第2話 前頭葉の倫理法廷

「何体か狩れたけどこれじゃあ大した稼ぎにならねえな」

「数は狩れたけどE級だもんな」


 遠くで探索者たちの愚痴が聞こえる。

 彼らは拾った魔石をジャラジャラとアイテム袋へと入れていた。

 呼吸も乱れておらず、楽勝の戦闘といった感じだ。


 その一方で俺はと言うと。

 なにを隠そう、E級魔石一つだけだ。

 しかも魔物一体と死闘を繰り広げたので、すでに傷だらけだった。


 できれば回復したい。

 だけど、食うものにも困ってるのような俺が、ポーションなんてものを持ってるはずがない。

 そんなものを買うくらいなら、リリイと俺のお腹を満たすものの調達が優先である。

 傷なんていつもは余程酷くはない限り、唾つけて後は清潔にしてるだけだった。

 

「はぁ、またそんなになって……レイン、戦い方下手すぎ」


 声がする方向を振り向くとイブがやれやれといった表情で、ため息をついていた。

 彼女は俺と同い年の2階級上のD級の探索者だ。

 赤毛のショートカットに小柄な体型をしている、若手の有望株である。

 黙ってれば可愛い顔してるんだけど、俺への当たりはいつも強いんだよな。

 肩には相棒のハムスターのチップが乗っていた。


「ほら、回復薬」

 

 イブが腰のポーチから小瓶を取り出して、ぽいっと投げてよこす。


「……でも、これ高いだろ?」


 俺は戸惑いながら聞く。

 

「いいから使ってよ。レインが怪我してると……その、見てて嫌な感じするし……」

 

 イブはそう言うとそっぽを向く。

 これでも出会った頃に比べれば、ずいぶん優しい態度で接してくれてる。

 そこまで酷い傷口ではないが、今回は甘えさせてもらおう。

 受け取ったポーションを傷口にかけると、スーッと染み入るような感覚とともに、みるみるうちに傷がふさがれていく。


「ありがとな、イブ。このお返しはいつかするから」

「べ、別に……お返しなんかいいから……」


 ちらりとこちらを見ると、イブは頬を少し染めながらまたそっぽを向いて言った。

 彼女は何かと俺を気にかけてくれる。

 なるべく早めにお返ししなきゃな。


「じゃあそろそろ先に進むぞ!」


 バルガスの号令がかかり、隊は先へ前進をはじめた。

 そうしてしばらく進むと、鉄製で重厚な両開きの大きな扉が現れた。

 おそらくこの扉の先がボス部屋だ。

 今、二階層目だけど、もうボス部屋か。

 早いな。


「おい、着いたぞみんな! ここまで来てやっぱり帰りたいとかいう奴はいないよなぁ!?」


 バルガスの問いにレイドメンバーは目を見合わせる。

 ボス戦は更に危険度が跳ね上がる。

 土壇場で怖くなるのいうのはよくあることだ。

 一人くらい離脱してもおかしくなかったが、帰還の意思を示したものはいなかった。


「よし! じゃあ、進むぞ! みんな気合い入れろよ!」


 バルガスが重厚な両扉を押して開く。

 新規ダンジョンで、しかもいきなりボス戦なんてはじめてだ。

 俺は高まる鼓動を抑えながら、少しずつ開く両扉の奥に注目する。

 

 ギギギギ、という音を立てて扉が開いたその先には、地面や壁、天井に人の体内のような肉壁が拡がり、その肉壁は微かに脈打っていた。

 そしてのその肉壁や天井からまるで蜘蛛の巣のように、何本もの繊維のようなものが張り巡らされている。


「なんだここ?」

「気持ち悪いな……これがここボスのダンジョンワールドか?」


 メンバーたちから疑問の声が上がる。

 このゲームのダンジョンのボスは、ダンジョンワールドと呼ばれる固有の領域を形成することができる。

 そしてそのダンジョンワールドは、そのダンジョンボス特有のルールが強制されることがあった。


 恐る恐る更に先に進むと開けた場所に、演説をするような台がある。

 そこにはシルクハットを被った、二頭身くらいの古びたぜんまい仕掛けのブリキの玩具が置かれていた。

 そして、その傍らにはミノタウロスのぬいぐるみが置かれている。

 二体とも可愛い。


「なんだここは?」

「子供の遊び場か?」


 一人のメンバーが、椅子に座らされたブリキの玩具に触れようとした。


 その瞬間――


「開廷! 開廷!! 前頭葉の倫理法廷を開廷する!!」


 ブリキの玩具は、突如動き出し、甲高い子供のような声を出す。

 そして木槌を勢いよく振り下ろし、周囲にバンッと大きな音を響かせる。


 前頭葉の倫理法廷?

