第12話 屈辱


 シーグルズは3対1で勝利。

 中継ぎ陣が粘り強く踏ん張り、守備陣も堅実なプレーで点差を縮ませない。そんな試合だった。


 ベンチ裏では安堵と歓声が入り混じり、誰もが初勝利を祝っていた。

 だが、智久自身はまだ実感が湧かず、ただただ呆けた顔をしていた。


 眩しいライトの下、お立ち台。

 隣に立つのは、決勝タイムリーを放った川嶋。ライトスタンドには旗やタオルで白一色に染められている。声援が波のように押し寄せた。智久は軽く頭を下げる。


「本日のヒーローは、決勝タイムリーに好守を魅せた川嶋選手と、プロ初登板で初勝利を挙げた坂井選手でーす!」

 

 マイクを握った女性アナウンサーの明るい声でヒーロインタビューが始まった。

 彼女は水谷みずたにアナウンサー。若手ながら主に男性層から強い人気を得ている。


  マイクを智久に向けると、にこやかに言った。


「まずはプロ初勝利、おめでとうございます! 今の気持ち、率直にお願いします!」


「えっと……チームのみなさんに助けられて、なんとか五回、投げきれました」


「素晴らしいですね!実は阪神ライガース所属の中浜選手、今日東京タイタンズ相手に六回一失点の好投。これで今季三勝目。どうですか?同世代として意識とかってしますか?」


 スタンドがどっと湧く。

 智久は一瞬、言葉を失った。マイクを握る手が汗ばむ。


「……いや、特に。僕は僕なんで」


 短く答えると、水谷は明るく笑った。


「そうですよね! でもお二人、高校時代に対戦されてますよね?その時は中浜選手の方は有名ではありませんでした。当時からなにか才能のようなものは感じましたか?」


 その瞬間、胸の奥がじりっと焼けた。

 (なんで、いまそれを引っ張る……)


 川嶋が隣で気づいたようにマイクを引き取る。


「今日は智久が本当によく投げてくれました。ストレートもキレてたし、守ってて安心できましたね」


 「おおー!」とスタンドから歓声。

 その間も、水谷は笑顔を崩さない。


「チームの勝利の立役者ですよね! ただ――打線の方では、今日のヒーローはやっぱり川嶋選手じゃないですか?」


「いやいや、ピッチャーが頑張ってくれたおかげです」


「そうですか~、でもファンの皆さんも“川嶋選手最高”ってコメントがいっぱい来てますよ!」


 智久は笑顔を保ちながらも、胸の中で針のようなものが刺さるのを感じた。

 ――俺は今日、やっと初勝利したばかりなのに。

 


 「では最後に、ファンの皆さんへメッセージをお願いします!」

 

 マイクが回ってくる。ライトの光がやけに眩しい。


「……次も、しっかり投げます。応援よろしくお願いします」

 

 無難にまとめた。けれど、その声は少しかすれていた。


 拍手と歓声。

 川嶋に肩を叩かれるが、智久はただ笑うことしか出来なかった。

 ステージを降りた瞬間、照明の熱が一気に冷めたような感覚が智久の体を走る。


 中浜、中浜、中浜。


 頭の中でその名前が反響する。あのときの対戦、マウンドで打たれた記憶。観客のざわめき。新聞の見出し。

 「天才、まさかの一回戦敗退」――そう書かれた言葉が、一瞬で蘇る。


 ベンチ裏。

 ロッカールームの片隅、智久は手元にあったタオルを思わず投げつけた。

 乾いた音が響く。誰もいない通路。冷たい空気が頬を撫でる。


 (なんで中浜なんだよ......もう俺には関係ないじゃないか)


 拳を握る。まだ小さく震えていた。

 初勝利。ヒーローインタビュー。笑顔のファン。

 それでも、胸の奥では燻ったままの何かが消えなかった。


 照明の届かない暗がりの中、智久は小さく息を吐いた。

 「……次は、何も言わせねぇ」


 その呟きだけが、静かなロッカールームに響いた。

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