第二十三話……無能モンスター(自称)が出戻り(?)を希望してくるんだが……

「ねぇ、ホントにやる気出した?」

「ああ、間違いなく出した。なんなら、良いコトも想像して、溢れんばかりに……」


 しかし、俺達の期待とは裏腹に、洞窟の奥から何かが近づいてくる気配を感じた。


「……。ハッキリ言うよ。私はこれほどのモンスターに会ったことがない。それだけ、『とてつもないレベル』だ……。私が死を覚悟するほどに……。どうして今まで出てこなかったのか分からないぐらい……」

「正直、俺もどこまでやれるか分からない……。退却しろと言われれば、喜んでするだろう……。『それができれば』の話だが……。これが、超高レベルモンスターの気配なのか……? 完全に突然変異や外れ値だろ……」


 背中を見せたら殺される、そんな雰囲気が辺りを包んでいるような錯覚を、俺とママは覚えていた。

 俺達は後ずさりながら、まだ見ぬそのモンスターから距離を取ろうとしていたが、それよりも向こうの方が早く歩みを進めているので、その距離がどんどん縮んでいくのが分かる。

 完全に初見だから、せめて姿だけは予め知っておきたいが、それもよく分からない。地面近くで何か白い物が動いているのは分かるが、その全体像は闇の中だった。


「バクス、魔法を許可する。魔法を反射された場合のことを考えて、私の防御魔法の準備ができ次第、打って。この際、認定士の手出しは関係ない。このままだと二人とも死ぬかもしれないから」

「分かった」


 これまでの静寂の代わりに、俺達の緊張感が洞窟を支配しているようで、時間とともに俺の体温も心拍数も指数関数的に上がっていくのではないかと、あり得ない余計なことが頭をよぎったのも束の間、『その気配』は突然消えた。


『⁉️』


 そのことに俺もママも一瞬戸惑ったが、魔法の詠唱は止めなかった。何が起こったか分からないからこそ、詠唱を止めれば死に近づくからだ。

 『討伐で迷ったら自分も仲間も死ぬ』。この考えが『マリレイヴズ』冒険者の根底にあり、今まさに最優先で必要とされていることだ。


 そして、すぐに俺もママも詠唱を終え、いつでも魔法を放てる状態になった。だが、下手に打って、見当外れの攻撃になっても意味がない。現状を把握する必要があるが……。


「みゃ~」

「…………」

「…………」


 闇の中から聞こえたその鳴き声に、俺とママは耳を疑った。明らかに猫の鳴き声だが、洞窟Aには猫系モンスターは存在しないし、存在したとしても、みだりに鳴いたりしない。鳴くことで、能力を向上させたり、仲間を呼んだりすることも考えられるが……。

 それとも、擬態や変身で相手を安心させてから、攻撃行動を取るか……。


 疑心暗鬼のまま様子を見ていると、闇の中から一匹の白猫が現れた。そして、それが全体像だった。

 先ほどの圧倒的な気配も感じない。むしろ、かわいらしい猫。尻尾は一本、見た目は普通の猫だ。しかし、トリプルテールミラージュマジックレインキャットフラッシュが『地獄の黒猫』なら、こっちは『天使の白猫』とでも呼びたくなるぐらい、不思議な魅力があった。


 そして、それ以上に不思議な感覚……。俺は、この猫に会ったことがある……?


「みゃ~、みゃ~」


 二度目の鳴き声の後、俺もママも魔法を放つ気は一切なくなっていた。なぜなら、完全に思い出したからだ。

 俺とママが、この猫を相手に冒険者ごっこを毎日していたことを。

 そして、この猫が突然いなくなったから、俺が森に探しに行って迷子になったことを……。


「どうして俺は今までコイツのことを……『メム』のことを忘れていたんだ……」

「私もだよ……。明らかにおかしい……。記憶が操作されているとしか考えられない……。だとすると、『あの時』の記憶も真実だったかどうか……」

「そ、それは本当だよ!」

「⁉️」


 メムの言葉と同時に、その姿が猫から全裸の美少女に変化した。いや、正確には尻尾と猫耳はそのままで、人間の耳もあるようだ。髪色は白と言うより銀に近いか。年齢は俺と同じぐらいに見える。


