第11話 初勝利



 スタジアムでは海風が吹き荒れ、じりじりと日がグラウンドを照らす。

 二回表。スコアボードの「0」がまぶしい。智久はゆっくりと息を吐き、土をならした。


 対するは北海道ハイヤーズの速球派右腕、押田おしだ。鋭く曲がるスプリットを中心にパワーカーブ、シュートと本格派でもある。5月までの防御率は2.5と大量得点は期待できない。


 中堅とベテランがずらりと並ぶ打線。少しでも甘いところに入ればスタンドイン。そんな圧が、バッターボックスに立つ四番の高槻たかつきから伝わってくる。


 田岡が出したサインはストレート。智久は小さくうなずき、足を上げる。

 腕を振り切った瞬間、汗が飛ぶ。ボールは高槻の膝元で沈み、バットが空を切る。

 どよめきがスタンドを包む。続くチェンジアップで空振り、最後はもう一度ストレート。

 高槻のバットがボールを捉えるが飛距離が足りずセンターフライ。


 ハイヤーズは5月時点で三位、Aクラスだ。安定した先発もそうだがやはりクリーンアップがしっかり機能しているのが躍進の理由だろう。しかしそこを智久はゴロとフライで抑える。上位打線を封じる三者凡退。

 


 三回の裏、味方がようやく一本を放った。

 二死二塁から二番、川嶋かわしまのタイムリー。スタンドが爆ぜ、ベンチが沸く。シーグルズの応援は他球団以上に賑やか、しかし野次もその分多いのだが。


 智久はタオルで汗を拭きながら、心の奥でそっと拳を握った。

 (一点を守り切る)


 四回。

 再び一番からの打順。

 智久が投げた瞬間、バットを寝かす。セーフティーバント。

 サードが懸命にチャージをかけるも一塁はセーフ。


 続く二番は進塁打。

 ベテランならではのセカンド横の打球は完璧とも言える進塁打だ。

 走者二塁、一死。打席に入るのは三番、たつ

 小柄ながらも通算200本塁打を達成している好打者だ。


 四球使ってツーストライクと追い込む。

 五球目、外へのカーブ。少しボール気味だが田岡が上手くフレーミング、見逃し三振。


 高槻をチェンジアップで打たせ、セカンドゴロ。

 またしてもゼロ。

 ベンチに戻ると、椎葉監督が静かに告げる。


「あと一回だ。抑えてこい」


 智久は頷く。

 入団時に少し揉めたものの、監督に認められるのはやはり嬉しいのだ。


 五回。

 ボールを握る手が汗ばんでいた。

 試合も折り返し。智久も疲労が色濃く見える。


 六番にフルカウントから直球を叩かれる。

 打球はライナーでセンター前。下位打線らしい粘り強さ。

 打順も二周目に入ると智久の球に順応してくる。

 七番を三振にとるがその間にランナーは二塁に到達、一死二塁。


 田岡はミットを軽く叩き、チェンジアップを要求。

 智久はうなずいたが、指先が少し滑った。

 ボールは甘く入り、強烈なライナーが三遊間を破る。

 

 強肩の川嶋が素早く回り込み、バックホーム。

 二塁走者は三塁を回る——ホーム突入。


 田岡がマスクを外してタッチに備える、すぐさまホームへ。

 クロスプレー。

 判定は――アウト。


 スタンドが爆発した。

 智久は大きくグラブを叩く。膝が少し震えているのを感じた。


 「あとひとり……」

 小さくつぶやき、帽子のつばを押さえる。


 九番打者。カウント2-2。

 チェンジアップで空振りを狙う——が、当てられた。

 打球は三遊間を抜けようとする。

 

 そこに、有薗が飛び込んだ。グラブの先でかすめ取り、二塁へトス。

 セカンドが取って二塁ベースを踏む。


 智久は雄叫びを上げる。

 その声すらかき消すように球場の歓声が遠くで波打っている。

 視界の端で田岡が笑っていた。


 「ナイスピッチだ」


 マウンドを降りると、椎葉監督が軽く肩を叩いた。

 

「上出来だ。あとはリリーフに任せろ」


 智久はうなずいた。喉が渇いて、声が出なかった。

 五回無失点、勝利投手の権利を得て降板。智久はいまだ夢の中にいるような感覚だった。


 ベンチに戻ると、有薗が笑いながら言った。

 「助かっただろ?」

 「めっちゃ助かりました」

 「今の捕った俺、ちょっとかっこよかったよな」

 「いや、まじで神でした」


 笑いながらペットボトルを口に運ぶと、水がやけに冷たく感じた。

 初めての一軍マウンド。五回無失点。

 それでも、心臓の鼓動はまだ落ち着かない。


 ベンチ裏のスコアボードに「1-0」が灯る。

 それを見つめながら、彼は小さく拳を握った。


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