ゲームクリア10年後の世界で絶望スライムと蔑まれたFランク転生者の俺だけがレベル上限突破できる件

コレゼン

第1話 絶望スライム

「おい。見ろよ、絶望スライム野郎が依頼ボード眺めてるぜ」


 ギルドで依頼ボードを眺めていると、後ろからヒソヒソと俺のことを馬鹿にする声が聞こえた。


 絶望スライム。

 それが俺、レオン・ラインハートの不名誉な蔑称べっしょうだ。

 前世のサラリーマンからゲーム世界に転生して、現在ピチピチの16歳である。 


「なんだよ、絶望スライムって?」

「お前知らねえの?」


 話してるのは俺と歳が近い若手の探索者シーカーたちだ。

 確か探索者になって1ヶ月ほどで、最近E級に上がったばかりのはずだった。


「あいつ、ソロで最下級のF級ダンジョン潜ったらしいんだけどさ。その時にさ、なんとスライムとタイマンでボコボコにやられて死にかけたんだってよ!」

「えー、マジかよ。スライムなんて素人の新人に狩らせるレベルの魔物じゃん!」

「おい、聞こえるって!」


 いや、もう聞こえてるけど。

 いるよなこういう声のボリューム調整がバグってる奴。

 でも逆に考えたら才能じゃない?

 疲弊してたらとにかくいい歳して、スライムとタイマンで死闘はれるのって100人に1人もいないよ。

 きっと。知らんけど。


 彼らの指摘通り、残念ながら俺には絶望的なほどに才能がない。

 才能の壁も前世と同様、努力である程度は挽回できる。

 だけどそれにも限度というものがある。


 100メートル走の世界トップに、才能ない奴がなれるか?

 IQ100の人間が、IQ160もあるような人間に、同じように努力して勉学で勝てるか?

 そもそも生まれ育った環境で、絶望的な差をつけられることもある。

 世の中には努力では越えられない絶対的な壁というのもは存在するものだ。


 夢は必ず叶うなんて、自己啓発書に書いてあるようなことを信じちゃいけない。

 願えば必ず叶うとかの引き寄せの法則。あんなの嘘だろ。

 自己啓発書なんて結局自己説得の為の慰めだ。

 アメリカンドリームなんかも庶民の不満を紛らわす為の欺瞞だろう。


 それで今世での俺の状況といえば?

 環境最悪でかつ、才能は絶望的というネガティブコンボの境遇だった。

 全く勘弁して欲しい。

 神様は、俺に何か恨みでもあるのだろうか?

 それとも前前世で何か悪行を重ねたとか?

 前世ではさして徳は積んでないが、悪事も特に働いていないはずだった。


「ああそうなんだよ。で、たまたま通りかかった見習いの新人パーティーに助けられたんだと。それで誰が言い出したか、あいつは『絶望スライム』って陰で呼ばれてんの。スライムにも勝てない絶望的な弱さ、って意味だろうな」

「いや、探索者シーカーとして絶望って意味かもよ。そう考えると、結構いいネーミングじゃね?」


 二人は笑いを堪えきれない様子だ。

 俺は拳をギュっと握りしめる。 

 

 (くそっ、悔しい……!) 

 

 爪が掌に食い込んでじわりと痛みが広がった。

 努力して見返せるならすぐにでも見返したい。

 だけど絶望的な俺の才能では、それは無理な相談というものだった。


 この世界で才能とは、各ステータスごとに存在する初期ステータスレベルを示す。

 初期ステータスレベルは固定で変えられない。

 初期ステータスレベルが高けれは各ステータスのレベルは上げやすくなり、低ければ上げにくい。

 というか、全然上がらない。

 泣きたくなるほどに。


 俺はこの初期ステータスレベルが絶望的に低くい。

 これが実際のゲームだったら、いくら初期ステータスレベルがランダム要素だといえど、返品請求ものだ。

 だってこんなに低かったらクリア出来ないんだもん。

 それぐらい低い。おかしいだろ。


 通常は探索者ランクは1ヶ月もしないうちに最低のF級から上がる。

 一方の俺はもう半年以上、初期の最低ランクのF級のままで足踏みしている。

 俺が亀で彼らがうさぎ。おとぎ話じゃ、努力の差で追いつける。

 だけど現実ではそんなの無理ゲーだ。


 そして、そんな俺の初期ステータスレベルと通常レベルと言えば――


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 筋力 (STR):初期ステータスLv1 / 通常Lv2

