悪魔世界の冒険譚
児童小説好き
悪魔の世界
第1話 墜落
「頑張って! 生きて帰るのよ」
残念ながら、物理的に離れていく母の言葉に、反応を返す余裕はなかった。宇宙クルーザーは、母の乗るそれを突き放し、真空の彼方に飛び立った。
その場面を大して記憶に残さないまま、操縦室に入った。前方の壁は透明で、外の真空が嫌というほど見える。
「魔力炉はちゃんと機能してるか? 俺が作ったものとはいえ、恒星間移動は初めてだからな」
俺、ジェイクは数名のクルーと動作確認をした後、座席に着いた。純白で狭苦しい空間にいるのは、せっせと荷物を運び、働く者たち。そして黙々と操縦をこなすロボットが一体。椅子に腰かけ、俺を見据える。彼はひょろりとした人型で、パイプのような胴体に細長い手足が接続されていた。頭部は、中途半端に人間を模していて、人体模型などに見られる特定の不快感はそこまで強くない。
「太陽系……昔から記憶させられてきたよ」
感慨に浸るように、ロボットは呟く。それがいささか滑稽に思えた──人間らしさを確立しているかのようで、妙な面白さがあった。
「アリスト、人類が宇宙に進出してからもう千年。文明は、当時と比較にならないだろうな」
「もしくは、滅びてるかも」
突然不穏なことを言うアンドロイドに、ぞっとした──
「どのみち、宇宙船暮らしの人間が耐えられる環境とも限らないだろう。警戒は怠らないことだ」
あいよ、とアリストの言うことを軽く受け流し、天文図を開いた。古代の紙には、事細かに宇宙の神秘が載っており、興味深い伝説もいくつかあるのだ。「地球は謎の怪物に脅かされた」「宇宙に進出したのは逃走のため」だとか、おかしい話が色々と記載されている。
極めつけは、「『魔術』はその『怪物』が操るもので、人間はその模倣をしている」のだと。
──ありえないじゃないか。確かに、魔術を習得できる人間は限られているが、俺に言わせれば、科学と同じ、立派な学問だろ。類人猿が火を発生させたように、千年前の人類も突飛な実験を繰り返した末、発見したのだ。
「太陽系に入ったぞ。恒星から見て、三番目がそうだ。見えるまでしばらくかかるだろう」
アンドロイドはそう言って、こちらに視線を向けた。
「ジェイク、覚悟はできているか? 現地の環境は全く分からないんだ。攻撃を受けるかもしれない」
「俺には、最強の魔術があるからな。ミサイルでも来ないかぎり、大丈夫だよ」
それに、俺の身体は丈夫で、生半可なことでは怪我しない。魔術を使えば、筋力を増幅し、ドーピングすることもできるのだ。だから、俺は「人間」と真正面から戦って負けたことは一度もない──だがこの機械、アリストは例外だ。
奴はエンジニアで、どこかから優良なパーツをひったくってきては、黙々と自分を魔改造してきた。そんなことをもう数百年続けているらしく、そのうえ格闘技術まで身に着けているのだ。俺が最近身に着けた最強の攻撃魔法でも、勝てる気がしない……
あれこれ考えているうちに、第三惑星が見えるようになった。しかし──
「おかしいぞ。書物によれば、液体の水が地表の大半を埋め尽くしているらしいんだけどな」
俺は辺りのクルーを見やった。とたんに、皆が疑念に満ちた目つきになり、明らかな不満がうかがえた。
「確かに、青くない。だが間違いなくこの星だ」
目の前の惑星は、隣にある火星とほぼ変わらないくらい赤く、青と緑は点々と存在していたが、話に聞いた楽園のような星とは似ても似つかない。
「降りるのか?」
クルーの一人が聞いてきた。俺の口から答えは出ない。
「古文書が間違っていたか、あるいは、滅亡しているかだな」
落ち着いた口調で、アリストは語る。船内に軽いどよめきが起こっていたが、俺は呆然として、考え込んだ。人類が帰る場所は、当に無くなっていたというのか──?
長いこと惑星に見入っていた。ふと気がつくと、緊急事態だった。
「エンジンが過剰に運動。魔力炉が暴走状態です! 地球の大気圏内に侵入してしまう!」
女性のクルーが、叫んだ。
「俺が止める!」
船の中枢にある、リアクター室へ駆けた。すると、我が自慢の魔力炉が、火を噴いているではないか! しかし、炉はこの船の動力源だ。取り外せば船の機能は停止してしまう……悩んでいる間に船が激しく揺れ、その衝撃で俺は全身を打ち付けた。
「ちくしょう、こんなはずじゃ……」
うめきながら手をこわばらせ、念力で火を抑えようとした。だが、時すでに遅し。完全にいかれている。
船がガタガタと振動し、傾く。大気圏に突入してしまったのだ!
