第33話 冬の黄昏

 朝日が差し込む工房に金属が響く音がする。

 リーシャが四角い鉄箱を抱えながら、作業に没頭していた。

 病院から帰ってきて、およそ一週間。

 驚異的な集中力で夜通し作業を行っていた。

「うん、ぴったり。流石は私」

 寝るのを忘れて完成した四角い箱にアコーディオンを取り付けたような奇怪な物体。

「どう? ハルの普段用のボディ」

「……」

 肯定か否定か。

 どちらとも取れない間を無視するように大型培養液から宗春を取り出し、慎重にカートリッジに投入する。

 導機兵を扱う時と同じ、無駄のない手つきで接続。

 四本の短い脚が付いた箱。

 頭部となる小さい箱には、導機兵と同じく単眼が付いていた。

 おそらく古いカメラの流用品なのだろう。

 おんぼろ。というのがぴったりな風体に、宗春の心は穏やかではなかった。

「名付けて、ギアポッド!」

「……」

 胸を張るような声で、起動させる。

「どうしても導機兵だと、エーテリスの出力が大きいからさ。これくらいなら補助バッテリー駆動で、ハルの負担も最小限でイケるって寸法よ」

「……視界、良好だ」

「あれ? 声が小さいな。スピーカーの調整が必要かな?」

「……これでいい」

 小さく溜息のようなものが聞こえた気がしたが、徹夜明けのリーシャは気のせいだと思った。

「……ふむ」

 しばらくして、宗春が一言漏らした。

 ボーダーコリーと同じような目線ではあるが、ようやく手にした自由に動く身体は、考えとは裏腹に、気持ちに花が咲いたようなアンバランスな感覚だった。

 リーシャは腕を組みながら、ピコ、ピコと動くギアポッドの動向を見守る。

 初めて家に来た子犬が、匂いを確かめながら探索しているような仕草だ。

「……えへへ。どう?」

 誇らしそうなリーシャの声に振り返り、ピントを合わす。

「……部屋が汚い」

「そっちじゃない!」

 尻尾代わりのワイヤーが左右に揺れ、宗春が嬉しさを隠しきれていないことが分かる。「あ、その尻尾、2メートルくらい伸びて、小さい物なら掴めるから」

 宗春は試すようにワイヤーを伸ばし、机の上の紙を適当につまみ上げた。

「……検診のお知らせ? これ、今日じゃないか?」

「――あっ!」

 先ほど以上に慌ただしく着替え始める。

 しかし、いつもの事の為、宗春も取り分け気にする事もなく、リーシャの机に上り、工房を眺めていた。

 ふと、洗面台でストレートアイロンを掛けているリーシャが視界に入った。

「……リーシャ。俺には女の髪の事はよく分からんが、そんな事をしていると髪が痛むんじゃないのか?」 

 宗春の何気ない問い。

 一瞬、空気が凍った。

「……何の事?」

 テンポの遅れた返事。

 朝日の届かない暗がりで、リーシャが振り返る。

 影の中で宗春を見る表情。

 その“目”が、誰かに映る。

 言い得ぬ違和感に、宗春は気づかなかった。


 待ち合わせは、アウラ地区 電話通り。

 ダリアの母、セラーが先に到着していたのを見かけ、リーシャが走り出した。

 それをピコピコと宗春が付いていく。

「リーシャ! って、あら? 何、その箱?」

「あ、私が造った、ホムンクルスの、……稼働型見分装置かな。名前は、……イヌハル」

「……なんだと?」

 急にイヌハルと命名されて宗春が抗議をする。

 しかしその声は、街の雑多な音にかき消されてしまった。

 セラーが屈み、イヌハルと名付けられたギアポッドをまじまじと見つめる。

 何となく圧力を感じ、アポッドの単眼が、びょこんと引っ込んだ。

 にらめっこに負けたイヌハルは、リーシャの後ろに隠れてしまった。

「ふふ。うちのお父さんも、昔こんなのを造っていた事があったわね」

「……あの親父が?」

 タクシーを呼び止め、乗車しながら話を続ける。

「今でこそ、ホムンクルスは道具だとか言っているけどね。デビューしたばかりの頃は、貴方のような事を言っていた時期があったのよ」

「……えぇ?」

 そんな話は初耳だ。

 そう言わんばかりの視線を感じ、セラーが笑い出す。

 イヌハルは窓から流れる景色を興味深そうに眺めており、鉄の筐体に触れると感じる冷たさが、少し心地よかった。

「あの人も、まぁ色々あったから、道具としての結論になったんでしょうけどね。たぶん、似てると思ったんじゃないからしら」

「私と、あの飲んだくれが?」

「そうね。きっと貴方の頬の傷にも責任を感じているんだとは思うの。だってあれ以来、全くお酒を飲もうとはしなんだから」

 リーシャは自分の頬の傷痕をなぞる。

 それも初めて聞く話だった。

「ホムンクルスは道具っていう結論を出すまでに、だいぶ苦しんでいたから。……同じ思いをしてほしくなかったんでしょうね」

「……そっか」

 反芻するように、目を閉じる。

 セラーがリーシャの肩を優しく抱きかかえ、少しだけ体重を預けた。

 イヌハルの尻尾が左右に振れている。

 小さく回る歯車の音が、リーシャの胸に深く浸み込んだ。


 ※※※


 明るい部屋に通された。

 白と水色を基調とした小さな部屋だ。

 しばらくすると、白衣を着た女性が入って、僕に挨拶をする。

 当たり障りのない天気の話、最近の流行歌。

 先日千秋楽を迎えた演劇の話。

 僕は、今日は徹夜明けの事。流行歌はあまり興味が無い事。

