第10話 また新しい能力ですか?
フワリンと一緒に家に帰ると、ジュリー先生が笑顔で迎えてくれた。一応姉に会ったと報告しようとすると、フワリンは先にふわふわと台所に飛んでいった。
「へっぷー!」
少しすると、台所からフワリンの呼ぶ声がした。先生と話しながら一緒に台所へ向かうと、朝に用意した瓶がテーブルの上に出されていた。
「あれ? なんか増えてない? 気のせいかな?」
瓶の中身は、明らかにかさが増えているように思う。でもフワリンの口の中は時間が止まっているはずだ。そんなすぐにかさが増えたりしないだろう。「へっぷー!」とフワリンが鳴くと頭の中に「温度調整空間」という言葉が浮かんだ。
「もしかしてまだ能力があったの……?」
先生が「温度調整空間」という言葉を聞いてもしかしてと青ざめる。
「フワリン、まさか時間停止する亜空間とは別に、正常に時間が経過する空間も作りだせるということですか? しかも空間の温度を自在に変えられる?」
瓶を触ってみるとほのかに温かい。明らかに室温より高い温度の場所に置かれていたことがわかる。フワリンは「へぷっ!」と鳴いて先生の言葉を肯定した。
頭を抱えた先生を慰めようと、私は言う。
「まあ、ほら、フワリンだから……」
なんだかもうフワリンなら何が起こっても不思議ではないと思うのだ。先生も深く考えないようにしたのだろう。「そうですね」と立ち直った。
私はフワリンに言われて、瓶の中に少しの小麦粉と水を足してゆく。フワリンはなぜかまたそれを飲み込んでしまった。何を作っているのかな?
私はもはや日課になりつつあるお米を炊く支度をすると、香辛料を口から出すフワリンを見守った。ちなみに米は「炊く」という調理法なのだとフワリンが教えてくれた。
フワリンの要望通りにすり鉢を出すと、出された香辛料を粉にしてゆく。てっきりそのまま使うと思っていたのだが、違ったらしい。
店主がチリペッパーという香辛料を馬鹿みたいに辛いと言っていたのを思い出して、少し舐めてみる。口から火を噴きそうになるほど辛くて悶えていたら、フワリンに呆れられた。
「香辛料を粉にするのは見たことがありませんね。普通そのまま料理に入れるのですが……」
先生が不思議そうに言った。
なんでもここ数年で南の国との交易が始まって色々な種類の香辛料がこの国に入ってくるようになったのだという。一時は遠い南の国の高価な香辛料をふんだんに使った料理を食べるのが貴族の間で流行ったが、あまりに味が濃いので今は肉料理やスープに使われる程度なのだとか。塩以外の調味料の少ないこの国だからこそ流行ったのだろうと先生は分析していた。
香辛料を粉にすると、鶏肉を大きめに四角く切る。それに塩と粉にした胡椒を少しまぶしても揉みこんだ。このまま少し置いておくらしい。
次は玉ねぎを細かく切って炒める。よく火が通ったら一度皿に移して今度は鶏肉に焼き目をつける。
「これ、胡椒の匂いかな? すっごくいい匂い!」
肉に焦げ目がついたら、玉ねぎを同じフライパンに戻した。するとフワリンが映像を送ってくる。買った香辛料と同じものがフライパンに入れられる光景だ。
「映像とおんなじ量だけ入れろってこと?」
私は粉にしたターメリックとコリアンダーとクミンシードを映像と同じだけフライパンに入れて食材と絡めながら炒めた。とっても独特な香りがするけどなんだか不思議と食欲がわく香りだ。
「あれ? チリペッパーは?」
見るとフワリンは真剣にチリペッパーとにらめっこしている。「へぷ」……なんとなく伝わってくる感情から、どれくらい入れるか迷っているのがわかった。個人的には辛かったからあんまり入れたくない。
悩んだ末スプーンの半分ほどフライパンに入れた。また少し炒めた後水を足して、煮込む。
するとフワリンが、口からなにか取り出した。
「え? ケチャップもいれるの?」
私は大丈夫かなと思いながらもケチャップを入れて、さらに煮込んだ。
香辛料を粉にするのに時間がかかってしまったから、調理を開始して二時間くらい経っている。もう少し煮込むみたいだから少し休もうと椅子に座ると、フワリンがまた先ほどの瓶を取り出す。
「ねえ、本当にその瓶なんなの? なんかまた中身が増えてるよね?」
フワリンに言われるままにまた瓶の中に小麦粉と水を入れると、フワリンはまた嬉しそうに口の中に入れる。まるでペットでも育てているような様子だ。
そうしているうちにフライパンの中身が煮詰まってきた。フワリンの送ってきた映像と同じように、お皿の半分に炊いたお米を盛ってもう半分に出来上がった料理を盛り付ける。
「へっぷー!」
フワリンが「カレーライス」と言った。正直見た目から、どんな味がするのか見当もつかない。
またみんなで席について食前のお祈りをすると、スプーンですくって口に運ぶ。
「いただきます!」
口に入れると、口の中に香辛料の香りが広がる。その香りはあまりにも奥深くて一言では説明できない。最初はチリペッパーの辛さを感じなくて、むしろ香辛料の甘さすら感じたのだが、徐々に舌にピリピリとした感覚を感じ始める。それは痛いというほどではなく、今まで食事で感じたことのない刺激を脳に与えてくれた。その辛みが、さらなる食欲を掻き立てて食べる手が止まらない。
途中大きな鶏肉を口に入れると、中からじゅわっと肉のうま味が染み出して、パリパリに焼いた皮目の香ばしさと合わさって香辛料の味をさらなる高みへ昇華させる。
「おいしい!」
先生と感想を言いあいながら食べる間、フワリンは「へっぷー……」と鳴いていた。「深みが足りない」らしいのだが、フワリンはこの味でも浅いというのか。フワリンが思う最高のカレーライスを食べてみたい。
やっぱりもっと色々な食材を買ってあげないと駄目かな……
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