 前頭葉って脳の部位の一部だよな。

 ってことは蜘蛛の巣みたいに見えたのは脳ってことか。


「うわ、びっくりした。なんだこいつ!」


 メンバーは驚いて後方へ飛び上がり、尻もちをつく。


「こいつではない。私はこの法廷の裁判官、ティニー・ジャッジ! そして、そこにいるのが執行官のサイレント・ブルだ!」


 すると、先ほどまでぬいぐるみだと思っていたミノタウロスが、突然立ち上がった。


「ブモーー」


 低く重い気勢を上げる。

 全然怖くない。てかむしろ可愛かった。


「法廷……? じゃあ、もしかして裁判するってことか?」

「その通り! その通り! ティニー・ジャッジがお前らを裁く!」


 ティニー・ジャッジはまた木槌を振り下ろして、周囲に音を響かせる。


「ははは……」


 メンバーたちから失笑が漏れる。

 ティニー・ジャッジは、小さなブリキで、どう見てもおもちゃだ。

 彼から裁判官の威厳は一ミリも感じられないし、逆に滑稽にすら感じられた。


 尻もちをついていたメンバーが立ち上がり、脅かされたのが腹が立ったのか、ティニー・ジャッジにいきり立っていく。

 あれ? こいつよく見たら、ここに来る前に俺のこと「絶望スライム」って笑って馬鹿にしてた奴だな。


「お前が一体、何を裁くって?」

「あなたたちの罪だ!」

「はっ! お前みたいなチンチクリンがか!?」


 男がティニー・ジャッジに近づいて、その顔を近づけながら挑発するように言う。

 ヤンキーがカツアゲ相手にガンをつけるような構図だ。


「ふん、雑魚が調子に乗りやがって。どうせ倒すのも簡単だろ。俺がやってやるよ!」


 そのメンバーが剣を抜こうとした、その時――


「被告人第一号! あなたはここの『静止』のルールを破った! これは世界の『秩序』を乱す、許されざる大罪です! 有罪! 有罪!」


 ティニー・ジャッジが木槌を振り下ろす。


「は? 何言ってんだこいつ」


 男は半笑いで馬鹿にしたように言う。だが、

 

「サイレント・ブル。判決執行!」


 ティニー・ジャッジが木槌をサイレント・ブルに向けて指示を飛した、その瞬間。


 サイレント・ブルのぬいぐるみの体が、みるみる肥大化していく。

 その体はあっという間に、鋼のような筋肉の塊をもつ巨体へと変貌する。


「ブモォォォォォォ!」


 瞬きする間もなく、サイレント・ブルの横に置かれたいた巨大な鉄槌が振り下ろされる。

 ドスンという音と共に立っている地面があまりの衝撃で跳ねる。


 そして――


 メンバーの体が弾け飛び、ビチャっと血飛沫が舞う。

 彼は断末魔すら上げる間もなかった。


 一時の静寂が部屋に拡がる。


 その時、ポトンっという音を立てて、何かが天井から地面に落ちる。

 メンバーの一人がそれを拾い絶句した。

 よく見ると、それは人間の肉片だった。


「…………っ!」


 メンバー全員が息を呑み、その顔から血の気が引いていく。

 さっきまでの余裕は完全に消えていた。


 動きが疾すぎる。

 俺の目ではほとんど何をしているのか捉えられなかった。

 C級のバルガスでさえ反応できなかったはずだ。


(こいつ、やばい)


