第7話 報酬

「1、2、3……」


 探索ギルドの受付嬢が報酬の金貨を机の上に積み上げていく。

 金貨は1枚辺り、前世の円に換算すると10万くらいだ。

 そう考えると壮観な眺めだった。


「……6、7、でこれで全部ですね」


 受付嬢は積み上げられた金貨の束を机の上で滑らせる。

 

「ありがとうございます」


 俺はその金貨の束を受け取り、ジャラジャラと小袋に入れる。

 これでしばらく生活の心配がなくなるし、心の余裕もできてシンプルに嬉しかった。

 思わずニヤそうだ。


 この後は金貨を1枚だけ手元に置いて、ギルドの預かり所で預かってもらおうか。

 それでも滞納してる家賃を払ったとしても、この先当分の間は持つだろう。

 そんなことを考えながら俺は席を立つ。


 受付嬢は、俺に対して何か言いたげにジト目で少し見た後で挨拶をする。


「本日はどうもありがとうございました」


 俺も慌てて挨拶を返し、その場を離れる。 

 あの表情、もしかして彼女の機嫌を損ねたかな?


 女性は一人を敵に回すと、その人と仲の良い他の人からの指示も失うことになるということは、前世で経験済みだった。

 横のつながりが男より強いし、一度怒らせると中々許してもらえない。

 勘違いの可能性もあるが、早めにフォローを入れておいた方がいいだろう。

 今度美味しいお菓子でも差し入れするか。


 それにしても報酬もらうだけなのに、随分と時間がかかった。

 別に彼女のことを非難している訳ではない。

 彼女は今日がこのギルドはじめての受付業務だったから、時間がかかるのも仕方ないことだ。


 今から、そう10分以上前だろうか。

 俺が彼女に実績登録と換金をお願いしたのは。






 〜探索ギルドのある新人受付嬢の視点〜


「あの、実績登録と換金お願いします」


 可愛い顔をした少年が探索ギルド受付に訪れる。

 その佇まいと雰囲気から、おそらく低級だろうと値踏みする。


 今日は転属後に研修を終えて、ギルド受付を担当するはじめての日だ。


 正直緊張している。

 だがそれをなるべく顔や態度に出さないよう心掛けている。

 こういうのは最初が肝心で、最初に舐められるとその後ずっと舐められたままになってしまうからだった。


「はい、それではそちらに座っていただいて……まずは、討伐証明となる魔石を提示いただいてもいいですか?」


 意識してキリっと返答する。

 今日から私は生まれ変わるのだ。

 誰しも、見知らぬどこかに行って、人生をやり直してみたいと一度は思ったことがあるだろう。

 今日が私のその日なのだ。


 私のことを誰も知らないこのギルドで人生をやり直して、シゴデキな素敵な大人の女性になる。

 もし、私が今眼鏡かけてたら、クイ、クイってさせていることだろう。


「はい……こちらになります」


 少年は無造作に魔石を受付の机の上に取り出す。

 数えると魔石が全部で20個くらいあった。

 探索者が一人当たり平均で一日獲得する魔石は5個くらいが平均だ。

 これだけの量だ。何日間か貯めていたのだろうか。


 よく見ると大小様々な形の魔石の中に、一際大きな魔石が一つ紛れ込んでいた。

 間違いない、これはダンジョンコアの魔石だ。

 しかもその輝きの強さから中級以上の魔石と推測された。


 なるほど、これはレイド報酬だろう。

 少年はその小間使いとして使いに出されたのだ。


「あの……お姉さんは新人さんですか?」

「あ、はい。自己紹介がまだでしたね。私、リディアといいます。よろしくお願いします」

「俺はレオンです。よろしくお願いします」


 レオンはペコリと頭を下げだ。

 ふむ。やはり可愛い。


「今日はレイド報酬の換金か何かですか?」

「レ、レイド報酬……? いえ、ソロでの換金になりますが」

「ソロで?」


 レオンは頷く。

 とてもこんな少年が手に入れられそうな魔石には思えないが、人は見かけによらないとも言う。

 まだどこかあどけなさを残している彼も、実はかなりのやり手なのだろう。

 両親が探索者シーカーで、幼い頃から英才教育を受けているような子も中にはいるのだ。


「それでは現在のランクを教えていただいてもいいですか?」

「……今、F級です」

「え、F級?」

「はい」

「…………」


 疑いながらもダンジョンコアの魔石を鑑定機にかけてみるとC級と表示される。

 C級のダンジョンを攻略してきたというのは間違いないらしい。


 そこで私はははーん、そういうことかとピンとくる。

 F級の子がソロでC級のダンジョンを攻略できるはずがない。

 おおかた新人イビリといったところだろう。

 

