第二十一話……無能だった女どもと状況再現を行ったんだが……
とは言うものの、俺達に今できることは少ない。
ママに再度確認して、ディーズは例のパーティーの所に向かったことは分かっている。行こうと思えば行けるが、神様の制約もある。ノウズでやることもある。
ママ達に見送られてギルドを出た俺達は、出入口前で少しの間たむろしていた。
「イシス、ディーズがこれから、一度でも『マリレイヴズ』を訪れるか分かるか? まずそこだけ知りたい。そこはママがスキルで読み切れていないことだから。パーティーに戻ってくれるかどうかは別にして」
「私がディーズと一度でも話したことがあれば、まだ良かったんだけどね。流石に、ギルド内でいつも遠くからバクスを見ていたぐらいじゃ分からないなぁ。と言うより、状況が確定しないから、私達が間違った行動を取ってしまう恐れがあると言った方が正しいかな。
彼女の思考は、その性格とスキルとの相互作用で相当不安定なんだよね」
「ん? なぜディーズが俺を見ていたことを知ってるんだ?」
「いやぁ、誰でも分かるでしょ。あの子、おとしなしそうだったけどかわいかったし、必ず目に留まるから、その目線を追えば自然と、ね」
「なるほど。当時と今とでは、お前のスキルの質も違うしなぁ……」
「バクスが、ディーズとの会話や体験を細かく再現できるなら、話は変わってくるけどね」
「そうなのか。じゃあ、明日再現してみるか」
「え、できるの? 私が直接見聞きしてない場合は、結構な再現度が必要だよ? 荒いと間違った現状把握と予測になっちゃうから」
「ああ、全部覚えてるから大丈夫だ」
「うわぁ……流石、『マリレイヴズギルド規則』を全部記憶している唯一の冒険者だね」
「そのセリフはリセラの二番煎じだからな?」
「そんなの知らないよ! はぁ……やっぱりバクスも天才の一人だよね……」
それから俺達は解散して、明朝、ギルドに集まって再現を始めた。
イシスにはディーズの役を、コミュとフォルにはビーズとシーズの役をそれぞれやってもらうことにした。と言っても、当時のセリフを言ってもらうわけじゃなく、立ち位置や目線、表情を再現してもらうためだ。
モンスター討伐時の再現までは必要ないとのことだったが、俺はディーズと共にいた約二週間の日常に加えて、討伐前後のディーズの反応を、覚えているだけ詰め込んだ。
「何度も言うが、アドリブは必要ないからな? マジで邪魔になるから。フリじゃないからな」
「バクス、もう以前の私達じゃないんだよ? 大丈夫だよ。さっきだって、ちゃんとできてたでしょ?」
俺のしつこいぐらいの釘刺しに、コミュが耳にタコとでも言わんばかりに、呆れた表情で俺を見てきた。それに対して、俺は呆れ顔で返した。
「お前、関係ない所で変顔してたよな?」
「それは関係ない所だからだよ」
「やる必要は全くなかったよな?」
「必要はあったよ。バクスの洞察力をさらに鍛えることができるから」
「…………。言い訳もレベルアップしたか……厄介だな……」
「コミュはまだ落ち着きが足りないからねー。私みたいに言われたことをやっていれば、それだけでいいのにねー」
「イシス、お前は淡白すぎるんだよ。人間らしい動きをしてほしいんだが」
「…………。いや、私がディーズの役なら、そこまで再現する必要はないよね⁉️」
「無機質だから、なんか怖いんだよ……」
「ということは、まともなのは完全に再現できている僕だけだね」
「フォル、外見だけシーズに変身したのは良いんだが、その姿でその口調で流暢に喋るとキモいんだよ」
「それも再現とは無関係だよね⁉️」
「いいかお前達。人にはモチベーションというものがあるんだ。お前達があの日までスキルアップする気が全くなく、あの日を堺に必死にスキルアップした時のように。それが仕事中であっても、大事なことなんだよ」
「……。やっぱりそうか……」
イシスが何かを納得したようだ。
「……何がだ?」
「バクスがディーズに、『やっぱり、つまらないですか?』って聞かれた時のこと。それをバクスは、『本来なら洞窟Aに行ってるはずなのに、まだ洞窟Bにいるから、バクスがつまらないと感じている』とディーズが思ってそういう声をかけたんじゃないかって解釈してたけど、違うんだよ」
「…………」
「正確にはそれだけじゃないってことなんだけど、ディーズはその時、『私といるのは、あの三人といる時より、つまらないですよね』って意味でも言ったんだよ。
バクスはディーズとの会話で日常的に私達のことを話題に出してたからね。私達を追放したにもかかわらず。まるで、今の彼女に、もう別れた彼女のことを未練がましく話しているような感じで。
