第31話 灰色の告白
黄銅に輝く駆体がカシームの身体をそっと降ろす。
「……助かった、スラジュナ」
「それがこの駆体の名前か?」
「息子曰く、スラジュナはホムンクルスの名前らしい。駆体名はラクサーシャ。故郷の、天竺の神の名前です」
「お? ……そ、そうか」
どちらがどちらなど、もはやどうでもよかった。
ただ、目の前の導機兵の輝きが今は頼もしく思えた。
それは伝わったのか、カシームの口角が上がる。
ふと、駆体から空気が通り抜けるような音が聞こえた。
動力音に混じり、まるで呼吸をしているようにも思える。
「息子は闘技場の技工士でしてな。これには特別な動力を積んでいるようです」
聞けば、カシームが操るカラリパヤットという武術は呼吸法に重点を置いてる。
ホムンクルスを意志ある生物と捉え、その呼吸を駆体に伝わらせる技術という事だった。
――名を、プラーナ同調式メイン動力。
腰を低くし、深呼吸をするように駆体から静かな吸気音がした。
直後に黄銅の駆体が爆ぜる。
まるでカシームの武術と思わせるような動きで、一瞬でヴァルク級との距離を詰める。
刀身が大きく反ったタルワール。
その白銀の軌跡とヴァルク級の大型ナイフが火花を散らす。
まるで人の動きのようにつま先で着地し、反転しながら右腕の関節部に斬り飛ばした。
ヴァルク級が半歩後退し、握った左手でラクサーシャを攻撃する。
それを鮮やかに盾でいなし、次の攻撃へと移る。
「……何だ、この機動力は?」
野亜の口から驚嘆が漏れ出る。
重量のある導機兵の動きではない。
鎧を着た人間が舞っているようだった。
ヴァルク級が再び唸りを上げる。
意を決したように後方へ大きく跳躍。
着地と同時に背中の固定砲台を起動。
仕留めるつもりで、左手を地に突くように前かがみに構えた。
「私は息子の手当をしに行きます。野亜さんも地下室へ」
「……いや、私はここにいる」
カシームの困惑をよそに、野亜の決意が目に宿っていた。
「……見ず知らずの私の為に、貴方たち親子も、あの導機兵も戦ってくれているんだ」
文字通り、命を賭けて。
恐怖から、逃げるのは簡単だ。
だが、ここでこの戦いから目を逸らしたら、これからやろうとしている事は、絶対に成就しない。
「ノンナだ。それが私の本名。……ノンナ・フルヴォルカ」
「フル、……ヴォルカ?」
その名に心当たりがあるカシームの目が見開かれる。
「大丈夫。名乗った以上、私はどこにも逃げない。早くシャラクのところへ行ってくれ」
「……わかりました」
短く言葉を切り、一礼をしてカシームがこの場を離れる。
ラクサーシャと同じように深呼吸をすると、ざわついていた気持ちが真っ白になった。
ノンナと名乗った女の覚悟が決まり、表情が切り替わる。
「さぁ、魅せてくれ、異国の、黄銅の戦士。……お前たちが信頼に足り得るか、を」
固定砲台の轟音が空気を揺らす。
ノンナは瞬きをする事もなく、ラクサーシャを見る。
吸気の音が聞こえた。
僅かに上がる腕。
砲弾が目前に迫る。
「――やれ」
それは願いか、命令か。
その相貌に青が燃える。
ノンナの声に応じるように、ラクサーシャが湾曲刀を振るう。
分かたれた砲弾が明後日の方向で小さく爆発をした。
ヴァルク級が砲弾を再装填する。
それを許すほど、ラクサーシャは甘くない。
六つ脚を鮮やかな一刀で切り落とし、ヴァルク級の肩を伝い跳躍。
天へと駆け上がる黄銅の駆体。
それを掴もうとヴァルク級が左腕を持ち上げた。
呼吸を整える音が聞こえた気がした。
相貌から引かれる青が一際強く輝く。
駆体の急所であるホムンクルスのカートリッジの搭載部。
――虚空一閃。
それを胴体ごと、真っすぐに切り伏せた。
再び、つま先からから軽やかに着地をする黄銅の戦士。
深呼吸をするような吸気音が、周囲に溶けるようだった。
「……見事だ」
その声に応じるように、相貌の青が静かに終わる。
ふと、二度と動く事の無いヴァルク級を見る。
左腕を掲げたまま、立ち尽くすような残骸。
それはまるで、神への祈りを捧げるようだと。
そう、思った。
シャラクが目を覚ますまでに半日を要した。
あれだけの傷を負って半日で意識を取り戻すのにも驚いたが、何より、手当の直後にカシームが「家畜に餌を」と言って、息子を放っておいた事が衝撃だった。
