第22話「贈り物と意地悪 前編」3

 厨房で土のついた芋を洗っていた春燕しゅんえんは、

不意に凌偉りょういに呼ばれ、そのまま強引に外へ

連れ出された。


向かった先は庭園。

水面を映す池の傍らに建つ、庭園の中でも

ひときわ立派なてい東屋あずまや)、碧風亭へきふうていだった。


「最初にはっきりと言っておく。」


亭に着くや否や、凌偉は振り返り、

低い声で告げた。


「はっ、はい!」

不意を突かれ、春燕は慌てて背筋を伸ばす。


少し離れた場所では愁飛しゅうひが腕を組み、

「おいおい。言い方。」と、やれやれといった顔で

二人を眺めていた。


その隣に立つ雪麗せつれいは、

凛とした表情を崩さず、ただじっと春燕を

見守っている。


凌偉は、ほんの一拍の間を置いてから、

淡々と語り始めた。


「この婚約は琳家のためのものだ。

 ……そもそもは、服喪ふくも

(親が亡くなった際には2年3ヶ月)が

明けた後に商売仲間が縁談を持ち込んできたのが

きっかけだ。


それが尾ひれをつけて広まり、

俺が妻を探していると噂になった。


そのせいで毎日のように娘たちが押しかけてきてな。

断るだけで時間を取られ、仕事に支障が

出るほどだった。」


声に感情はない。

切り捨てるような冷たさすら感じさせる。


「我慢の限界だった。だから婚約者を

 迎えることにした。ただそれだけだ。」


春燕は黙って聞いていた。


「俺は仕事ができればそれでいい。」

凌偉の言葉は、壁のように硬く冷ややかだった。


「はい。」春燕は小さく答える。


「俺が求めているのは、俺の仕事の邪魔をせず、

 琳家を支え、琳家にとって有益である人間。

 それを満たしているなら、誰でもいい。」


凌偉の視線が真っ直ぐに射抜いてくる。


――誰でもいい。つまり、


“自分でなくてもいい。”


春燕は胸の奥がひやりとするのを感じたが、

顔には出さず、ただ無言で頷いた。


凌偉はさらに続ける。


「相手には見返りとして、琳家での十分な

 暮らしを約束する。望むものはすべて揃える。

 それでお互いに釣り合いは取れるだろう。」


「はい。」春燕は素直に返した。


その瞬間、凌偉は深く息を吐き、

彼女を見据えて問いかけた。


「以上だ。それで――貴方は琳家と俺に、

 どんな利益を与えられる?」


張り詰めた空気が、静かにていを包む。


春燕の心臓が高鳴る音が、自分にだけ

聞こえるほどだった。どう答えるべきか。

視線を外さずに、春燕は言葉を探す。

凌偉の目が、冷ややかでありながら、

どこか試すように揺らめいていた。

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