第32話 皇帝暗殺計画
ダルカード連邦。大陸の北に位置し、一年の半分以上を雪で覆われた国。
豊富な資源により「オルフェル帝国」「春華人民共和国」と並ぶ強国として名を連ねている。
帝国とは一昔前に交流はあったものの、軍事関連、特にホムンクルス技術の輸出規制により両国の中に影が差し込み、関係性が悪化。
現在では北方山脈を貫く鉄道が唯一の窓口となっている。
特筆すべきは連邦も帝国と同じく、魔法が死んだ国であるという事だ。
先述の軍事関連の交流もあり、両国の兵器大系は共通点が多い。
決定的に違うのは帝国の導機兵が、人型が主流であるのとは反対に、連邦は四足歩行の動物を模した、あるいはそれを参考にした駆体となっている事だ。
ホムンクルス技術の無い連邦は、国内で採掘される「黒虚石」と呼ばれる鉱石を主とし、春華の「疑似魂魄技術」の二つを代用し、鉄の獣による兵器を造り上げた。
――名を、鉄の獣兵団。ジェレゾットと発音する。
「……よく勉強をしているな。発音も聞き取りやすい」
シャラクが自分の知っている連邦について語ると、ノンナが目を丸くして感嘆を漏らした。
「知識に偏りがあるのは仕方ないとはいえ、帝国はやはり侮れないな」
「……帝国では、ホムンクルスに意識はないと言われてきました。なら他国では? と思い独学で調べた結果です」
「お前は中々優秀のようだな。筋がいい」
ノンナは冷めたチャイのカップの淵をなぞりながら、窓から覗く黄昏に染まる空を見る。
「私はその大統領の、愛人の娘なんだ」
そう言いながら、ノンナはそっと胸元のペンダントを外す。
エメラルドと金細工で象られた梟。
右目を閉じ、左翼を広げたその姿は、ダルカード連邦の国章だった。
それを見たカシームが、静かに目を伏せる。
「私の母は、日夲の、忍という家系だったらしい」
初めて聞く言葉にシャラクが小さく反芻し、カシームが「特殊部隊のようなものだ」と補足し納得する。
「父を暗殺しようとしたが、失敗。そこで色々あって私を身ごもったらしい」
しんとする空気にノンナが笑みを浮かべる。
「ああ、因果は逆だったが、私も母も父からの愛情を感じていたぞ。まぁ、そういう家族構成だと認識してくれ」
しかし、代償はあったとノンナが言葉を続ける。
祖国を裏切る事。そして自分が身に着けた暗殺技術の譲渡。
春華において、どんな扱いを受けていたのかは不明だが、軟禁場所の屋敷で出される温かい食事に、母子は満足していたらしい。
「……それが、私と母にとって、本当に幸運だった事だよ。父に至っては、本妻の子供が男ばかりだった為か、頻繁に私たちに会いに来てくれていたしな」
「そう、……ですか」
笑顔の奥に僅かな影を感じたものの、シャラクには掛けられる言葉は無い。
イメージしていた状況とは少し異なるが、ノンナの様子を見る限り、人並の幸せを感じていたようで二人は安堵した。
「……続きを、語ろうか」
母がインフルエンザで病死後、「スコロフ」という男に引き取られる事となる。
実父「レジツェフ」と同郷で、義兄弟の関係なのだという。
スコロフに引き取られ、西の帝国との国境沿いの山岳地帯へと身を寄せる事となった。
義父は帝国の動向を見張る連邦の非公認の組織、「北方の狐」のリーダーだった。
「義父は、本当に色々な事を教えてくれた」
北の山の美しさと残酷さ。その中で生き抜く術。そして戦闘技術。
「……目的はホムンクルス技術を調べ上げる事」
「ホムンクルス、ですか?」
「ふっ。その恩恵を受けているお前たちは自覚が無いみたいだが、あれは非常に高度で繊細な技術の結晶だ」
確かにホムンクルスはすぐに死ぬ弱い生命体だ。
まるでそうなるように設計されいてるように。
「培養液も温度管理が難しくてな。北の山脈の気温は、まず越えられん」
「何度も、密輸をしようとした事があるみたいですね」
ノンナの視線が上がり、シャラクの黒い瞳を覗き込む。
「……察しが良いな」
それ以上は踏み込まない方が良いとでも言いたい視線が突き刺さった。
目を閉じ、ふと笑いながら視線を冷めたカップに浮かぶチャイへと移す。
「とはいえ、その義父も死んだ。……殺されたんだ」
ノンナの声が低く、小さく閉じた。
空気が一転するのを感じた。
同時に落ちた日が、室内に暗闇を呼び込んだ。
表向きは滑落による事故。
だが、その裏には副官「ミハイール」という男が関与していた。