 素早さ(AGI):初期ステータスLv5 / 通常Lv3

 耐久 (DEF):初期ステータスLv1 / 通常Lv2

 体力 (VIT):初期ステータスLv2 / 通常Lv2

 器用さ(DEX):初期ステータスLv1 / 通常Lv2

 魔力 (MAG):初期ステータスLv1 / 通常Lv2

 精神力(MND):初期ステータスLv2 / 通常Lv2

 知力  (INT):初期ステータスLv1 / 通常Lv2

 運  (LUK):初期ステータスLv1 / 通常Lv1

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 初期ステータスレベルはほとんどが1か2。

 素早さだけが初期ステータスレベル5だが、それだけじゃ焼け石に水。

 他の初期ステータスレベルが低すぎて、いくらやってもまともにレベルが上がらないのだ。


 じゃあ折角転生したんだから、チートだったり、転生特典だったりを授けられているんじゃないかと思うだろう。

 残念ながらいずれもない。

 唯一のアドバンテージといえば、ゲーム知識があることくらいだ。

 だがここは、ゲームクリア後10年後の世界でそのアドバンテージも限定的である。


 救済処置として、いい初期ステータスレベル構成になるまで、リセット/アンド/リトライを繰り返すリトライマラソンという裏ワザ的なハックはある。

 だけどその手も残念ながら、ゲーム世界に転生しちゃった今は使えない。

 

 つまり、ゲーム攻略的には詰んでるんだよな。 

 泣けてくる。

 こんなステータスならそこらのモブ役の人の方が、よほどいいステータスをしてるよ。

 

 その時――


「おい、みんなちょっと聞いてくれ!」


 ギルド内に大声が響きわたる。

 ベテラン探索者のバルガスだ。

 彼とは今まで何度か探索で一緒になっており、世話になっていた。


「なんだよバルさん」

「飲み屋にいい娘でも入ったのか?」


 探索者たちは軽口を叩きながらもみんなバルガスに注目する。

 なんだかんだ言いながらもベテランのバルガスへの信頼は厚い。

 ガサツで言葉遣いも荒いが、その芯は誠実な男だった。


「新規ダンジョンが見つかったんだ! それで緊急でレイドメンバーを募集する。推定ランクはDかE級。低ランク攻略だから、ランクは問わねえ!」


 探索者たちの顔つきが変わって、ギルド内が一気にざわつく。


「新規ダンジョンってマジかよ……」

「儲かる可能性は高いけど、リスクも相当だぞ……」


 新規ダンジョンには手つかずの報酬が眠ってる。

 その分、未発見の罠も多くて、ハイリスク・ハイリターンの探索だ。


「俺は行くぜ!」

「俺もだバルさん! 一山当てたいからな!」


 ぽつぽつと手を挙げる奴が出てくる。

 俺の探索者ランクは最低のF級だ。

 普通は低ランクすぎてレイドなんかに参加させてもらえない。


 だが……これはチャンスだ。

 気分が高揚する。


 断られるかもしれない。

 荷物持ち扱いになるかもしれない。

 それでも新規ダンジョンの報酬が手に入るならやる価値はあった。

 だがその分、当然リスクも大きい。


 この世界はマイ◯ラでいう所のハードコアモードだ。

 死んだら終わりのリスボーン不可。

 行動には慎重に慎重を重ねる必要がある。


 だが、リスクを考えたとしても俺にはレイドに参加するがあった。

 才能ない探索者を必死に続けているのも全て、そのの為だ。

 そうだ……俺には……。


 脳裏に今朝の光景が蘇る――


 


 

  

「美味しいか?」

「うん、とっても美味しい!」


 リリイは笑顔で答える。

 彼女は先日6歳になったばかりの俺の可愛い妹だ。

 目に入れても痛くない。

 食べちゃいたいくらいだ。

 

 前世でも妹がいた。

 愛情はあった方だとおもうけど、ここまでじゃなかった。

 これはシスコンか?

 たぶん傍から見たらそうだろう。

 でも、どちらかといえば父性愛に近い気がする。

 両親亡き今、妹は俺が守らないといけないからね。

 

