第2話 高速移動の特訓
目が覚めると、俺はワイヤーか何かで拘束されていた。パニックに陥り、もがいたが、奴の顔を見たことでそれは収まった。
アリストだ。すっかり元通りに修復されている。
「よかった、気がついたか」
俺はうめき、アリストをにらんだ。
「なんで拘束するんだ……」
「ジェイク。君を手術した。命が危なかったから、仕方なく」
そうか、察しはつく。あふれ出る魔力に身体が耐えられなかったのだ。
「気づいていないのか……ショックで自分に目が向いていない」
「なんだよ。どういう意味だ?」
「今の君は……サイボーグだ」
ハッとして、自分を見下ろした。両腕は完全に銀色の機械と化している──乱雑に着せられた服をめくると、心臓付近も基盤やらで補強されていた。
「嘘だろ……」
力を込め、拘束を破った。足の一部も機械化されていたので、立ち上がるのは大変だった。
「信じられないことの連続だな」
崩れかけの船内を新しい足で歩き回った。外界の空気が流れ込んできていたが、ちゃんと呼吸できる。
「すぐに慣れるだろう。それより、この世界で生き残ることを考えなければ」
「仲間はみんな、死んだんだろ……」
「ああ。我々だけだ」
「宇宙へ戻る方法もない。なら、死んだも同然だ」
俺は俯き、吐くように言った。
「生きる希望が無くなったというわけか」
ロボットは淡々と話す。この地獄で、他に言うこともないので、疑問をズバリ口にした。
「なんだったんだ、あの怪物どもは」
「『悪魔』だ」
俺は身構え、アリストの顔を見た。
「古文書に載っていた。今考えれば、最初から真に受けて慎重になるべきだったな」
「というか、まだこの近くに居るんじゃないのか! こんな悠長にしてられないよ」
「それが、寄ってこないんだ。君が解き放った膨大な魔力を、未だ警戒しているのだろう」
俺は船の残骸から抜け出し、しんみりとした荒野を見渡した。恒星は、半分地平線に隠れており、空は紺色に染まり始め、いくつか星が見えるようになっていた。
「悪魔」が、遥か遠くの岩場で屯している。獣のように四足で歩き、ときおり俺たちの様子を伺うように首を傾け、牙をむき出しにした。
ふと、不思議な感覚が走った──肉体部分の毛が逆立つ。
「魔力だ。感じる」
「何だって?」
俺は外の景色に目を凝らし、その怪物に気づいた。他の悪魔とは、立ち振る舞いが違う。人間のように直立していて、背は三メートル近くある。肉体は灰色で、異常なほど筋肉が発達している。かろうじて服と言える布を羽織っていて、頭はこちらに向いていた。
奴と目が合い、にらみあった。悪魔は足を地面に突き出し、駆けだした。そのスピードときたら、異次元だ。目に見える風が吹き抜け、背後には白い残像をまとっていた。距離は数百メートルはあるのに、気がつくと俺は奴に掴みかかられていた。
首を掴まれ、圧迫された。勝ち誇ったように、悪魔の口がつり上がる。
アリストが素早く反応し、奴を切りつけた。少し怯んだかと思うと、物を捨てるように俺を放り投げた。
「この野郎!」
俺は悪態をつき、距離を取って体勢を立て直した。アリストは全身を駆使し、至近距離でブラスターを放った。敵の身体に、ごく小さな穴が開くが、構わず格闘を続ける。ロボットは刃を振り回し、敵の喉元をかすめる──その腕を掴まれ、もぎとられた。
「これでもくらえ!」
俺は両腕をこわばらせ、悪魔に向けて魔術を放った。これは、俺が扱える最上級の技だ。
指先から純白の稲妻が走る。目にもとまらぬ速さで放出され、敵の全身を焦がしていく。そこへさらに念力を加え、吹き飛ばした。
「いいぞ。君の腕にも、収納式の刃が入っている。使いこなすいい機会だ」
この期に及んで、訓練気どりらしい──
悪魔が起き上がり、こちらをギロリと見た。念じると、刃が出てきた。アリストのものに比べて、かなり長い。肘から指の先くらいはある。悪魔に素早く接近し、脳天めがけて思い切り刃を振り下ろした。悪魔は両腕をクロスさせて守りに入ったが、その腕もなんなく切り落とす。敵は焦りを見せたかと思うと、身体を見事に回転させて俺を蹴り飛ばした。
敵は俺とアリストを交互にみやった──そして、高速で走り出し、岩場の方へ逃走していった。
奴が目視できなくなったのを確認して、安堵のため息をついた。暗い船内に戻り、ちょうどいい瓦礫を探して、腰かけた。アリストは腕を収納し、笑いかけるように言った。
「なんとか耐えきったな」
「ああ……それにしても、こんな化け物がうろついてる世界で、どうやって生きていくんだ?」
「それには、強くなるしかないだろう」
