第22話 アフィンの思惑
ジンは、目の前の青年がなにを言っているのか理解できなかった。
つい先ほどまで冒険者の先輩後輩の関係だった存在が、実は昨日出会った盗賊たちのリーダーだという。
とても信じがたい話だし、この状況でも現実味がなかった。
いや、認めたくなかったのだ。
たった一日とはいえ一緒に冒険し、なにより自身のことを認めてくれた存在に、裏切られたことを。
茫然自失としてしまったジンにアフィンは苦笑を浮かべる。
「詭弁は承知の上で言い訳をさせてもらうが、僕はキミを裏切ったわけじゃない。Eランク冒険者であること、この店のオーナーであること、そして【イリオス】の首領であること……全て本当の僕さ」
アフィンは続ける。
「だから今日一日、
アフィンの主張に対し、ジンはますます混乱してゆく。
確かに盗賊団【イリオス】とは昨日の件で確執がある。盗賊団の首領である彼がジンに近づく理由としては十分だろう。
しかし、わざわざ冒険者としてパーティーを組み、身の危険を冒してまでダンジョンに挑んだ理由がわからない。
しかも冒険者の後輩として慕い、人生の先輩として励ますなどという行為の数々も、ジンの混乱に拍車をかけていた。
「意味が分からないって顔だな。でも、今日のことは僕にとって全て意味のあることなんだ」
ここに至るまでのことを思い返すほど理解に苦しむジンに対し、アフィンは答え合わせを始めるように口を開く。
「きっかけは一昨日の夜のことだ。僕らにとってキミはテリトリーに入ってきた侵入者だった。冒険者ギルドが手配した賞金稼ぎだと思ったんだ」
しかしジンは違った。
武器の一つも持たず、道端で枯れ木を集め、そしてキャンプを始めた。
盗賊の縄張りにいる自覚がなく、周囲に対する警戒心もない、まるでただの旅人だった。
「だから僕の部下たちはキミを監視下に置きつつも、手出しはしなかった。無用な争いは不要だからね」
アフィンの話にジンは両目を見開く。森に入った時から監視されているなんて、露ほども思っていなかったのだ。
しかし、それが事実だとしてもアフィンの話は矛盾している。なぜなら、彼らは無害認定したにもかかわらず、翌朝ジンを襲ってきたからだ。
その疑問に応じるように、アフィンは口角を上げる。
「でもキミはただの旅人でもなかった。指先一つで火を起こし、堅牢な檻を用意し、さらに自衛のトラップを周囲にバラ撒いた。驚いた部下は【レター】で報告してきたんだ。変わったヤツがいると」
スキル【レター】は、同じ【レター】を扱える者同士で交互に交信を可能とするスキルだ。
互いの存在を認知し合っていれば、特定の条件を除いて即時交信を可能とする優秀なスキルで、国はもちろん、あらゆる組織において引く手数多であり、将来が約束されたスキルの一つでもある。
ジンはそんな存在が盗賊団に所属していることに驚くが、同時に自分が襲われた理由に納得もした。
「そうだ。だから僕は
盗賊たちが気まずさを取り繕うように咳払いをする。よく見ればジンと相対した男二人も居た。
アフィンは背もたれに寄りかかると、足を組み直して話を続ける。
「だから確かめたくなったんだ。キミのことと、キミの持つスキルのことをな。幸運なことにクナイが正門前に現れたキミのことを覚えていた。キミの金色の瞳は、目立つからな」
確かにジンの金色の瞳は王都では珍しく、人目を引いた。
ジンは自覚してからは人目を避けるようにフードを被り、役立たずの悪評が広まるにつれ目深に被るようになっていった。
しかし、だからといって転移したタイミングでクナイも正門にいたなどと、そんな偶然があるのだろうか?
そんなジンの疑問を察したのか、アフィンは薄く目を伏せる。
「まさに運命だった……と言いたいところだが、この店は夜間しか営業していないからな。日中は人の出入りの多い正門付近で情報収集をさせている。【トラップマスター】というスキルがダンジョン由来のトラップを扱えるのであれば、むしろ必然だったのさ」
そう断言してみせたアフィンに、ジンが虚をつかれたように動揺を露わにする。
「なぜそれを? って言いたそうだな。これは部下たちの報告と、今日一日の冒険を通して導いた結論さ。キミの【トラップマスター】というスキルは『ダンジョン由来の罠を意図的に設置できる』というスキルなんだ」
確かに、ジンの【トラップマスター】は、ダンジョンに由来する罠を設置できるスキルだった。
特に隠していたわけでもないが、その性質上取り立ててアピールするものでもなかった。
『攻め』でもなく『守り』でもなく『癒し』ですらない『待ち』というスタイルのイメージが強い罠は、ダンジョンを攻略する冒険者たちから敬遠されていたからだ。
だが、スキルの持つ『本質』を見抜かれたというのは、裏を返せば弱点の露呈に他ならない。
「ああ、転移で逃げ出そうなんて思うなよ。
ジンが危惧を抱いた通り、アフィンはそう言って牽制する。彼は理解しているのだ。
【トラップマスター】の罠がダンジョン由来であるのなら、王都付近からの転移先が、必ず王都の正門前になるということを。
盗賊団に囲まれ、退路も絶たれた。しかし、ジンには分からなかった。
アフィンがジンに近づき、正体まで明かしたことの真意が。
「さて、前置きが長かったな。そろそろ本題へと移らせてもらおうか」
そう言ってアフィンは再び口の前に人差し指を立てると、小さく囁いた。
「【静粛に】」
その瞬間、部屋の中は耳鳴りがする程の静寂に包まれ、ジンは小動物が警戒するように周囲を見回す。
アフィン以外に誰も喋っていなかった静かな部屋だったが、それでも様々な『音』はあった。
クナイの細い息遣い、アフィンが姿勢を変える度に軋むソファ、各々が身動ぎした際の微かな布擦れ、そして自身の鼓動。
静かな部屋の中であっても、そう言った人の出す『音』は満ちていた。それらが、一斉に消え失せたのだ。
おそらくアフィンのスキルは、そういった『音』を自在に操るスキルなのだろう。
しかし、ジンはふと気付く。
この場の全員が発する『音』が消えた代わりに、壁の向こう側、つまり隣の部屋からの『音』がよく聞こえるようになったことに。
アフィンは隣の部屋を射抜くように見る。
「よく聞いておくといい。すぐに理解できるはずさ。僕がキミに近づき、そしてこの場へと連れてきた理由がな」
この場の『音』を支配する男はそう言って、ジンの視線を隣の部屋へと促した。
ジンは怪訝な表情を浮かべつつも、彼の真意を確かめるために隣の部屋の会話へと耳を傾けた。
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