その間の看病をノンナに任せ、家の整理や壁の補修等、短時間にも関わらず、手際よくこなしていた。
「ノンナ様を庇った事は褒めよう。だが、まだ鍛錬が必要だな」
「ええ、精進します。しかし父さん、ノンナ様って……?」
肩の包帯を巻きなおしながら、ノンナがカシームの顔を見る。
「大丈夫です。これも運命なのでしょう。私も息子も、巻き込まれたと嘆くほど弱くはありません」
「……すまない。でも、ありがとう」
「シャラク。彼女の言葉を、聞いてほしい」
カシームが入れてくれた甘すぎるチャイを少しだけ飲み、シャラクに向き直る。
「ノンナは私の本当の名だ。私は日夲人の母と、ダルカード連邦の父の間に生まれたんだ」
カシームが入れてくれたチャイより、シャラクが入れた方が飲みやすいと思いながら、カップをテーブルに置いた。
「私の父は、連邦の現大統領、……レジツェフ・ラジェフスキー・フルヴォルカ」
「……フルヴォルカ?」
「その名は連邦の大統領の、隠された本名だ。近しい者か、家族しか知らん」
合点のいかない様子のシャラクにカシームが言葉を添える。
「……あと、敵のスパイとか、か?」
ノンナの言葉にカシームが口角を上げ、目を閉じる。
「……父さんが言っていた意味が、理解できました」
シャラクが少し溜息をついて、天井を仰ぐ。
「貴方の体術や野亜という名前から、私は春華の出だと思っていましたが」
「野亜は母から貰った名だ。あと、体術はそう誘導するように訓練を受けていたんだ。すまんな」
「……はは。見抜けなかった俺の目が節穴だったんです」
チャイの香りが乾いた空気を和らげるようだった。
「シャラク」
カシームが普段とは違う声で呼び止める。
「これから先の話を聞けば、おそらく普段の生活には戻れない」
「はい」
「私は、元帝国軍人として、帝国の為、この方に協力するつもりだ」
お前はどうする?
そう突きつけるようなカシームの眼差しに、少しだけ唾を飲み込む。
父はいつも正しい道を示してくれた。
もし自分がまだ子供なら、盲目的に従うのも良いのだろう。
だが、既に大人としての自覚があり、目標もある。
ようやく手にした若獅子戦の切符。
学生時代からの目標。
それを、簡単に手放すのか。
だが、先ほどまでの一件を考えるにあたり、不穏の影は既に近くまで忍び寄っているのは確かだった。
父とノンナと名乗った女の話を聞かず、日常に戻ったとして。
氷上の平和である事を知ってしまった以上、二人に何かあった時の事を考えてしまう。
頬のかすり傷と、腕の湿布を見る。
守るべきを守った、誇らしい姿だった。
シャラクの眉間に皺が寄る。
その誇らしさが、後の苦しみの根源となるのが理解できたからだ。
夢か、理想か。
その狭間でシャラクが揺れる。
「……無理に聞こうとしなくてもいい。お前にはお前の人生がある」
父の優しい言葉にすがろうとする気持ちもあった。
だが、一つ気付いた事がある。
昔の父なら絶対に、そんな事は言わなかった。
有無を言わさず、自分を日常に置き去りにする選択をしただろう。
だが、父は自分にノンナの言葉を聞いてほしいと言った。
無敵だと思った父に、老いを感じた瞬間だった。
カシームに視線を向ける。
「チャイのおかわりはいかがですかな?」
「え? い、いや、結構……」
少し残念そうな父の顔と、少しほっとしたように見えたノンナの顔。
確かに父の入れるチャイは好みが分かれる。
それでも自分にとって、父は偉大な存在であるのは確かだ。
だが、いつまで父に頼っているのか。
何より父に何かあった時、傍に居れるか居れないか。
先ほどのような戦場に向かう事になる恐怖。
それ以上に家族を失う怖さが、打ち勝った。
目を閉じて、深呼吸をする。
「……聞かせてください。ノンナ。貴方が帝国で成そうとしている事を」
ノンナがカシームを見て、それに頷いた。
「分かった。……だが覚悟して聞いてほしい。これより先は、日常との決別だ」
未だ胸中に残る後悔と、不安を抱えながらシャラクが頷く。
覚悟は後から付いてくると、信じるしかない。
聞こう。
ノンナの、灰色の告白を。
チャイの湯気が、揺れる気持ちを現しているようだった。
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