 俺の直感が激しく警鐘を鳴らす。

 俺たちが束になってかかっても到底勝てないだろう。

 俺の見込みだとサイレント・ブルの強さは少なくてもB級で、例えA級と言われても不思議ではなかった。


「おい、バルガス話が違うぞ! 低級ダンジョンじゃねえのかよ!」

「俺も知らんよ!」


 バルガスは大声で言い返す。

 無理もない。彼もギルドに言われたダンジョンランクを信じただけだろう。

 このダンジョンは明らかにイレギュラーケースだ。

 そこで彼は顎に手をあてて視線を落とし、考え込む。


「いや、まてよ…………もしかして、ギミック型とか?」


 ダンジョン攻略はダンジョンボスを倒し、ダンジョンコアを手に入れることで達成されるが、それはダンジョンボスを戦闘で倒すだけで達成される訳ではない。

 ダンジョンボスは戦闘型が大半ではあるが、中にはギミック型のダンジョンボスもおり、ギミック型の場合はギミックを解くことだけで攻略することが可能なのだ。

 確かにこいつらとは正面から戦闘でバチバチにやり合う、という感じでもないかもしれない。

 てかギミック型じゃないと、このレイドメンバーじゃ勝機はない。


「待ってくれ! じゃあ、なぜ動くことが罪になるんだ!?」


 ギミック型に賭けたであろうバルガスが必死に問いかける。

 当然の疑問だった。


「『生命活動』とは、無数のバグが予測不可能な変化を起こす混沌の源です! そして『秩序』とは、全ての歯車が寸分の狂いもなく永遠に同じ運動を続ける『完全な静止』のこと! あなた方は『静止』を乱した! だから罪なのです!」


 ティニー・ジャッジは、当然のように言い放つ。

 なんだその理屈は。訳わからん。


「動くだけで罪なんて、そんな無茶苦茶な理屈が通るか! こんな判決は無効だ!」


 別のメンバーが叫ぶ。


「無効? この法廷における判決は絶対です。有罪! 有罪! 判決反逆罪! サイレント・ブル、判決執行!」

「ブモォォォォ!」


 また、巨大な鉄槌が理不尽に地面に振り下ろされる。

 それは一瞬とも言えるようなスピードで――


「……うわっぁ!!」


 二人目の犠牲者も、肉片と化して周囲に霧散した。

 血の嫌な匂いが周囲に拡散する。


「無茶苦茶だ、こいつ!!」

「くそぉ、楽勝だと思ったのによぉ!!」


 メンバーたちはあまりに理不尽極まりない状況に、パニックを起こしかけていた。


「さて」


 そこで、ティニー・ジャッジは満足そうに木槌を叩く。


「あなた方の『自由意志』は、実に不愉快なバグです。ですがご安心を。この法廷は、あなたの思考が逸脱しないよう、完璧なルールによって制御されています!」


 そう言って、ティニー・ジャッジは演説台に三枚の札を並べる。


「この法廷の絶対的なルールを提示しましょう!」


 ティニー・ジャッジは誇らしげに宣言する。


 ――ルール①【絶対真実の書】


「この法廷において『真実』とは、ただ一つ。『調停者のルールブック』に書かれている記述のみです。それ以外のいかなる事実、道理も『偽り』と見なします! 『調停者のルールブック』にかかれている正義は秩序! それは即ち完全静止です!」


 ――ルール②【聖域への不敬】


「『ルールブック』の記述そのものを疑う、あるいはその正誤を問う発言は、法廷に対する最大の侮辱と見なし、その場で有罪が確定します!」


 ――ルール③【被告人の誠実】


「被告人は、自らの発言が『真実』であるか『嘘』であるかを、裁判官に問われた場合、誠実に答えなくてはなりません。嘘の申告は許されないのです!」


 三つのルールが、演説台に並べられる。


「さあ、これで完璧です! あなた方は、もはや『予測不可能』な発言をすることはできません! 全ては私の計算通りに進むのです!」


 ティニー・ジャッジはカタカタと高笑いする。


 何を言っても有罪でルールを疑うことすらできない。

 嘘もつけない。逃げ場がない。動くこともできない。

 かの独裁者ですら、もっとマシなルールを制定しただろう。

 そもそも完全静止を求めるんだったら反論もできないだろうし、あまりにも理不尽すぎる。


「……くそ」


 拳を握りしめる。

 このまま敵の好きにさせると全員殺される。


 でも――どうすればいい?