「その、ミハイールという人物が、今の……?」
「そうだ。北方の狐。リーダーの椅子に座った男だ」
これからが本題。
それを悟ったシャラクの全身に鳥肌が立つ。
「やつの目的は、皇帝暗殺。それを察した義父は、排除されたんだ」
重くなる胸を深い呼吸で和らげようとする。
だが予想以上に深い闇が、シャラクの心に鈍く響いた。
「やつは既に帝国の貴族、そしてオルフェル工業の役員と結託し、着々と計画を実行しようと画策している」
街でのテロ行為もその一環だという。
敢えて街中で暴れる事で、工作員を滑り込ませる。
その後、貴族たちの手引きにより、警察が及ばない場所に潜伏する。
まるで植物の種が、発芽の時を待つように。
シャラクの中で、点が線に結び付いたような気がした。
だが、それでは、先ほど聞いたレジツェフという男のイメージと矛盾する。
「それで、帝国を内部から崩壊させ、連邦は軍備を拡大。目的は、春華との戦争に勝利という事ですか?」
何がおかしいのか。ノンナが噴き出すように笑う。
その笑いには、少しだけ疲れたという感情は混じっていた。
「……いい線をいっているな。だが、ミハイールという男は小心者だ。帝国を交渉材料に中央軍に返り咲こうとしているのだろう」
所詮はその程度の男だと吐き捨てる。
ノンナの言葉が終わる頃、夜の帳が静かに降りた。
敵は内にあり。
言葉に感情がようやく追いついた気がした。
帝国において、誰がスパイか分からない状況である事が理解できた。
再びシャラクが深く息を吐く。
ノンナの言葉は理解できても、頭では整理しきれない感情が交錯する。
「……一つ、良いですか?」
項垂れたシャラクが人差し指を上げる。
ノンナはカシームと目を合わせて、シャラクへと視線を戻す。
「仮にそれが、全て事実だとして。……ノンナ。貴女の身分をどう証明するおつもりですか?」
言葉を証明するには、身分が必要だ。
「本来なら、父に相談するのが一番良いのだがな。……それを手引きしてくれる仲間は、皆死んでしまった」
本当の子と言えど、非公式の存在だ。
スキャンダルとなっては、それどころではない。
当然の疑問に、ポケットから長方形の黒いケースを取り出す。
中には折りたたまれた一枚の写真。
そして、黒い石だった。
「……これは?」
まず先に小さな石を手に取る。
「それは連邦でしか採掘されない、黒虚石という鉱石だ」
「これが……」
「……私も確認したが、本物だ」
部屋に明かりを灯したカシームの声が静かに響き渡る。
厳しく規制されており、国外に持ち出す事は死罪に値する。
そこまでのリスクを負ってまで為さねばならない事。
「父は、帝国との戦争を望んでいない。世論が何と言おうと、それだけはやらないと言っていた」
――だから。
「“こいつ”が完成する前に、何としてでも連邦の立場を、皇帝に伝えないとならないんだ」
そういって、皺だらけの写真をシャラクに見せる。
「これは!?」
そこには建設中の何かが写されていた。
「要塞スネグーラチカ。「雪の妖精」などという、ふざけた名だ」
建設中とはいえ、写真で見る限り半分以上は組み上がっているように見えた。
分厚い装甲と複数の砲門。
更に主砲を取り付ける予定があるようにも見えた。
「鋭いな。高々度に打ち上げた砲弾を、射程外から打ち込む。あれを撃たれたら、帝都は跡形も残らない」
「……そんな」
事態は想像以上に残酷を告げる。
氷上の平和などと、生易しいものではなかった。
まさに頭上に砲弾を突きつけられている事実。
シャラクは手を握りしめ、焦りを噛み殺す。
「私はこれから信頼のおける仲間と共に、これの破壊工作に出る」
「……それで、俺にできる事とは?」
険しい顔となり、父に自らの役割を確認する。
「まずは、若獅子戦で優勝しろ」
「若獅子戦に……ですか?」
意外な言葉に一瞬、思考が停止する。
「優勝後の懇親会で、陛下との謁見が許される。そこで彼女と。ノンナ様と合流し、事の全てを伝えるんだ」
困惑するシャラクの手をノンナが握る。
「お願いだ、シャラク。誰も、雪の中に埋もれさせないでくれ」
ノンナの気持ちが手を通してシャラクに伝わる。
「灰を被るのは、……連邦だけで十分なんだ」
祈りか、願いか。
冷え切ったノンナの手を握り返すシャラクの瞳に、小さな火が灯った瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます