第11話 Bクラスではないのですか?
その日はフワリンに朝早くに起こされた。「へぷ! へぷ!」と切ない声で耳元で鳴くフワリンに「どうしたの?」と声をかけると、起きたなら支度しろと言わんばかりに着替えを持たされ洗面所に連れていかれる。ジュリー先生がまだ起きていなかったので水瓶の中はからっぽだ。
眠たい目をこすりながら井戸まで行こうかと悩んでいると、水瓶に向かってフワリンが口から水を勢いよく噴き出した。しれっと新技を使っている。
まあフワリンだしな。そう思いながら顔を洗って着替えると、案の定台所に連れていかれる。フワリンが口から出したものを見て驚いた。
「これってあの瓶だよね……中身が五倍くらいになってない?」
瓶を手に取るととても冷たかった。今度は冷やしたのかと不思議に思う。最初は少ししかなかった中身が、瓶のふちギリギリまで膨らんでいる。
フワリンは「へっぷ」と映像を送ってくる。小麦粉と水、蜂蜜に塩。そしてバター。映像の通りの食材を用意すると、ボウルに入れる。ちなみに小麦粉は目が粗いものと細やかなものと二種類あるのだが、今回は荒い方を使うみたい。
瓶から、なぜか膨らんだ主成分は小麦粉であるはずの物体をボウルにいれるとその手触りに驚く。謎の粘り気がある。小麦粉はその物体の二倍より少し多いくらい、水は同じより少し多いくらい。蜂蜜と塩は少し。映像と同じくらいになるよう目で確かめながら入れて混ぜてゆく。
混ざってきたらボウルから出してこねるのだが、この時に柔らかいバターを少量入れる。だんだん混ぜるのが楽しくなってきた。「へぷ!」フワリンの合図で丸めなおしてボウルに入れて、濡らした布巾をかぶせる。
さてお次はどうするのだろうと思っていたら、フワリンがボウルごと生地を飲み込んでしまった。
「え? フワリン。これ朝食じゃなかったの?」
私はがっかりしてテーブルに突っ伏した。するとフワリンが口から作り置きのお米を取り出して、食材の準備を始める。
「あ、もしかして朝食のことも考えてくれてた?」
私は先ほどまでの落ち込みはどこへやら、朝からおいしいものが食べられると喜び勇んで調理を開始する。フワリンの送ってくれた映像通りに、鶏肉と玉ねぎ、にんじんを細かく刻む。それをたっぷりのバターで炒めたらお米をくわえ、昨日それぞれ適量で混ぜておいた香辛料をくわえる。フワリンいわく「カレー粉」だそうだ。
「今日はとっても簡単だね。朝食にぴったり!」
作っている最中に先生が起きてきて「今日はパンは買いに行かなくてもよさそうですね」と言いながらスープを作ってくれていた。
出来上がった時、フワリンが叫ぶ「へぷ!」これは「ドライカレー」だと教えてくれる。
みんなで食卓を囲むと恒例のお祈りをして、いざ実食だ。
「いただきます!」
炒めてパラパラになったお米を口に入れると、昨日と同様に香辛料の香りが口いっぱいに広がった。ただ今回はバターの風味が強く、柔らかい味わいだ。昨日のパンチの聞いた香辛料の味も良かったが、今回のマイルドな味わいは朝にちょうどいい。食感はチャーハンに似ているなと思った。
カレーの風味を味わった後に野菜たっぷりのスープを飲むと、野菜のうま味が際立つ。いつものスープなのに何倍ものうま味が感じられるように思う。
「んー! おいしい!」
残さず完食して、だいぶ満足した。今日は出かける予定が無いので家事と勉強をしようと台所を後にする。
すると、昼前になって来客があった。普段は先生が来客対応をしてくれるのだが、なぜか今回は私も呼ばれる。応接室で対峙したのは、眉間にしわの寄った厳しそうなおじさんだ。
「私はロバート・アスター。今年から王立魔法学校一年の特別クラスの担任になる者です。突然の訪問、お許し願いたい」
なぜ特別クラスの担任がくるのか、私はBクラスだと事前に伝えられている。
