第12話 入学式です!
あれから今日この日まで、フワリンと私は今まで作った料理を量産していた。今はフワリンの亜空間の中に大量のパンと炊いたお米と料理が入っている。
「これでいつお腹が空いても大丈夫だね、フワリン!」
フワリンは「へぷぅ」と満足そうに鳴いた。
すっかり食いしん坊になってしまった私は、一日を料理に費やすことも苦ではなくなった。むしろ少しずつおいしくなるように研究を重ねるのは楽しいと思っている。
「クリスタお嬢様、忘れ物はございませんか?」
先生に問われて、元気に「大丈夫です」と返事をして手をつなぐ。今日は王立魔法学校の入学式だ。今日だけ先生と学校まで一緒に行く。
私は保護者も見学可な入学式の後、クラスで顔合わせがあるから一緒には帰れないけど、入学式だけでも先生に見守られていると思うと心強い。
「お友達ができるといいですね」
学校は貴族街と呼ばれる貴族がたくさん住んでいる場所の外れにある。私の住んでいる公爵家の別邸も貴族街の外れにあるから歩いて三十分くらいでついてしまう。
王都に家を持たない地方の下級貴族と、ちょっと家が遠い平民のための寮はあるけど、私は家から通学する。
学校に近づくと、馬車の行列ができていた。「へぷぷぅ?」フワリンが「なぜ馬車?」と疑問をいだいている。そりゃあ貴族街に住んでいるなら歩ける距離だし、馬車止めに行列ができているから、多分歩いた方が早く学校に入れる。
でも貴族は外を自分で歩かないものだ。とくに位が高ければ高いほどそうなる。
並んだ馬車の横を先生と手をつないで歩く。他にも平民の子が歩いているから目立ちはしていないと思う。
大きな門をくぐって三階建ての立派な校舎を見ると、なんだか途端に胸がドキドキした。赤いレンガ造りの校舎は何から何まで大きい。建物だけではなく窓も扉も大きく作られていて開放感がある。天井も高そうだ。
十歳から成人する十五歳まで、五年も通う学校だ。貴族は小さい頃から家庭教師がついている家が多いので、五年も通わず飛び級して卒業する人が多いんだけど、それでもかなりの生徒数がいる。
校舎が数棟と、生徒全員を収容できる大ホールがあるらしい。今日の入学式は大ホールで行われる。
「では私は保護者席に行きますね。座る場所はクラスごとに成績順だそうですので、間違えないようにしてください」
大ホールの入り口で先生と別れて、ステージの方へ向かう。すると案内をしているのだろう先生らしき人に、クラスと名前を聞かれた。私の席は一番前の一番端っこだった。
「あの、私。成績は二位だったんですけど……」
「主席の子は新入生代表の挨拶があるので、舞台袖にいるんですよ」
なるほどと納得して席に座る。フワリンを膝の上に乗せてキョロキョロと周りを見回すと、色々な使い魔を連れている人がいた。図鑑でしか見たことのないような珍しい動物型の使い魔もいてワクワクする。
連れていない人は、多分使い魔が大きすぎて入れなかったんだろう。いくら使い魔でも、馬なんかはさすがに外飼いだ。
入学式が始まるのを待っていると、隣に青髪の男の子が座る。腕には小さなサルが抱かれていた。サルが可愛かったので視線を向けると、男の子は嫌そうな顔をする。
「気持ちわりぃ使い魔。お前だろ、聖女様の出がらしの庶子って。ソレイル神もお前を見放してんだろうな。そんな変な使い魔与えるなんて」
私と男の子は話したことがない。名前も知らない。なんとなくだけど使い魔召喚の時に見た顔な気がするだけだ。色々思うところはあるけど、無視しよう。
というか私は姉の出がらしと呼ばれていたのか……確かに私は魔力がほぼない。姉は常人の倍以上の魔力を持っているらしいから、的を射た表現なのかもしれないな。
でも姉は使い魔を召喚できなかった。教会は聖女として規格外の魔力量と治癒と浄化の力を持っているから、これ以上の力はいらないとソレイル神が判断されたのだと主張している。
じゃあ私は何なのだろう。魔力が極端に少ないのにフワリンのような特殊な使い魔を召喚できた私は、ソレイル神に見放されているのだろうか。フワリンの能力のすごさを考えるとそうではないと思う。
私が視線も向けずに無視していると、男の子は「なんとか言えよ」と私の髪を思いっきり引っ張った。痛い。
するとフワリンが、大きく口を開けて男の子を吸い込んだ。
……一瞬にして消え去った男の子に、周囲に座っていた子供たちはどよめいている。幸いにも忙しそうにしている先生たちの視界には入らなかったようで、何も言われないのをいいことに、入学式が始まるまでこのままでいる事にした。また暴力をふるわれるのは嫌だしね。
開始時間になると、ゆっくりとステージの幕が開く。このタイミングでフワリンに飲み込んだ男の子を出してもらう。
すると、出てきた男の子は声を上げて大泣きしていた。みんなの視線が男の子に集中する。女性の先生が慌てて泣いている男の子の側に駆け寄って、ホールの外に連れて行った。
「……ねえ、フワリン。もしかして時間が経過してる方の空間に入れてたの?」
小声でフワリンに問うと、フワリンは「ぷへっへっへっへっ!」と邪悪な笑い声をあげた。私はてっきり時間停止の方に入れたのかと思っていた。だからそのまましばらく放置したのだ。
でもフワリンは時間が経過している方に入れた。つまり男の子からしたら突然亜空間に送られてしばらく出られなかったということになる。そりゃあ泣くだろう。恐怖体験すぎる。
後で謝った方がいいかな……でも髪の毛引っ張られたしな……まあいいか。話しかけてきたら対応しよう。
入学式は最初のハプニングを除けば順調に進んだ。隣の男の子は戻ってこない。
新入生代表の挨拶になると、長い桃色の髪を高い位置でツインテールにした女の子が登壇した。後ろから使い魔であろう、顔の周りと尻尾や足先だけが黒い猫もついてきている。
「新入生代表。キャンディ・サード。今日の良き日に、この伝統ある王立魔法学校へ……」
そうか、主席は「知のサード家」の子か。
サード伯爵家は特殊な家柄だ。国の書物全般を管理する家柄であるサード家は、魔力重視のこの国では珍しく魔力や家柄で結婚相手を選ばない。サード家において重要視されるのは知力のみ。
その証拠に、登壇している女の子はこの国には少ない桃色の髪と、どこか幼げな彫の浅い顔立ちをしている。現サード家当主は確か、離れた北の国から才女と呼ばれる女性をめとった。
私と同い年なのはその三番目の子供だったはずだ。
ジュリー先生に教えてもらった貴族情報を頭に思い浮かべながら、私は考える。「知のサード家」の子が相手だと、主席をとるのは難しいかもしれない。
落ち込みかけたが、フワリンが大きな目でじっとこちらを見ていた。……そうだ、やる前からあきらめちゃ駄目だ。たくさん勉強して、いつか主席の座をもぎ取ってやる。
私は気持ちも新たに壇上を見た。挨拶が終わって舞台袖に歩く女の子と、なぜか目が合った気がした。
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