間話(3) 一方その頃の【レックレス】3



 ジンがクラッドとの死闘を終えてハルロゥの悪行に終止符を打とうと画策している頃、彼の古巣である【レックレス】の面々は未だにダンジョンを彷徨いつつも、どうにか最下層に辿り着いていた。


 とはいえ、相変わらずリーダーであるブラカスの猪突猛進によって、パーティーはトラップやギミックに翻弄され、さらには下層の強い魔物との戦闘まで繰り広げた結果、すでに満身創痍であった。


 しかし、それでもブラカスの足は止まらず【レックレス】は因縁とも言える場所へと到達していた。


 目の前に聳える巨大な扉を前にして、ブラカスは手の甲で頬についた土埃を拭う。


「……やっと辿り着いたぜ。前回はジンのせいで踏破とはならなかったが、この『ボス部屋』さえ超えれば【献花の短冊】がある慰霊碑へと到達できる!」


 ブラカスのいう『ボス部屋』とは、未踏破ダンジョンにおけるボス部屋とは違い、難度【クィンクェ】以上の魔物がリセットの度に現れる場所を指している。


 つまり、本来なら中ボス的立ち位置の魔物が踏破後にボスとしての立ち位置になっているに過ぎないのだが、【中級】以上のダンジョンにおいては、本来のボス部屋の前に現れるのが定番となっていた。


 前回の探索時はジンが【解析アナライズ】と【意識の羊皮紙カンニングペーパー】によって危険と判断した結果、撤退・戦闘を回避するという選択肢を採った。


 だが、それは彼のスキルの真髄を知らないブラカスにとっては不本意な選択だった。


 なぜなら、彼は自慢のスキル【アドバンスドパワー】によって得られる筋力を武器に、戦闘において絶対的な自信を持っているからだ。


「さあ、後一踏ん張りだ……気張っていくぞっ!!」


 ブラカスは大剣を高々と突き上げて仲間へ振り返るが、今回その力強い号令に反応するパーティーメンバーはいなかった。


 既にブラカスを除く全員がボロボロであり、戦意など微塵も無かったからだ。


「どうしたみんなっ!? ダンジョン攻略まであと一歩なんだぞっ!? ここの攻略でランク評価を上げれば、次のステップに進めるんだぞっ!?」


 覇気のないパーティーメンバーを鼓舞しようとハッパをかけるブラカスだったが、返ってくるのは冷ややかな視線だけだった。


「……ブラカス、悪い事は言わない。ここまでだ。お前以外はみんな既にボロボロだ。時には撤退を選ぶことも英断だと思うぜ」

「そうね。悔しいけど、ジンが言ってたように、私たちはこのダンジョンに挑むレベルに達してないと思う。このまま【クィンクェ】クラスの魔物なんかと戦ったら、最悪全滅するよ?」


 興奮気味なブラカスと違い冷静に状況を判断した仲間たちが撤退を促すが、それが気に入らなかったのか、ブラカスは額に青筋を立てながら怒りを露わにする。


「あんな役立たずで恩知らずのことなんか真に受けるんじゃねぇっ!! 思い出せ! 俺たちは新気鋭の冒険者パーティー【レックレス】だぞっ!! あのガキが来る前から数多の強敵を撃破してきた実績があるのを忘れたのかっ!?」


 口角泡を飛ばして過去の栄光をがなり立てるブラカスだが、その姿は現状を認めることができない頑固者でしかない。


 もはや制御不能なリーダーを前にして、パーティーメンバーたちは先日なぜジンが指示も仰がずに強制転移の罠を踏んだのかを理解した。


 ああ、この男は良くも悪くも猪突猛進なのだと。止めるのであれば無理やり止めるしかないのだと。


「もういいっ!! お前たちはそこで休んでいろっ!! ボスくらい俺一人で叩っ斬ってくれるっ!! いずれ【イグノーツ】へと挑む男の背中を、その目に焼き付けとけ!!」

「ああっ! ちょっと、ブラカスさん!?」


 そしてブラカスは仲間相手に啖呵を切ると、肩を怒らせながら制止を振り切り、目の前の扉を押し開ける。  


 扉の先を見据える瞳に宿るのは、燃えたぎる闘志と、不甲斐ない仲間たちへの怒りだ。


 そして、低く、重く、軋む音を立てながら扉が開ききった時、その先で待ち開けていた存在が、のそりと身体を起こす。


 遥か頭上からブラカスを見下ろす赤い瞳が、獲物の姿を捉えて妖しく光る。鋭い牙から涎を滴らせながら、人など容易く丸呑みできる大きな口を開けると、生臭い吐息を吐き出した。