「単刀直入に言いますと、クリスタさんのクラスがBクラスから特別クラスに変更になりました。理由はクリスタさんの座学の優秀さに加え、空間魔法に浄化魔法まで使える特殊な使い魔を召喚したからです。本校といたしましては、クリスタさん自身とその使い魔の能力を、出来得る限りいい環境で伸ばせるようにしたいのです。特別クラスは主に実戦形式で主と使い魔、両方の才能を伸ばすためのクラスですから」
「お嬢様ご自身は魔法が使えません。なのに実践中心の特別クラスに入れて大丈夫でしょうか?」
「もちろん、チーム編成はそのことも考慮して決めます。今年は戦闘に特化した才能を持つ子も多いですから」
私はアスター先生とジュリー先生の話を黙って聞いていた。でも内心嬉しかった。Bクラスだといわれた時、今まで勉強を教えてくれたジュリー先生に申し訳ないと思っていたから。
「お嬢様はどうしたいですか? 特別クラスでは、周囲の子達についていくのが大変かもしれません」
先生に言われて、フワリンを見る。「へっぷぷ!」と鳴いた。「守るから大丈夫だ」とはっきり伝わってきた。
「いきたいです! 特別クラスで頑張りたい!」
そう言うと、話は終わったとばかりにアスター先生は去ってゆく。アスター先生を見送ると、ジュリー先生に抱きしめられた。
「頑張ってくださいね、私はお嬢様を応援します」
先生にそう言ってもらえたら百人力だ。私は絶対にあきらめない。学校で頑張って先生に安心してもらうんだ。
先生と笑いあっていたら、フワリンが私を呼んだ。こんな時もフワリンは通常営業である。台所に行くと、朝こねた小麦粉の入ったボウルが置いてある。
「あれ? すっごく膨らんでる!」
丸く成形した小麦粉は多分二倍くらいに膨らんでいる。フワリンが送ってきた映像では、ちょうど手のひらに収まるくらいの大きさに丸められて、パン焼き窯の天板に並べられていた。
「これってパンだったの?」
フワリンに問うと肯定される。私はフワリンの指示通りに包丁で生地を切ると、手で押してから丸めた。生地は空気をたくさん含んでいたみたいで、押すと少し小さくなる。丸めてバターを塗った天板に並べ終わったら、私はパン焼き窯に火を入れようとする。しかしフワリンは「へぷ!」と鳴いて天板ごと生地を飲み込んでしまった。どうやらまだ待たなければならないようだ。
私はフワリンから声がかかるまで本を読んで待った。二時間ほどすると、フワリンがパン焼き窯に火を入れた。口から火が出てきたのだが、私は動じない。フワリンは火魔法も使えたんだな……そういえば今朝の水も、火も料理に使える魔法だな。と思いつつ火起こしするフワリンを手伝った。
フワリンが口からさっき飲み込んだ天板と生地を吐き出すと私は驚く。さっきの二倍くらいになっている。生地の表面に小麦粉をまぶして、熱々に温めたパン焼き窯に放り込むと、フワリンと二人で歌いながら焼き上がりを待った。
「へぷーぷへぷーぷへぷぷぷー!」
歌につられてだろうか、途中先生もやってきて一緒に焼き上がりを待つ。
十分はたっただろうか、いい感じのきつね色になったので窯から取り出すと、その香ばしい匂いによだれが出そうになった。
フワリンが焼きたてのパンを一つ吸い込む。味見タイムだ。私と先生も一つずつ取ってちぎった。今まで見たことも無いくらいふわふわだ。
「いただきます!」
私はさっそくちぎったふわふわパンを口の中に放り込んだ。口に入れた瞬間、まるで綿のようにふわふわとした生地に歯が食い込む感覚に仰天する。焼きたて特有の小麦のいい香りが口の中いっぱいに広がって、得も言われぬ気分になった。蜂蜜を入れたからだろうか、ほのかに甘いその味はお菓子と言ってもいいほどかもしれない。
「はー……最高! フワリン、これ信じられないくらいおいしいよ!」
「パンがこんなふわふわになるなんて、どんな魔法を使ったのですか?」
先生も太鼓判を押したそのパンは、後にフワリンパンと呼ばれることになるのだが、それはもっとずっと後の話である。
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