その結果、ディーズ自身がバクスの理想の仲間、理想の女になれないと感じてしまった。彼女が『だから怖いんですよ』と言ったのは、自分がバクスの『現実』である私達にも満たない存在であるなら、何の価値があるのかと疑問に思い、実際にそうなってしまうことが怖かったから。
まぁ、今のバクスなら気付いてるよね。あえて私が声に出して言ったよ」
「…………。ありがとう、イシス。ああ……多分、いや、間違いなくそうだ。そして、実際に俺はそう思っていたんだ……。その時は何となくだが……それをディーズは感じ取ったんだろうな。いつも遠くから見ていた俺ではない。ではそうさせてしまったのは誰なのか。自分だと。
最初は新鮮だったから俺も胸を踊らせていたが、俺の言動をきっかけに、お互いのモチベーションが上がらない要因になってしまったんだ。
俺がお前達のことを挙げていたのは、本当に無意識だった。パーティーリーダーとして、ディーズにかかるプレッシャーや緊張を抑えようとしていたのが、逆に仇になったということだな……。
モチベーションの関連でもう一つ。この先、ディーズに対して、俺と一緒にセントラルに行ってくれるかを確認する必要もある」
「そうだね。作戦だけ聞けば、かなり危険なことに巻き込んじゃうからね」
これに関しては、ディーズが戻ってきた時に説得するしかないが、それが半ば強制ではパーティーメンバー加入届が無効になってしまう。
そして、他にも問題はある。
「イシスが昨日、俺の質問に対して、答えられないと言ったことがあったな。もちろん、今の俺もディーズが戻ってきてくれるかどうかを教えてもらうつもりはないんだ。それは、人生において、ズルをしている気がするからだ。
ただ、もし俺が間違った言動をしてしまった時は、助けてほしい。自分でも都合が良い頼みだとは思う。かっこ悪いのは百も承知。だが、取り返しのつかないことにはしたくないんだ。
俺にとってもそうだが、ディーズがもし戻ってきたいと思っているのであれば、彼女にとってもだ。単なるすれ違いで、どちらも不幸になるなんて馬鹿げている。もちろん、それが人生だと誰もが言うだろう。
だが、特別な能力があるのに、くだらない意地だけで不幸になるのは、死んだ方がいいレベルのバカだ。というわけで、それらの間を取ったのが、俺が今言った考えなんだが、イシスはどう思う?」
「私も同じ考えだよ。これまでもそうだったし、そもそも私自身がそうしてるんだよね。
このスキルを使えば、間違いなく何でも手に入れられる。でも、それじゃあ面白くないよ。単調な人生なんて人生とは呼べないし、つまらないだけだからね。生きてるのに死んでるのと同じことになっちゃう。
まぁ、これはある程度恵まれてるから言えることだとは思うけどね。本当に不幸だと感じている人にとっては、嫌味にしか聞こえないかもしれない。でも、正直言って、私は偽善者じゃないし、その辺は気にしても仕方ないから、自分の思った通りに行動するだけだよ」
「ありがとう、ホッとした。これは、コミュやフォルについても同じだ。コミュのスキルを使って、ディーズに『お願い』することも、フォルのスキルを使って、ディーズの本心を露わにすることも控えたいと思う」
「うん、分かってるよ!」
「僕も人間には積極的に変身したくないと思っていたから大丈夫だよ。あのパーティーの人達なら、すでに本質が分かっていたから全然良かったけど、そうでない他の人に関しては、闇の部分とか見たくないからね。別に、ディーズに闇があって、それが悪いって意味じゃないよ。
それに、変身された方も、そんな自分の闇を知られたくないと思うから」
「ありがとう、二人とも。話が早くて助かる。それじゃあ、再現の続きをするか」
「いや、とりあえずここまでの再現で結論は出せるよ。ディーズは『マリレイヴズ』に一度戻ってくる。このあと、彼女がバクスに抱いてほしいって言ったのは、単なる思い出作りだから、その結果に依らないってことね」
「そのことは俺からまだ伝えていないのに、やっぱりすごいな。でも、その時は何か分かるかもしれないとディーズは言っていたんだが……」
「それは方便だね。その時、旅立つのは心に決めていたし、バクスの潜在意識が自分の考えている通りだという確信があったんだよ。
それに、思い出作りなんて言っちゃったら、離れることがバレて、バクスから説得されて、気持ちが揺らいじゃうかもしれないからね。これは、同調や変身や未来把握をしなくても分かることだよ」
「どういう理屈で戻ってくるかは聞いてもいいか? とりあえず、スキルアップした自分の力と、これまで秘密にしていたビーズ達のことを話しに来てくれるとは思ってるんだが……」
「それはそう。でも……」
