第6話 ソロ攻略

「使わせてもらいます」

 

 俺は死者に対して祈りを捧げながら転がっている剣を取る。

 

 剣は黒色の片刃で、剣身には美しい波のような幾何学模様が浮かび上がっている。

 長剣にしては少し短く、短剣にしては長い。

 おそらく買うとなると今の俺ではとても手がでないような、かなりの上位の武器だろう。

 だが観賞用の武器という可能性もあり、実際に使用してみないとその攻撃力は分からない。


「ギシャアアアアッ!!」


 獲物がちょこまかと逃げ回ったのが気に障ったのか、ナイトメア・スパイダーが激昂の叫びを上げる。

 怒りまかせた脚での攻撃が迫る。


 その脚が地面に着地する直前――――

 

 俺は躱しざまに、黒剣を横一文字に走らせる。


 すると先程のような硬質な音は響かず、黒剣にも驚くほどの感触がなかった。

 しくじったか? 拍子抜けした俺は、敵の方へ振り向く。


 すると敵の脚が一本ぽとりと地面に落ち、その切り口からは大量の体液が噴き出している。

 どうやら俺の斬撃は敵の堅い身体を斬り裂いていたらしい。

 あまりの切れ味に抵抗すら感じなかったのだ。


 俺は黒剣を見つめる。凄まじい斬れ味だ。

 これはどんでもない拾い物したかもしれない。

 

 不運な先行者に思いを馳せる。

 こんな所で死ぬとしたら、この黒剣は随分と分相応な武器だ。

 彼はもしかしたら貴族だったのかもしれない。

 おそらく腕試しではじまりのダンジョンに来たのだろう。


 敵は更に激怒して連続で攻撃を繰り出してくる。


 怒りで攻撃が単調になっている。

 そんな攻撃が俺に当たるわけがない。

 俺はそれをすべて躱しながら、すれ違いざまに一本、また一本と脚を斬りつける。

 こりもせず敵は何度も同じ脚攻撃を繰り返す。

 こいつには学習能力がないのか? それとも痛覚が鈍いのか?


 やがて、ナイトメア・スパイダーの脚はそのほとんどが俺によって切り落とされ、自身の体重をささえることで精一杯になっている。

 そして遂にはプルプルとその場に大きな音を出して倒れた。


 届かなかった頭部が目の前にある。

 チェックメイトだ!


 俺は駆け出し、スピードに乗った勢いのまま天高く跳躍する。

 落下位置には無防備なナイトメア・スパイダーの頭部があった。


「これで……終わりだぁああッ!!」


 落下エネルギーと全身全霊の力を乗せ、黒剣を敵の頭部に突き立てる。

 そしてそれをそのまま地面に向かって振り下ろした。


「ピギャアアアアア――!!!」


 断末魔の絶叫が鼓膜を震わせる。

 俺は着地し、刀身についた体液を振り落とす。


 敵は頭部から大量の体液を撒き散らし、やがて完全に力尽きて倒れる。

 そしてしばらく待つとその巨大な身体は光の粒子となって、消えて去った。


「はあ、はあ……やった、勝った……ダンジョンボスに勝ったぞぉおおお!!!」


 俺の喜びの咆哮がボス部屋内にこだまする。


 しばらく勝利の余韻に浸る。

 ダンジョンの天井、ここからは見えない天に向かって視線を向ける。


「リリイ……俺はやったぞ……」


 俺はつい、こないだまで最下級のF級が主戦場でE級相手ですら、かなりの強敵だったのだ。

 それがC級のしかもダンジョンボスを撃破。

 喜びが身体中を駆け巡る。

 

 視線を左手の黒剣へと落とす。

 幾何学模様が刻まれた美しい刀身は、ボスの返り血を浴びてなお、妖しくも力強い輝きを放っていた。

 この剣がなければ勝てなかった。

 元の持ち主には悪いが、この剣は俺のものとさせてもらおう。


 だが、この剣を振るい、敵の攻撃を見切ったのは間違いなく俺自身の力だ。

 ドロップした強い赤色の輝きを放つダンジョンコアを拾い上げる手が、微かに震えていた。

 それは恐怖からではない。抑えきれない興奮と歓喜によるものだ。

 俺が俺自身の力ではじめて一人で掴み取ったダンジョンコアは、まるで自ら主張するかのように強い魔力を秘めた濃い赤色の輝きを放っていた。


「ステータスオープン」


 表示されたウィンドウには、称号として単独攻略者ソロ・コンプリーターが追加されていた。

 これで俺はもう這いつくばるだけの存在じゃないんだ。

 そう思うと、胸の奥で燻っていた劣等感が灰になって崩れ落ちていく音が聞こえるようだった。

 代わりに燃え上がるのは、もっと強くなれるという確信。


「帰ろう……リリイの待つ家へ」


 天井を見上げて俺がそう呟くと、主を失ったダンジョンは崩落をはじめた。

 そして脱出用の転移魔法陣が地面に光とともに現れる。


 俺はダンジョンコアを小袋に入れて、転移魔法陣の中へと入る。

 脚元から眩い光が立ち昇り、次第に体がふわりと浮かび上がる感覚に包まれる。

 次の瞬間、視界が白く染まり、全身が光に包まれながらどこかへと引き込まれていった。

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