簡単に言うものだ。人間が生き延びるための必要条件ってやつを、この星は満たしてない。睡眠時間に水分補給、食べ物だってない。悪魔を抜きにしても、三日と持たないに決まっているではないか。
「灯りはつけないほうがいい。不便だが、目立つと命取りだ。ここからじきに移動しなければならないな。さっきの奴が、戻ってくるかもしれない。その場合、おそらく応援も来る」
「そうなったらおしまいだ。こっちは二人だけで、隠れる場所もない。逃げるにしたって、奴のスピードを見たろ。俺たちに勝つ術があるなら、さっさと教えろよ。数百年の人生経験を存分に発揮して」
「そう言われても、強くなれとしか、私には言えない」
話は平行線だった──自称人類最強の俺だから分かる。強くなるには、相応の努力と時間が必要だ。魔術の腕前に関しても、同じこと。俺が念力や防御魔法を習得するのに、何か月かかったか──
ましてあの稲妻は、俺の青春時代を犠牲にして作った、最高級の発明と言っていい。機能をいくらでも盛れるロボットとは、まったく違うのだ。
「自分の技に限界を感じているなら、他者を模倣すればいいじゃないか。君を凌ぐ者がいない人間文明とは違って、この世界は魔術があふれている。強敵も大勢いるに違いない」
「そう言われたって、悪魔が手取り足取り教えてくれるわけじゃないだろ」
俺が反論しても、アリストはなだめるように語ってくる。
「見て盗むんだ。術に目を凝らし、感覚を掴む。あとは繰り返し、極めるだけさ」
「敵を前にして観察なんかしてたら、すぐに殺される」
なおも彼は説き続けた。
「だったら、思いだすんだ──例えば、さっきの悪魔は、どうやってあんな速度を出した? 私は、単なる身体能力で片付けられるものではないとみたが」
「……あれも魔術だっていうのか」
俺が問いかけるように言っても、アリストは上を向き、空のどこともいえないところに目を向けたままだ。
「自分で考えるんだな。偉そうなことを言ってきたが、魔術はロボットの専門外だ」
俺は言われるがまま目をつむり、先ほどの情景を思い浮かべた。
──まず、足を地面に突き出した。力を込めていたというより、ステップのように軽く踏み出しているようだった。それから、あの異様な動き。目に見える風──あれは、単なる逆風ではない。魔力──よく分からないが、魔力の風だ。背後の白い残像もあきらかに超常的なものだ。問題は、それをどうやって習得するか──
「そうか、風を味方につけていたのかもな!」
魔力の風、それが答えに違いない。逆風とは別に、あの悪魔を加速させるための風が吹いていたのだ──
さっそく平たい地面に立ち、機械の足で走り出す。その感覚に、驚いた。サイボーグになったことによって、速度はすでに倍近くに向上している。だが、それでは足りない──背後で念力を起こし、そのエネルギーを背中にぶつけた。
すると、瞬間的だが、とてつもない速度で俺の身体は動いた。周りの景色が取り残され、そして、ぐるりと反転した。ようするにこけたのだ。
煙っぽい地獄の土に、突っ伏していた。なんとか起き上がると、また同じことを繰り返し始めた。
背中が押され、速くなる。そんでもってバランスを崩し、地べたに転がる。世界が暗黒に染まる中、そんなことを延々とやり続けていた。念力で風を起こすのは、だいぶ慣れてきた。それを細かく制御し、身体とリンクさせなければならない。
そして、あるときコツを掴めた。今までは速度に合わせて全力の駆け足だったのだが、それでは足が持たない。だからバランスを崩すのだ。
もう一度、地面を大きく蹴り、すかさず念力を使う。今度は、半ばジャンプするように駆け、足を宙に浮かせる時間を長くとった。
するとどうだろう。まるでスケートのように、滑らかに進めるではないか! 二、三秒おきに地面に触れ、軽く蹴る──魔力の風が、うまいこと加速させてくれた。いまや景色が霞んで見えるほど、速く移動している。
その調子で、今度はカーブに挑戦だ。普通に走るのと同じ。曲がるためには、速度を落とさねば──慎重に念力の力を弱めると、足が宙を舞う時間が短くなっていく。
身体の重心を、左にずらしてみた。すると、やった! 左に方向転換できたのだ! しかも、バランスは思ったよりも安定している。
やがて、コントロールは自在になった。八の字に回ることも、走行中に思い切りジャンプして、宙返りしたりもできる。急停止だけはなかなか難しかった。いきなり停まろうとすると、どうしてもこけてしまう。ゆっくりならば、問題はなかった。
「よっしゃ!」
俺は自分の才能を、手あたり次第に褒めたたえた。他にそうしてくれる奴もいないのだから──
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