 演劇については、全く内容を把握していなかった事を伝える。

 その女性は終始笑顔で会話を進める。

「それでは、あの日の事を、“最後”から、“最初”へと、可能な範囲で、私に説明してください」

 一体、そんな事に何の意味があるのだろうか。

 僕は一部始終を、言われた通り、逆に説明した。

 女医のペンがすらすらと進むのを見て、少しだけ心がざわついた。

「そういえば、その日、“■■■■”と話した事がありますね。どんな話をしましたか?」

 その言葉で思考が止まった。

 “■■■■”が聞き取れない。

 理解が、できない言葉だった。

 代用する言葉を探して、どうにか会話を繋ごうとする。

 喉まで出た言葉が口元で消える。

 普段通り話せている、はずだ。

 でも、口から出てこないのが分かる。

 紙をペンでノックする音が大きく聞こえる。

 耳の中で何かがざわつく。

 零れる。落ちる。ひび割れる。

 だめ、だ。

 ……閉じていく。

 破綻、してしまう。

「……では、質問を変えましょう」

 黒から白へ。意識が引き返す。

 気付けば女医の言葉が遠くから戻ってきていた。

「大丈夫ですか?」

 心配する女医の言葉に少しだけ安堵を覚えた。

 疲れた顔で、救いを求めるように女医を見る。

「あなたは、“今”幸せ、ですか……?」

 ――もちろん。

 僕は、幸せ、です。

 肩から力が抜けていく。

 ああ、よかった。

 ……いつもの僕に戻れた。


 ※※※


 帝国領 下層域下層。

 東の国境に一番近いジーマ地区にシャラクとノンナの姿があった。

 夕日が深い影を作り、間もなく訪れる今日の終わりを告げている。

「連邦も大概だが、帝国も中々、地理に苦労しているんだな」

 ノンナの言葉に「そうですね」と苦笑する。

 帝国の西が海である以上、東は大陸と地続きで複数の国と接している。

 そこには様々な人種が行き交い、交易が発展していた。

「瓦礫の廃墟、か」

 ノンナの呟きが北風に流された。

 隣国との戦争以降、緩衝地帯だった経緯もあり、遠目に瓦礫が僅かに見える。

 聞けば再び戦争になる事を想定し、敢えて復興させずに緩衝地帯として残しているのだという。

 道理で露店が多いはずだと思い、そのきな臭さに、ノンナは美しい帝国の裏の顔を垣間見た気がした。

「……やはり警察と兵士の数が尋常じゃない」

 シャラクが町の物々しい雰囲気に気圧される。

 おそらく黄昏時が尚更にそれを感じさせるのだろう。

「ま、まぁ私たちのせい、だろうな」

 意図せず上ずった声に、シャラクが怪訝な顔をする。

「……自覚は、あるようですね。ノンナ」

 シャラクの棘のある言葉に、口をへの字にして視線を逸らす。

「それで、ここで待ち合わせの方というのは?」

「スコロフさんの実子。……私の義姉だ」

 聞けば一緒に逃げてきたが、はぐれた際の落ち合い場所としてここを決めていたのだという。

「でも、中々姿が……」

 シャラクはそこまで言って言葉を閉じた。

 本人の目の前で死んでいる可能性がある、等とは軽々しくも言えない。

「――おい」

 二人が振り返ると、警察と兵士が近づいてきた。

 僅かに身構えるノンナをシャラクが制する。

「こんばんは。ご苦労様です」

「ここで何をしているんだ?」

 先日のテロの一件から、警戒度は上がっている。当然の職務質問に、シャラクは笑顔で自らの身分証を差し出す。

「技工士の免許でいいですか?」

「ああ。構わない。……それでそちらの方は」

「父の道場の門下生です」

「門下生? ああ、シャラクって、カタール師範の息子さんか。俺もお世話になったよ」

「では、兄弟子ですね」

 その一言に空気が一気に軽くなった。

 シャラクの存在を知っていた兵士が警察と小声でやり取りをする。

「それで、ここで何を?」

「貴重な、……導機兵の部品の到着を待っています」

「もう若獅子戦の時期か。応援しているから、絶対勝ってね」

 シャラクが手を合わせると、二人は踵を返して立ち去った。

 その影を見つめて、ノンナがゆっくりとシャラクを睨む。

「真実三、嘘七割、か。お前、技工士よりも詐欺師に向いているな」

「自覚は、ありますね……」

 今度はシャラクの声が上ずる。

 遠くで一日の終わりを告げる鐘が響くのと同時に、街燈が一斉に灯りだす。

 光の中の影。

 そこに気配を感じたシャラクが視線を向ける。

 それに釣られてノンナが同じ方向を見ると、いつの間にか一人の女が立っていた。

「――アーニャ!」

 アーニャと呼ばれた女がシャラクに警戒をしながら、影の中から輪郭を現す。

 ノンナと同じ、白灰色の髪の美しい女性がフードを脱いだ。

 無警戒に駆け寄るノンナと、警戒して固まるシャラク。

 シャラクにだけ向けられた氷のような警戒と殺気。

 抱き着くノンナの頭を撫でながら、シャラクを睨む眉目。

 エーテリス灯の青白い明かりに照らされた女の名前を反芻する。

 向けられる氷のような殺気よりも、凍てつく視線が。

 ――欲しいと感じてしまった。

「あ、……アプサーラ」

 思わず口を突いた言葉。

 まるで暗闇から浮かび上がった水の精霊のようだと、シャラクは思った。

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