第23話 偽りを生業とする者たち



【静粛に】なった荒屋で全員が耳をそばだてていると、壁の向こうから男たちのくぐもった声が聞こえてくる。


『いや〜、今日も美味しい仕事だったぜ。アンタがお膳立てしてくれるおかげで、簡単に大金が手に入るんだ。いい商売だぜ』

『フンッ、それを実行に移せる貴様が居て初めて成り立つ商売だ。くれぐれも油断はするでないぞ』


 ジンは男たちの声に聞き覚えがあった。


 一人は朝の市場で騒ぎを起こしていた貴族、ハルロゥの声で間違い無い。入店した時に見かけたのもあるが、奥へ通されていたのも記憶に新しい。


 何より、あの悪趣味な見せ物とたわわに震える二重顎は、そうそう忘れられる光景ではない。


 そしてもう一人の声は、冒険者ギルドで何度か見たことのあるAランク冒険者、クラッド=ティヴァーに違いない。


 実績に裏付けされた実力もあるが、粗野な風貌や横柄な態度で悪目立ちしていたタイプであり、強く印象に残っていた。


 ジンはその二人の組み合わせと会話に、今朝のハルロゥの横暴を思い起こして合点する。


 なるほど。確かにAランク冒険者を囲っていれば強気にもなるだろうな、と。


 そんな風に思い起こしていると、二人の会話は続く。


『それで、今日の収穫はどうだったのだ? 今朝の感じでは、あの痴れ者はあまり大したことのない商隊だったのではないか?』


 ハルロゥの問いに、グラッドは押し殺した笑い声をあげてから答える。


『喜びな、俺は連れの【ファストトラベル】で戻ったから積荷までは見なかったが、さっき【レター】での報告を受けた限りじゃ上々のようだぜ。ま、1割じゃワリに合わねぇから全取で正解だったと思うがな』

『フンッ、やはりその程度ではないか。しかし彼奴も愚かなヤツだ。せめて6割と言っておれば全てを失わずに済んだものを』


 そのやり取りに、ジンは不穏な気配を感じた。


 そしてその気掛かりに対して、彼らは最悪の結末を告げる。


『しっかし、アンタもエゲツない商売を思い付くもんだよなぁ。盗賊団を金で雇って商隊を襲わせるってのは、ある程度の地位と金があって商売敵がいるなら誰だって思い付く。だが、アンタはそこからさらに一手間掛けた』


 グラッドが嗜虐的な笑みを貼り付けているのが想像できるような声色で続ける。


『俺たちAランク冒険者を囲って商隊に高額で斡旋し、価格に応じた商隊は襲わせない。だが、俺たちを雇わなかった商隊は新米冒険者を護衛につけたばかりに不幸な最期を迎える。

 だから俺たちの存在価値は高まるし、俺たちは安全に大金を稼ぐ事ができる。しかも、その責任は全て【イリオス】に押し付けだ。こんな商売、そうそう思いつかないぜ』


 心底可笑しい、と言わんばかりの感情を露わにする声に、ジンは心の底から震えた。


 この壁一枚を隔てて存在するのが、魔物ではなく人間だという現実に。


 つまるところ、彼らは盗賊団と結託し商隊を襲っている犯罪者集団なのだ。


 しかも名の知れた【イリオス】を騙ることによって、罪の全てを他者に擦り付ける。ジンには悪魔の所業としか思えなかった。


『フンッ、人聞きの悪いことを言うでない。ハルロゥ家が雇っているのは盗賊団ではなく貴様のパーティー【クラッドバスターズ】だ。盗賊団は【イリオス】だけなのだ。

 それにだ、そもそも【イリオス】が我がハルロゥ家の商隊を襲ったのが始まりなのだ。

 義賊だの義憤だのと戯けたことを抜かしおったが、大事な商売を台無しにされたのだ。濡れ衣の1枚や2枚、被せてやらねば気が済まぬわ』


 鼻息を荒くして憤るハルロゥの声と、グラスを叩きつけるようにテーブルへと置く音が響く。


 そして、ジンが耳を疑うような会話は続いた。


『それにだ、邪なのは貴様も同じであろうが。ハルロゥ家の領地に出来た【初級ダンジョン】を【上級ダンジョン】としてギルドに報告するとはな。

 Aランク以上の冒険者しか立ち入り出来なくするだけでなく、それを倉庫代わりにして強奪した金品や人を隠すなど、狡猾にも程があるわい』

『ま、それについてはアンタの立場があってこそ実現出来たとでもあるがな。さすがの俺でも国には口出し出来ねぇ。ダンジョン管理に一枚噛んでる貴族様のハルロゥ家だから出来たことさ』