「バクス、ママ、会いたかったよ……!」


 そう言うと、メムは俺達に抱き付いてきた。正直、まだ感情は追い付いていないが、彼女が涙ながらにも、かわいらしく頬擦りしてくる様を見て、その現実を受け入れる決心が付いた。


「メム、説明してくれないか? あの時のこと、俺達の記憶のことを」


 俺は彼女の頭を撫でながら、優しく問いかけた。なぜか、ふんわりと良い匂いも漂ってくる。もしかすると、これが……。


「ん? いや……分かるぞ……! あの時のメムの感情が……考えていたことが……!」

「私もだ……。バクス、念のために確認させて。メムは元々、トリプルテールミラージュマジックレインキャットフラッシュの突然変異だった。でも、見た目は普通の白猫だから、同種からも距離を取られ、行き場を失い、洞窟Bの外に出てきた。なぜ監視官はそれを見過ごしてしまったのか。

 おそらく、自分の存在意義への疑問と誰にも見られたくないという強い思いが、『存在記憶消去』とでも呼ぶべき特殊系スキルの発動に繋がった。モンスターが後天的にスキルを得ることも大発見だけど、その当時、私達はメムを人間のような意思を持った猫だと思っていたから、そのことだけでも知れ渡ると、メムは捕らえられてしまうために、秘密にするしかなかった」


「ああ。なぜ俺達がメムを発見できたかと言うと、メムはその時、孤独に耐えかねて、森で楽しく冒険者ごっごをする俺達を見て羨ましく思い、自分から『この人間達と仲良くなってみたい』と考えた結果、スキルを一切発動しなかったから。

 それでも、メムは突如いなくなった。俺はてっきり、モンスター役が嫌になってどこかに行ってしまったんだとばかり思っていたが……違ったんだな」

「うん。すっごく楽しかったよ、モンスター役。バクス達が遊びとは言え、どんどん強くなっていくのも分かったし」


「でも、それが問題だった。メムはすぐに私達の相手にならなくなるだろうと自分の力不足を痛感し、その後のバクスの何気ない言葉を受け、私達の前から姿を消した。それから、強くなるために洞窟Aに入った」

「ママ、そこは俺から言わせてくれ。あの時、俺は『メムはもうモンスター役じゃなく、パーティー側に入れよう。その方が楽しくなる』と言った。

 すまない。俺の言葉が足りなかった。決して、お役御免という意味ではなかった。俺は、お前と冒険できたらどんなに楽しいか、期待を込めて言ったんだ」

「バクス……。やっぱりそうだったんだ……。えへへ、嬉しいな。大丈夫だよ、私もあとで、そうなんじゃないかって思ってたから。

 でも、私の早とちりだったとしても、そうじゃなかったとしても、結局戻ることはできなかったんだよ。力不足は本当だし、置いてけぼりも嫌だったし、すでに私の存在を二人の記憶から消してたから……。そして、それを元に戻す手段は、その時なかったから……。

 私もごめんね。勝手に記憶を消しちゃって。それでも、バクスは……私に関する記憶をなくしたにもかかわらず、何かを必死に探すように森に来てくれた……。あの時は、一日中泣いちゃったな……。それからも思い出す度に泣いてた」

「いいんだよ。今の俺なら分かる。お前がいなくなった時の俺達の反応を見るのが怖くて、記憶を消したんだろ? 何事もなかったように日常を過ごしていたり、影で悪口を言っていたりするのを知ってしまったらショックだから。記憶がなかったら、何も起きなかったことと同じだからショックも受けない。

 仮にそんな人達じゃないと思っていても、怖いものなんだろうな。信じていないわけじゃないのに、そこから逃げてしまうのかもしれない。まぁ、メムは森での俺達しか知らなかったから無理もないと思う。性別どころか、そもそも種族も違うわけだし。

 それでも仲良くできて、今こうやって抱き合っているのは、改めて考えてみると、すごいことだと思う。俺達だからできてるんだよ。特にメムが諦めずに頑張ったから」

「バクス、嬉しいよぉ……。バクス大好き! もちろん、ママも大好き!」


 俺の背中に回していたメムの腕にさらに力が入り、ぐりぐりと顔を俺の胸に押し付けると、メムは顔を上げ俺にキスをしてきた。

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