 全身に銀色の体毛を纏い、胸元を血の赤色で染めた巨大な四足の猛獣────ダンジョンオオカミの上位存在である『ガルム』は、ブラカスの闘志に応え、ダンジョン全体を震わせるほどの咆哮を上げた。


 それだけで大気が暴風となり、巻き上がった砂塵が石礫となってブラカスたちを蜂の巣にする。


「おおっ!? 流石は【クィンクェ】クラスの魔物だっ! 上等だ!!」

「うわああああ!? 【シールド】! 【シールド】を張ってくれぇっ!!」

「今やってるからちょっと待っ────」


 ブラカスが大剣を盾にして石礫を防ぐ中、後方のメンバーたちはスキルで身を守ろうとしたが、血に飢えた『ガルム』はその隙を見逃さない。


「────なにっ!?」


 力強く地を蹴ると、体高5メートルはあろうかという巨躯は軽々ブラカスの頭上を飛び越え、彼の背後で控えていた仲間たちの前に躍り出る。


「ひっ────!?」


 そして表情を凍りつかせる者たちを睥睨すると、牙を舌舐めずりしながら野太い尾を鞭のように叩きつけた。


 全員が咄嗟に躱すことができたものの、衝撃波を伴った一撃は地面を容易く抉っていた。もし直撃したら、一瞬にして挽肉と化すだろう。


「ブラカスっ!! 無理だっ!! 撤退するぞ!! このままじゃ全員死ぬぞっ!!」

「うるせぇっ!! 戦う前から諦めてんじゃねぇっ!! 舐めやがって、今度はこっちから行くぞっ!!!!」


 勇猛と蛮勇を履き違えたブラカスは仲間の言葉を遮ると、高々と跳躍し、大剣を上段に構えて『ガルム』に背後から仕掛ける。


「唸れ俺の筋肉っ!! 【アドバンスドパワー】の底力をとくと味わえっ!! 喰らええええぇぇぇっ!!!!」


 スキルによってブラカスの筋肉が肥大化し、シャツが裂けてボタンが弾け飛び、全身全霊を賭した一閃が繰り出される。


 だがしかし、その攻撃を読んでいたのか、『ガルム』は背後からの奇襲を振り向くことなく軽いステップで躱した。


 ブラカス渾身の一撃は空を斬り、その絶大なパワーは地面をさらに抉る結果となった。


「てめぇっ!? 避けてんじゃねぇえええっ!!」


 鬼のような形相で振り返り、『ガルム』に文句をいうブラカスだったが、彼の視界に飛び込んだのは、丸々とした肉球とその先に伸びる禍々しい爪だった。


「あ────」


 そして『ガルム』は間抜け面を浮かべるブラカスを前足で踏み潰した。前足を退けると、そこには干からびたカエルのように大の字で気絶しているブラカスの姿があった。


 それを確認した『ガルム』は他愛もない、とでも言いたげな退屈そうな眼差しを向けると、喰う価値もないと判断したのか、フンと鼻を鳴らして踵を返した。


 あまりにも呆気ないブラカスの敗北に、固唾をのんで戦いを見守っていた仲間たちは顔を見合わせ、そして頷きあった。


「今だっ! 撤退! 撤退だっ! そこの伸びてるバカを回収したら、ヤツの気が変わらないうちにさっさと逃げるぞっ!!」


 そうして、ブラカス率いる【レックス】は、初めて大敗という結果でダンジョン攻略を失敗をするのだった。

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