 互いの悪どさを称賛しあっているようにすら思える二人に、ジンは一瞬我を忘れて壁に向かい合う。


────コイツらっ!!」

────いけません


 咄嗟にクナイが背後から肩を掴んで制止すると、ジンは激昂する感情を抑え込むように力一杯拳を握り込む。


 アフィンのお陰で一切の『音』は出なかったが、やり場のない怒りは発散する場所を無くしてジンの胸中でとぐろを巻く。


 なんて悪辣な連中なんだろうと。

 なんて醜悪な連中なんだろうと。

 なんて度し難い連中なんだろうと。


 Aランク冒険者という一握りの存在でありながら、犯罪の片棒を担いだ挙句に新米冒険者の目を摘むなど、その堕落し切った行為の数々は冒険者の憧れを踏み躙っている。


 さらには私腹を肥やすために冒険者たちの憧れの舞台であるダンジョンを制度や利権で悪用し、あまつさえ犯罪行為の隠蔽に利用するなど、冒険者に対しての侮辱以外の何でもない。



 だが、ここにきてようやくジンはアフィンがここへ連れてきた理由を理解し始めていた。



 それは本物の盗賊団【イリオス】の首領として、偽物の盗賊団【イリオス】────つまり、Aランク冒険者クラッド率いる【クラッドバスターズ】とその雇い主であるハルロゥ家、彼らの蛮行に対応するためだ。


 本物の盗賊団である【イリオス】は犯罪者でもあり、騎士団に通報などできない。できることなど、せいぜい闇討ちが関の山だ。


 だが相手は腐ってもAランク冒険者が率いるパーティーで、さらにはハルロゥという貴族の後ろ盾まである。


 ハナから勝ち目のない相手であり、だからこそ今日までいいように悪名を利用されながらも手をこまねいていたのだ。


 唯一付け入る隙があるとすれば、それはハルロゥが倉庫として利用している偽りの【初級ダンジョン】だけだ。


 彼らの犯罪行為の全てが集約されているであろうその場所には、おそらく強奪した金品だけでなく、それらの流れを記録した裏帳簿が存在する可能性が高い。


 裏帳簿の存在が詳らかになれば、いくらハルロゥとて言い逃れは難しい。


 だが、冒険者としての経験が皆無に等しいアフィンたちは、ダンジョンに踏み込むことが出来なかった。


 仮に踏み込むことに成功し、無事に裏帳簿を手に入れたとしても、そこで袋のネズミになるのがオチだ。


 打つ手なし────そんなアフィンたちの前に現れたのがジンだったのだ。



 ジンがそこまで考えたところで、ハルロゥたちが席を立つ気配がした。


 そして退出していったのを見計らってアフィンがパチンと指を鳴らすと、部屋の中に全ての『音』が戻った。


 ジンが改めてアフィンに向かい合うと、彼はらしくない神妙な面持ちで視線を合わせる。


「……賢いキミなら今ので理解しただろう? なぜ僕たちがキミをこの場へと連れてきたのかを」


 ジンは、答えなかった。


 ただただ無言でアフィンの瞳を見つめ続けていた。


 色々と思うところはあった。


 自ら盗賊団を名乗ってる割に、ハルロゥには『義賊』と称していることとか。

 犯罪者に加担してなんのメリットがあるのかとか。

 そもそも信頼を踏み躙っているのにどの面下げて言ってるんだとか。

 でもあの連中の愚行は許せないし一泡吹かせてやりたいとか。


 色々な感情が綯い交ぜになって、もう訳が分からない。


 だけど、一つだけ確かなこともあった。


 それは、アフィンが心の底からジンに助けを求めているということ。


 ジンはやがてため息混じりに言った。


「そうだね、一晩中文句を言いたいところだけど、一発殴らせてくれたら協力してあげるよ、後輩・・

「……それで先輩・・の気が少しでも晴れるのなら、喜んで」


 そう言って身構えたアフィンに対し、ジンはローテーブルの上に飛び乗って助走をつけると、思いっきり振りかぶってぶん殴った。


「────ってぇ!?」


 アフィンがソファごとひっくり返って苦悶の声を上げると、部下たちが慌てふためいて立ち上がる。


「うっわ、思いっきり良いの入ったぞ!?」

「こ、このクソガキ! 加減ってモンを知らねぇのかよ!!」

「お頭ぁ!? 大丈夫ですかっ!?」


 大袈裟な。思春期の心を弄ばれた痛みに比べれば、なんてことはないだろう。


 もちろんこれで赦した訳では無いが、一応のケジメはついた。


 ジンは取り乱す男たちに対して、少しズキズキと痛む拳を擦りながら鼻を鳴らす。


 そんな中でなにか通じるものがあったのか、クナイだけはそっと親指を立てていた。


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