 俺の頭が、必死に回転し始める。

 前世のゲームでこういうパズル的なギミックはあった。

 一見不可能に見える状況でも必ず突破口があるものだ。

 それがゲームの鉄則だった。


 ――待てよ。


 ルールをもう一度、頭の中で反芻する。


 ルール①:ルールブックに書かれていることだけが真実。

 ルール②:ルールブックを疑うと有罪。

 ルール③:自分の発言が真実か嘘かを、誠実に答えなければならない。


 この三つのルール……。


 何か引っかかる。

 何かがおかしい。


 ――もしかすると。


 俺の中で何かが繋がった。

 パズルのピースがはまる感覚。


「もしかして……でも、もし間違ってたら……」


 試すにしても賭けだった。

 もし推理が間違っていたら命はない。


「被告人第三号! 前へ!」


 ティニー・ジャッジが指を差す。

 

 その小さな指先は、イブを指していた。


「え……私? 動いてないけど……」


 イブの顔が、蒼白になる。

 肩のチップが、「キュー」っと不安そうに鳴く。


「あなたは今、『呼吸』という予測不可能な行為を繰り返した! これは重大な――」

「待ってください! 俺がイブの変わりに法定に立ちます!」


 俺は思わず前に出る。このクソ野郎の思い通りにさせてはいられない。


「……レイン?」

 

 体が勝手に動いていた。考えるより先に、足が動いていた。


「ほう、あなたが被告人の変わりを務めると?」

「はい!」


 俺の心臓が激しく脈打っている。

 賭けだ。もし推測が間違っていたら俺も殺される。


 でも――今しかない。

 イブを死なせるわけにはいかない!


「面白い。では、あなたが弁論を行いなさい」


 ティニー・ジャッジは、愉快そうに木槌を叩いた。

 完全静止を求めるのに弁論は許すのかよ、と心の中で突っ込むが口には出さない。

 可愛いなりして、理不尽パワハラ上司の権化みたいな奴だ。


 俺は深呼吸をして、慎重に言葉を選ぶ。

 一言一句、間違えられない。


「裁判官。まず、ルール③を行使するようお願いします」

「ほう?」

「次の発言を行う前に、私はそれが『嘘である』と誠実に宣言します。これは真実ですか?」


 ティニー・ジャッジは少し考える。

 その数秒が、永遠のように長く感じる。


「ふむ。ルール③に基づき、あなたは誠実に宣言している。それが『嘘である』と認めましょう。続けなさい」


 ――よし。


 手のひらに爪が食い込む。

 痛みで頭が冴える。

 俺は最後の言葉を口にする。


「では、私の弁論を述べます」


 一拍、間を置いて、全ての思いを込める。


「ルールブックの内容はすべて真実である」


 ――瞬間。


 ティニー・ジャッジの動きが、止まった。


「……何?」

「もう一度言いましょう」


 俺は、はっきりとゆっくりと繰り返す。


「ルールブックの内容はすべて真実である」

「…………なるほど、私はルール③に基づき『ルールブックの内容はすべて真実である』は嘘であることを、誠実に宣言していることをすでに認めています」


 ティニー・ジャッジの赤い目が、激しく明滅し始める。


「待て……待て待て待て……」


 ブツブツと呟き始める。

 その声は、徐々に焦りを帯びていく。


「ではつまり――」


 俺は追い打ちをかける。


「もし『ルールブックの内容はすべて真実である』のが嘘であるならば、ルール①自体が?」

「ルール①自体……が?」


 ティニー・ジャッジの声が、徐々に不安定になっていく。


「……レイン、あなたが言ったように『ルールブックの内容はすべて真実である』のが嘘であるならば、ルールブックには偽りが含まれていることになります。これはルール①『ルールブックの記述のみが真実』という前提を否定します。しかし、もし『ルールブックの内容はすべて真実である』のが真実であるならば、私は嘘を認めたことになり、ルール③に反します」

「その通りです、裁判官」


 俺はとどめを刺す。


「つまり、裁判官のルールブックが正しければ、私はルール③違反の嘘つきです。しかし、私が正直者であれば、あなたのルールブックは正しくない。どちらも同時には成立しません。これは『嘘』であり、同時に『真実』でなければならない。つまり、致命的な矛盾です!」