正確な時間は分からないが、とにかく長いこと気を失っていた。現在、揺れは感じない。
「地表に着いたのか?」
船は壊滅的な被害を受けていた。炉は停止し、あちこちの配線が火花を散らしている。メキメキと耳障りな軋みが辺り一帯に響く。歪んでしまった扉を念力でこじ開け、操縦室を見回した。
船員は、皆意識があるようだった。それより、前方に透けて見える景色の方が重大に思えた。空は橙で地面は赤黒く、所々に岩があるくらいで、完全にひらけた荒野だった。
息をのみ、地平線をにらんだ。こんなところで、生命が生きていけるとは思えない。
いや、いる。遠くで何かがうごめいているではないか──景色に同調した赤い肌、不自然な関節、ミイラのような瘦せこけた人型の生命体だ。あまりの生々しさに、身震いした。
そいつが首を曲げ、こちらを向いた。小さな口を、咆哮するように限界まで開き──おぞましいことに、顔の肉が裂けてしまった。
クルーの一人が、悲鳴を上げる。
「怪物だぁぁぁっ!」
化け物とはかなり距離があるのに、室内で後ずさりする。
「うろたえるな! 俺たちは無防備じゃない。武器もあるし、魔術も使える」
「そうやって安心させて、結局大丈夫だったためしがないじゃないか!」
別の奴が俺を責め立てる。俺はそれを無視し、息を整えて、迫り来る怪物を見据えた。いまや一体ではない。ぞろぞろと、十以上の怪物が醜く這って近づいてくる。それぞれ姿かたちは似通っているが、細かい部分に違いがある。薄い髪が生えているもの、口が大きく、牙をむき出しにしているもの、角が生えているもの、まちまちだ。
観察しているうちに、そいつらがいきなり、こちらに飛び掛かってきた。クルーは皆叫び、戦う気力のあるものはいないようだった。
「戦うんだ!」
背後で、アリストが鼓舞する。彼の腕が展開し、枝分かれする。突如として現れた二本の腕の先端には、刃やブラスターがついていた。いかにあの怪物たちでも、この防御は崩せないだろう。
ガラスに張り付き、鋭い爪で船に傷をつける異形の奴ら──俺は思い切り魔力を貯め、腕を前に突き出して、そいつらを吹っ飛ばした。だがキリがない。いくら攻撃しても、ほとんど負傷せず突き進んでくる。
健闘もむなしく、ついに壁が破られた。船内に入ってきた怪物を、一体ずつアリストが迎撃する。刃で切りつけ、殴ったり蹴りを食らわせる。だが、なかなか死なない。船の割れ目からぞろぞろと怪物が落ちてくる。蜘蛛のように這い、クルーを襲う。俺が念力で引き離すが、やはり終わりが見えない。
どんどん数が増えてくる──隊員が噛まれ、ついには一撃で首をひねられて死ぬものもいた。アリストも、流暢な動きで魔物を切り伏せるが、やはり殺すことはできない。やがて、彼に魔物たちが群がり、乱雑に引っかいたり手足をもぎ取ろうとする。
「ダメだ!」
俺はフルパワーで念力を使い、アリストを救おうとした。だが、効かない。一時的にはがすことはできても、また襲い始める。俺自身はというと、防御魔法を習得しているので、ある程度の攻撃は防げていた。しかし、皆を守ることは到底無理だ。船の設備が破壊され、灯りが消える。暗くなって、一気に恐怖が増した。敵の数や、正確な動きが把握できない。目が闇に順応するころには、真の地獄が現れていた。
船内は血の海だ。船員は断末魔を上げ、むごたらしく四肢をちぎられたり、怪物に喰らいつかれている。食い物にならないと分かったのか、アリストだけは中途半端に破壊されたまま、放っておかれている。
「そんな……」
俺は絶望し、やがて怒り狂い、全身に力を入れ、ありったけの魔力を込めた。
「やめろぉぉぉッッ!」
死に物狂いで、声を張り上げた。怪物たちがぎょっとして畏怖の表情を見せる──まばゆい閃光が走り、魔力が爆発した。敵はものすごい形相をして、燃えた。瞬く間にそいつらは灰になり、消滅していく。と、同時に俺の意識もどこかへ飛んだ。
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