 テーブルにはパンが三つに、わずかなスープが二つ用意されていた。

 1年程前に両親を亡くし、今は二人でスラムにある隙間だらけのボロ家になんとか住んでる。


 彼女はあっという間に一つのパンを平らげた。

 テーブルにはまだパンが一つ残ってる。

 妹の視線がちらっとそちらに向く。

 一瞬だけど俺はそれを見逃さなかった。


「残ったパンはお兄ちゃんが食べて。リリイはもう、お腹いっぱいだから!」


 笑顔を浮かべて、元気よく言う妹。

 ……普段、満足に食えてないのに満腹なわけないだろ。

 その健気さに胸が痛む。


「俺もそんなに腹減ってないから、半分こしようか。ほら!」


 残ったパンを二つに割って、リリイに差し出す。

 妹は目を輝かせてそれを受け取り、すぐにスープと一緒にパンを口に運んだ。

 嬉しそうにパンを食べる妹。

 リリイが嬉しいと俺も嬉しい。


 食事後、リリイは満足そうに自分のお腹を撫でながら俺に問いかける。


「お兄ちゃん、今日はお仕事お休み?」


 そう尋ねるリリイの表情には期待が込められている。

 きっと昨日、探索の報酬を得られたって話しをしたからだろう。


「ごめん、今日も行かなきゃいけないんだ。昨日ぐらいの報酬じゃ、すぐに食えなくなっちゃうからな……」

「……そっか。わかった」


 リリイの表情から、ふっと光が消える。


 ああ。俺だって一緒にいたいよ。

 でも、食っていかなきゃいけないんだ。

 こんな最悪な状況から抜け出さなきゃいけないんだ。

 

 それに――


「ごほっ、ごほっ!」


 リリイが咳き込む。

 彼女の口元から、わずかに魔力結晶の粉が吐き出される。

 俺は慌てて妹の背中を撫でる。

 

「大丈夫か?」

「……うん」


 こちらを見上げて、リリイは弱々しく微笑んだ。


 ――魔瘴肺炎ましょうはいえん


 妹がかかった、治らない病気。

 専用の薬は存在しない。一度かかったら長くは生きられない。

 なんでリリイがこんな目に……。

 やりきれなくなって、俺は妹の小さな体を抱きしめた。


「おにい……ちゃん?」


 リリイはきょとんとした顔で少し戸惑ってる。


「大丈夫だからな……大丈夫だから。俺が絶対、なんとかするから!」


 唇を噛みしめながら俺は妹に伝える。


「うん……私、お兄ちゃんを信じてる」


 リリイは屈託のない笑顔で頷いた。

 その無邪気な瞳の輝きが、逆に俺の胸を締め付ける。


(嘘つき)


 俺は心の中で自分を罵る。

 この病の治療法は一つ――『星煌せいこう霊薬れいやく』しかない。

 超高難度の敵からのランダムドロップするアイテム。

 確率はたったの0.3%。

 前世で、俺は一度も手に入れられなかった。

 仮に市場に出回ったとしても天文学的な金額になるだろう。

 今のFランクの俺には一生かかっても手が届かない代物だ。


 でも俺は――


 


 

  

 の誓いを思い出す。 

 両親が処刑され、二人寒空の下で、身を寄せ合いながら夜を過ごしたあの日の誓いを。

 

 そうだ、俺は妹を絶対に救うのだ。

 たとえ、この世のすべてを敵に回しても。

 そして、妹とこのくそったれな世界を生き抜き、両親とラインハート家の汚名を返上してやる。


 ならば俺が進むべき道は一つだ。

 リスクを取って新規ダンジョンのレイドに参加するしかない。

 少しでも高い報酬を求め、少しでも強くなるために。


 だけど今の俺は弱い。

 無下に断られるかもしれない。

 緊張からゴクリと生唾を飲みながらも、思い切って顔なじみのバルガスに聞いてみる。


「あ、あの……俺もいいですか?」

「おお、レインか! もちろんいいぞ。よろしく頼むな!」


 バルガスは俺の背中をバシバシ叩きながら言う。

 よかった、心配は杞憂だったようだ。

 胸に安堵が広がる。

 

 そうこうしているうちに、人は集まったようだった。

 顔見知りもちらほらいる。


「よし、十二人ほど集まったな。十分だ! 集合場所はここだ! 正午までに目的のダンジョン入口に向かってくれ!」


 バルガスは広げた地図の一点を指す。

 王都から徒歩で一時間ぐらいの場所だ。

 多分、一日がかりの探索になる。

 下手したら泊まり込みで複数日になるかもしれない。

 リリイにご飯用意していかないとな。

 俺は急いでレイドの準備する為に家へと向かう。

 

 命がけの探索になるはずだ。

 だかそんな現実に反して、俺の胸は未知の探索に向けてワクワクと高なっていた。


 


 

  

 ダンジョンの入口は、古びた洞窟だった。

 探索者たちが次々と中へ入っていく。

 俺も足を踏み入れた――その瞬間。


『――適合者――発見――』

『――レイン・ラインハート――』


 頭の中に、直接響く声。

 一体なんだ? 適合者?

 その場に立ち止まり、考えてみるが答えは出ない。


「おい、レイン! ぼうっとすんな!」


 バルガスの声で我に返る。


「あ、ああ……」


 今のは何だったんだ? 幻聴か?

 辺りを見渡すが不自然な点は見当たらなかった。

 俺は再び歩みはじめる。


 後から分かることだがそれは――――不運ばかりの転生で、ようやく俺に運が向いてきていた兆しだった。

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