「エラー……エラー……」


 ティニー・ジャッジの体から火花が散る。


「命題の真偽が……予測不可能……」


 その声はもはや悲鳴に近い。


「システム内に……計算不能なバグが発生……。ワタシは……ワタシは『悪』を排除する……」


 ティニー・ジャッジの体が、激しく震え始める。


「しかし、この問いの答えは『悪』だ……。ワタシの中に『悪』が……!」


 ぜんまいが猛烈な勢いで逆回転し始める。

 甲高い金属音が広場に響き渡る。


「予測不能ナ事象ヲ、予測シナケレバナラナイ……! ムリだ……! 計算デキナイ! アアアアア……!」


 ティニー・ジャッジの体が激しく振動する。

 火花が飛び散る。


「アアアアアアアアア!!」


 そして――


 バチッ!


 最後の大きな火花と共に、ティニー・ジャッジは爆発四散した。

 ブリキの破片が宙を舞う。


「………………」


 場が静まり返る。

 誰もが、ただ呆然と魂が抜けたようにその光景を見つめている。

 演説台には、壊れたブリキの破片と木槌が残されていた。

 

「ブモォ……」


 そこで、サイレント・ブルが力なく鳴く。

 そしてゆっくりと元のぬいぐるみに戻っていった。

 まるで、糸が切れた操り人形のように。


「……やったのか?」

「勝った……?」


 メンバーたちがおそるおそる呟く。

 信じられない、という表情で。


「レイン……!」


 イブが駆け寄ってくる。


 そして――俺に抱きつく。

 その体は小刻みに震えていた。


「すごい……どうやって……」

「パラドックスだよ。自己言及のパラドックスだ。ルールブック全体の真偽を問うことで、あいつのルール①とルール③を互いに矛盾させた。自分で作ったルールで自分を壊す、究極の自己矛盾を自分の論理回路に抱え込ませたんだ」


 正直、成功するか分からなかった。

 完全に賭けだった。

 でも、うまくいってよかった。


「すげえ……」

「さすがだぜ、レイン……」


 メンバーたちから、驚嘆と称賛の声が上がる。

 バルガスが俺の肩を叩く。


「よくやった。お前が――みんなを助けてくれた」

 

 その声は少し震えている。


「いえ……運が良かっただけです」


 俺は小さく笑った。


「でも、レインって意外と頭いいんだな」

「そうだよな。俺たち全員の命を救ったわけだし」

「いやいや、別に頭がいいわけでは……」


 俺は恐縮する。

 若干の応用は必要かもしれないが、基本的には知識で解けるギミックだ。


「じゃあ、ダンジョンコア持って帰ってみんなで山分けするか」


 そう言ってバルガスがドロップしたダンジョンコアを手にした時のことだった。


「え?」


 視線の先。

 なにもない空間に突如として雷光が生じる。

 バリバリバリと凄まじい音を立てて、周囲をまるで龍のような雷が暴れ回った後。


 一瞬世界から音が消え、ぐにゃりと空間が歪む。

 それは、まるで世界がバグってしまったかのようだった。

 

 その後、なぜか足元の地面が消える。 


 最初は何かの罠にかかったのかと思った。よくある落とし穴だ。

 だが瞑っていた目を開けると罠ではないことが分かる。


 地面が消えていたのだ。

 俺が立っていた地面が空間ごと、突然消えたのだ。

 ただの落とし穴なんかじゃない。これは時空隙だ。

 俺は突如現れた次元の狭間のどこまでも広がる深淵な闇に真っ逆さまに落ちていた。

 その闇は怖いくらいの黒。根源的な恐怖を体現するような漆黒が無限に広がっていた。


「うぁわあああああ!!」


 他のレイドメンバーも時空隙に何人か落ちている。

 それでようやく自分がダンジョン事故に巻き込まれたことに気づいた。

 ダンジョンではこうして極稀に次元が不安定になり、次元に狭間が発生することがあるのだ。

 

「レイン!!」


 上空からイブの叫び声が聞こえる。

 必死に手を伸ばすが、最早彼女の姿は遥か先だった。

 闇深くへと落ちるうちにその声もだんだんと遠くなる。

 時空隙に落ちた後に助かったという人間を知らない。

 恐怖が絶望に変わっていく。

 光が消え、辺りが漆黒に支配された後。

 

 俺の意識もプツリと途絶えた。

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