「ディーズは、お前達三人がここに戻ってきていることも知っているから、自分の居場所が本当になくなっているかも確認したいはず……」
「流石、バクスだね。だから、私達の加入届を受け取っていないんだよね。ディーズの居場所はここにあると知らせるために」
「ああ。正直に言えば、お前達と一緒にいる所さえ見られたくないんだ。それが誤解となって、すれ違いを生じさせてしまう可能性が高いからな。少なくとも今までのディーズは自己完結するタイプだから、尚更だ」
「まぁ、対策はあるけどね」
「もちろんだ。事前にママ達に、俺が一人パーティーをまだ貫いていることを、ディーズを見かけた時に言ってもらうのは当然として、もう一つ、その前にママを一時的な認定士として、俺だけで洞窟Aを一度攻略する」
『えぇ⁉️』
俺の言葉に、コミュとフォルが驚きの声を上げた。イシスは当然、それを読んでいたようだ。
「バクスなら大丈夫だよ」
「ありがとう、イシス。その言葉は何より嬉しいよ。俺が洞窟に入っている間に、ディーズが戻ってきたら、そのことだけ伝えておいてくれ。居場所云々は俺から言いたい」
「ねぇ、バクス。それって、そのことで誤解が生まれないってことでいいんだよね? 『俺一人だけいれば十分だから、お前は不要だ』みたいなメッセージとして受け取っちゃって、そのまま姿を消したりしないってことだよね?」
コミュが鋭い指摘をしてきた。もちろん、その可能性も考えられるだろう。
「素晴らしい質問だ、コミュ。俺の考えでは、そうはならない。仮にそう思っても、その場合はさっき言った理由で俺に一度会いに来るはずだから問題ない。俺とお前達が楽しくやっていた場合は、一度も会いに来ることはないと思う」
「僕もそう思うよ。再現の時のディーズの言葉にあった通り、実力が足りない方の自信については、大した問題じゃないからね。それも今となっては方便になったんじゃないかな。あるとしたら、『怖い』。ただその一点だけ」
「それなら良かったぁ。じゃあ、ディーズが他の事に目移りしないで真っ直ぐ帰ってくれば丸く収まるんだぁ」
「…………。なぁ、イシス。今、コミュが言ったことに関連して、お前が洞窟Fで言っていた『想定外の何か』ってどのレベルなんだ? 『それ』が起きて、ディーズが二週間以内に、ここに戻ってこられない事態になるのはどのぐらいの確率なのかが気になる」
「そのまま、私が想定できないレベルかな。どう足掻いても対処できないことも含まれるよ。あの時の想定外は、モンスターの見た目はそのままだけど、中身が突然変異しているとかかな。スキルアップしてからは、想定外をできるだけなくすように日々色々考えてるけど、中身が突然変異の場合はどうしようもないからね。
他に挙げると、例えばディーズが他の男を好きになって、そっちの方に行っちゃうのは想定内、道中で誰かに殺されるのも想定内、雷に打たれるのは想定内だけど、巨大隕石は想定外、みたいな。想定内だからこそ、それが起きないっていうことね。まぁ九割九分九厘想定できると思ってもらっていいよ」
「ありがとう。想定外を比較的容易になくすことができるのなら、俺達でアイデア出しをしておいた方が良さそうだな。一人では思い付かないことでも、他者なら簡単に思い付くこともあるだろうし。ラウラとクウラにも頼もう。社会経験が乏しくても、天才ならではの考えがあるはずだ」
「僕の発想も役に立てるかも。もしかしたら、全く違う分身体でバクスを観察する可能性だってあるかもしれないし」
「なるほど。ありがとう、フォル。それはすぐには思い付かなかったな。同系統のスキル持ちならではの発想ということか。ディーズが戻ってくる頃は、一切油断できないな。
よし、早速ギルドに戻って取り掛かりたい。これは早いに越したことはないからな。だが、念のため確認したい。大事なことだから。お前達、俺に付き合ってくれるか?」
『もちろん!』
三人は元気良く声を合わせて返事をしてくれた。厳密には、パーティーメンバーでないにもかかわらず、『誰よりも前へ』のために行動してくれている。本当に良いヤツらだと俺は改めて思い、感謝の念が尽きなかった。
普通なら、他の女のために動くことなどないはずだ。しかし、この三人は違う。俺がそう望んでいるから、というのもあるかもしれないが、この三人にとっては、ディーズが入れば、毎日がもっと楽しくなるだろう、楽しくしてみせるという考えがあるのではないだろうか。みんな同じ思いで集まっているのだから……。
俺は、『誰よりも前へ』が今まさに理想のパーティーに近づいていることを実感するとともに、その嬉しさを隠し切れず、笑みを浮かべながらギルドへと向かった。
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