 このまま私が手続き進めてたら、最後の方になってテッテレーとか言って、嘘でしたー、F級がC級ダンジョンソロ討伐できるわけないでしょー(笑)とか言って、私を馬鹿にするつもりなのだろう。

 ふっ、このシゴデキウーマンのリディアを騙そうったって、そうは問屋がおろしません。


「レオン君、お姉さんを馬鹿にするもんじゃありません。正確に実績登録しないといけないんで、討伐したレイドメンバーを教えて下さい」


 私は優しく語りかける。

 彼は企みをすぐに看破されてしまって悔しいだろう。

 だけどここで鬼の首を取ったように言ってはいけない。

 ふふん、これが大人の女の余裕というものよ。


「いえ……一人、ですけど……?」


 少年はきょとんとしながら答える。

 きっと、ちょろそうな新人くらいに思われてたんだろうね。

 そんな新人に見破られて悔しいのは分かるわよ。

 分かるけど、もう無理なのよ、坊や!


「ふっ……。もういいのよ楽になって。今日は相手が悪かったのよ。バツが悪いようでしたら後日換金に来ては如何かしら?」

「な、何を言って……? まあ、確かに相手が悪かったというのは、そのようですが」


 あら、相手が悪かったって、もう認めちゃってるじゃない。

 別に仕事じゃなければ、お遊びに乗ってあげてもいいのよ。

 でもこれは仕事。受付嬢には受付嬢の責任というものがあるの。


 受付嬢の責任。

 そう、あれは。私が探索ギルドの受付嬢をはじめたばかりの頃の事。

 最初は探索者シーカーたちとはお友達感覚で接していた。

 同僚の先輩に注意されることもあったけど、フレンドリーに接することで結果、ギルドの評判も上がると思ってた。

 あの日、担当の探索者がはじめて命を落とす日までは。


「昨日、近くの、滝壺の近くにダンジョンでネームドの目撃報告があったの。だからそのダンジョンには近づかないようにしてね」


 換金に来ていた馴染みの探索者シーカーに伝える。

 リディアが受付嬢をはじめた時期と、彼が探索者をはじめた時期が近く、同期のようなものだった。

 彼はまだ若く、リディアと同様に経験も浅かった。

 

「えー、大丈夫っしょ。あそこのダンジョン広いんだしさ。見つけたら逃げればいいわけだし」

「うーん、でも……レベル差が大きい場合は逃げることも難しいこともあるから……」


 ギルドのマニュアル通りに伝える。

 だがマニュアル通りに伝えたところで現場では臨機応変に、と経験豊富な探索者に返されることも多かった。

 

「大丈夫だって。そんなエグいやつこないよ、こんな田舎のダンジョンに。リディアは心配性だな」


 心配性と言われて、まるで自分が細かいことをいって探索者の足を引っ張っているようにも感じる。

 その思考が引け目となり、その日はそれ以上強く言うことはできなかった。

 それに、これ以上強く注意して彼に嫌われたくもなかった。

 結局、彼は意気揚々とダンジョンに向かった。



 

 翌日、彼は無惨な遺体となってネームドの討伐隊に発見された。

 物言わぬ屍となった彼の顔にかかったハンカチを外した時に見た、彼の惨たらしい傷だらけの顔は今でも忘れることができない。

 私があの時、彼を引き止められていれば、彼は死ぬことはなかったのだ。


 その後、しばらくの間、強い自責の念に駆られ、受付嬢を辞めようかと真剣に悩んだ。

 己を責め、そして、そんな苦しみから早く逃れたかった。

 どうしたら彼はあの日、私の言う事を真剣に聞いてくれただろうか?

 

 普段、お友達感覚で接していると、いざという時に真剣に取り合ってもらえない。

 探索は遊びじゃない。命がけなのだ。

 ギルドの受付嬢は、単に愛想を振りまいていればいいわけではない。

 彼らの命を預かるくらいの気概をもって情報伝達をすべきなのである。

 

 ギルドの受付嬢に探索者シーカーの行動を制限する権限はない。

 結局は探索者シーカーの自己責任ではある。

 だからといって、彼らの命と誠実に向き合わないというのは違う。

 人として。絶対に。


 結果、受付嬢の矜持とも言えるようなプロ意識が芽生えて、私は変わった。

 ギルド内では、態度が悪くなったと陰口を叩かれることもあった。

 でもそれでもいいと思った。

 それで探索者シーカーの命を守れるならば、私は嫌われ者になろう。

 だが不思議なもので、私が変わってから評価してくれる理解者も現れて、離任前にはそれなりにギルドの探索者シーカーたちの信頼を得られていたように思う。

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