない。
当たり前のことだけど、追い詰められたらそういう考えができないことは、私の経験からも言える。あの時、私はバクスに殺されてもいいと思っていた。泣いて許しを請うよりも先に、安易に死を選んだんだ。それがケジメだと考えて……。自分で命を差し出したんだ。差し出す必要がないのに……。本当に無能なバカだったよ。
でも、今はそれを反省できる。開き直って、半分笑い話にもできる。生きているからこそだ」
「ママが前に言っていた、その人の、その当時の論理ではそれが正しいってヤツだな。俺は幸いにもそういう状況になったことはないが、ある意味、似たようなことはあったと言えるか……」
「自分が自分でなくなってしまうのは、確かに似たようなことだろうね。こだわりが強い人なら、なおさらだ」
「ああ。命と比べれば矮小なことだが……。こだわりを捨てることも一つの手段だろう。捨てるしかない状況になったら、俺もそうするかもしれない。
でも、俺はアイツらに救われた。淀んで、凝り固まった考えを柔らかくしてもらった。導いてもらった。諦めなくていいことを諦めようとしていた自分に気付かせてくれたんだ」
「それは私の責任でもあるんだよ。普段から気を付けてはいたけど、もっと色々な考えができるように教えてあげる必要があったんだ。バクスの両親には、日々の教育は任せておいてと言っておきながら……。
でも、神様のお助けもあって、あの三人との別れがバクスをより成長させてくれることは分かっていたから、それはそれでいいんだけど、ディーズについては特になかったから……」
「やっぱり、この先次第だな。全てが丸く収まれば、ママも俺達も本音を吐露した上で、成長できて良かったね、ついでに世界を救えて良かったね、で終わるんだが……」
「…………」
「…………」
そこでようやく静寂が洞窟内を支配した。本来はそれが普通なのだが、出入口からずっと話していた俺とママにとっては、その時間が異常なほど長く感じた。
「……。バクス、ちょっとやる気出してくれない? 私はもう帰る気満々だからさ。あとで良いコトしてあげるから」
「それはいいけど、認定士がいたたまれない気持ちになるなよ……。しかも、その良いコトってAランクに認定することだし……」
「いや、それだけじゃないから。ちゃんと、いつもよりエッチなことしてあげるから」
「仕事中に言葉に出すんじゃない!」
「二人だけの時ならいいでしょ? 松明が二つあるとは言え、暗いから夜みたいなものだし」
ママの軽いテンションのおかげで空気も変わり、俺は意識的にやる気を出すことにした。良いコトは関係ない、本当だ。
もちろん、オーラが出ているかは自分では分からないので、本当にこれでモンスターが現れないかは不明だ。
それから三分後……。
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