第21話 瀟洒な店のメイドとオーナー



 客観的に見てジンたちの存在は明らかに場違いなのだが、不思議とそれを咎める者もいなければ気に留める者もいなかった。


 そして彼らは一様に、この店に立ち入る者が同等の立場や身分の存在であることを信じて疑わない様子でもあった。


 入り口の警備が通したのであれば、この場に相応しいのだと言うように。


 そんな異様な光景の中で、ジンは動転しそうになる気持ちを抑え込みながら、緊張を帯びた視線で店内を見渡す。


 テーブルの上に並ぶのは、皿に盛られた新鮮なフルーツや小洒落たグラスに注がれた葡萄酒で、それを囲う者たちは決して馬鹿騒ぎなどしていない。


 上品な出立ちで葉巻を燻らせながら、近隣諸国の情勢について含み笑いを浮かべて語り合っている商人たち。


 一級品の装備を身に纏う名だたる冒険者たちは、野心に満ちた表情で真偽不明の地図を広げ、唇を濡らす程度にグラスを傾ける。


 給仕を行う者も質素なメイドで、彼らの会話を途切れさせないよう適切なタイミングでグラスを交換する。


 そしてハルロゥと何人かのAランク冒険者たちは重要な話でも始めるのか、メイドに案内されて店の奥の個室へと消えてゆく。


 そう、ここは酒場などではない。社交場だ。


 初級ダンジョンで一仕事終えたような駆け出し冒険者が立ち寄るような店ではないのは明らかだ。


 こんな中に混ざり、あまつさえ落ち着いて食事が出来るほどジンの神経はず太くない。


 もっと騒々しい店で旅芸人の音楽でも聴きながら安い食事を頬張る。そんな場所でいいのだ。


 ────そもそも、駆け出し冒険者アフィンのオススメ店がこんな場所って意味不明すぎる。


「あわわわ、アフィン、ちょっと、さすがにこんな高そうなお店じゃ、オレご飯なんて食べられないよ……」


 雰囲気に呑まれて根を上げたジンは、懇願するような眼差しでアフィンを見上げるが、返ってきたのは満面の笑みだった。


「大丈夫大丈夫。怖いお店じゃないから。奇跡的にタイミングも良いみたいだし、僕らも行こうか」

「ええぇぇ……本気かよぉ……」


 ジンが涙目になっていると、見計らったようにメイドの一人が音もなく二人に近寄ってくる。


「やあ、クナイ」

「ようこそいらっしゃいました」


 まるで常連客のような気さくさでアフィンが声をかけると、クナイと呼ばれたメイド姿の少女は恭しく頭を下げた。


 艶やな腰まで伸びた栗毛と優しげな琥珀色の瞳をもつ少女は、楚々とした仕草で頭を上げると、緊張しているジンを宥めるように柔和な笑みを作る。


 アフィンも目を引く容姿をしているが、このクナイという少女もすれ違えば思わず姿を目で追うような存在感があった。


「本日は要人席でよろしいでしょうか?」

「もちろんさ。今夜は特別だからね」

「畏まりました。それではご案内いたします」


 もはや放心状態のジンの意思はそっちのけで話が進み、クナイに先導されて店の奥へと進んでゆく。


 どうやら個室へと導いているようだが、クナイは気配を断つように足音一つ立てず、布擦れの微かな雑音すら出さない。


 おそらくは先に奥へと向かった貴族たちへの気遣いなのだろうが、それにしても徹底している。


 半ばヤケになったジンがボンヤリとそんなことを考えていると、クナイは通路の突き当たりで足を止める。


 そして一見するとただの壁にしか見えない場所に人差し指をスッと滑らせると、壁が僅かに浮き出て引き戸となった。


 要人席とあってその存在までギミックで隠匿するとは、流石にやり過ぎではないか。


 過剰なまでに人目を避けるための構造にジンが目を見張っていると、扉を引いたクナイが頭を下げて入室を促した。


 アフィンは無言でジンを押して部屋へと入る。


 

 ────そして、部屋へと入った瞬間、ジンはこれまでとは違った緊張感で硬直し、警戒心を漲らせることとなった。



 瀟洒な雰囲気を演出していた店の内装とは打って変わり、木材が剥き出しの薄暗い部屋だった。


 部屋には朽ちたローテーブルが雑に置かれ、その周りを表皮がくたびれたソファが囲う。


 そして、そのソファに座していたのは、五人の男たち。


 皆一様にボロを纏い、腰にはナイフを下げていた。


「こ、これは一体────うっ!?」

「お静かに」


 耳元で囁くクナイの氷のように冷たい声に、ジンは金縛りにでもあったかのように身動きが取れなくなる。


 電光石火の早業でクナイから右腕を背に極められ、喉元にナイフを突きつけられていた。


「どうか抵抗しないでください。動けばこのまま腕を折り喉笛を掻き切ります」


 先ほどまでの柔和な笑みなどなく、その顔は能面を貼り付けたように無表情だ。


 背筋が凍るような警告に、ジンは短く早い呼吸をしながら生唾を飲み込むと、じっと耐える。


 そんな二人の横を、アフィンがゆっくりと通り過ぎてゆき、部屋の奥へと歩いていく。


 ジンが視線でその背を追うと、アフィンはローテーブルを挟んで1人掛けのソファに気だるげに腰掛ける。


 そして前髪を撫で付けるように掻き上げると、狩人のような鋭い眼差しをジンへ向けた。


 今まで見せたことのないアフィンの表情に、ジンは一瞬目の前にいるのが誰なのか分からなくなっていた。


 ……いや、理解することを心が拒んでいた。


 そんなわけがない、と。


 要人席と隠語で呼ばれた荒屋で、屈強な無頼漢を従えるように上座に座すその姿を、現実として受け入れることが出来ずにいた。


「クナイ、警戒する気持ちはわかるが、手荒な真似はするな。その子は大事な客だ」

「はい、申し訳ありませんでした」


 ため息混じりに叱責され、クナイは素直にジンの拘束を解いてナイフをしまう。


 その有無を言わさない厳格なやり取りは、客と店員ではなく主従関係でしかなかった。


 解放されたジンは、あまりにも唐突なことに困惑する感情を抑えることができず、堰を切ったようにその心情をアフィンへと向ける。


「ア、アフィン……これは一体、どういうこと!?」

「しー────【静かに】」


 しかし、アフィンが口の前で人差し指を立てて囁いた瞬間だった。


────静かにって────なんで盗賊が?

 

 ジンは口をパクパクと動かすだけで、その声が空気を震わせることはなかった。


────なにこれ?────こ、声が出ない?


 自身の体に起こった異変にジンが戸惑っていると、アフィンは足を組み直して肘掛けに頬杖をつく。


「ジン先輩……いや、ジン=アロイ。ようこそ僕の隠れ家へ。そして改めて自己紹介をするよ」


 そう前置きすると、ジンの瞳を碧の瞳で射抜きながらアフィンは告げた。


「僕の名はアフィン=サクサマッド。盗賊団【イリオス】の首領さ」


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