第5話 盗賊との駆け引き
間が悪く新たな盗賊と対峙することになったジンは、身構えつつも思考を巡らせる。
二年もの間、猪突猛進な【レックレス】で冒険していたおかげか、こういったアクシデントには慣れている。冷静でいられるのは幸か不幸か。
ともあれ、目の前の盗賊は無様にも逆さ吊りにされてる男とは違い、見た目が幼いジンを前にしてもすぐさま臨戦態勢を取るあたり油断はしてない様だった。
「なんだってこんなところにガキが? んでもって、なんでお前は吊るされてんだよ?」
「そ、それは……なにがなんだか俺様にもよくわからねぇっていうか……ハハっ」
仲間の疑問にしどろもどろに答える男は、先ほどまでの失態を誤魔化すように口を濁す。
一方で、仲間の盗賊の視線はずっとジンを捉えていた。狩人が獲物に狙いを定めるように。
「……フンっ、見た感じ駆け出しの冒険者みてぇだが、まさか単身で俺たちをパクりに来たわけじゃぁねぇよな?」
「…………」
盗賊はジンの正体を見定めつつも、それとなく周囲にも視線を配り、ジンに仲間がいる前提で探りを入れてくる。
もしそうであれば盗賊団討伐任務の心躍る瞬間かもしれないが、生憎とジンはパーティーをクビにされたばかりの根無草だ。
ジンは複雑な心境になりつつも、無言のままこの状況をどう脱したものかを考える。
それを駆け引きとでも思ったのか、盗賊はさらに警戒心を強めるようにジンから一歩距離を置く。
「いーや、そいつはソロだぜ! しかもこんな所で呑気にキャンプしてやがったんだ! 涎垂らして爆睡してるところ見つけた俺様が言うんだから間違いねぇ! かまうこたねぇ、さっさと襲っちまえっ!!」
「は? なんだって? じゃあ、このガキは見た目どおりただのガキだってのか?」
しかし、逆さに吊られている間抜けに全てを暴露されてしまった。しかも恥ずかしい姿まで赤裸々にされてしまう。
ジンは頬に含羞の色を浮かべながらも、間抜けを泥責めにしたい衝動をどうにか抑え込む。ここで隙を見せればたちまちに捕まってしまうだろうから。
「ギャーハハハハッハー!! 形勢逆転だなクソガキぃ!! ソイツぁ【イリオス】でも5本の指に入る手練だぁ!! 大怪我しないうちに降参しなっ!! でもってさっさと俺様をここから降ろしなっ!!」
「ま、あのやかましいのの言うとおりだ。ケガしたくなかったら素直に投降しな」
どうりで急に強気になるわけだ。
強力な増援に今までの鬱憤を晴らすかのように吠える逆さ吊り男の声をきっかけに、盗賊がジンとの距離を大きく一歩詰める。
「……そうだね」
しかし、ジンはそれを待っていた。
降参を示しように両手を上げるようにして、しかし、その指先を盗賊の遥か頭上に向けて心の中で唱える。
────【ツリートラップ・吊り男】。
「よーしよしよし、俺ぁ素直なガキは嫌いじゃないぜ……って、うおぉおおおっ!?」
警戒を緩めてジンに詰め寄った盗賊だったが、突如としてロープが顕現し、足に巻き付き逆さまに吊り上げた。
しかし既にナイフを抜いていた盗賊は、着地出来ない高度まで上昇する前にロープを切断してトラップから逃れる。
「こんのクソガキャアっ!! 罠を仕掛けていたとはなっ!! 可愛い顔して舐めたマネしてくれるじゃねぇかっ!!」
どこかの間抜けと違い、その素早い判断と身体能力の高さにジンは内心舌を巻く。
だが、ジンも破られる事を予想していたのか、驚きつつも指先は既に盗賊の着地地点へと向けられていた。
────【フロアトラップ・泥沼】。
猫のように身体を捻って着地姿勢をとっていた盗賊だったが、足元に突如展開した魔法陣を踏んだ瞬間に地面が円状の泥沼と化す。
「な、なんだとっ!? なんでこんなところにダンジョンのトラップがっ!?」
「ああっ!? そうだっ! そのガキなんか変なスキル持ってやがるぜ!! 油断するんじゃねぇぞ!!」
「遅せぇよもっと早く言いやがれっ!!」
遅すぎる助言に上半身まで泥に浸かりながらキレる盗賊だったが、時すでに遅し。
もがけばもがくほど沈んでゆく体に、盗賊は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、ジンはそこへさらに追い打ちをかける。
────【解除】。
トラップが解除され泥沼は突如として元に戻り、残ったのは地面に埋まったままの盗賊だった。
「んな!? なんだこりゃ!? 一体なにがどうなってやがる!?」
どうにか盗賊を無力化できたことにジンは「ほぅ」っと一息つく。
だが、どこかの間抜けと違い、五本の指に入る盗賊はやはり一味違った。
「やるじゃねぇか! ただのガキだと思って侮っていた……ぜっ!!」
「え?」
地面へと埋められ成すすべもないように見えた盗賊だったが、ジンの見せたわずかな隙を見逃さなかった。
彼は手首だけで器用にナイフを投擲し、そして投擲した先は────今まで吊るされて吠えているだけの間抜けだった。
ロープが切断されてようやく自由の身になった間抜けは、長時間吊るされていたにも関わらず見事な着地を決める。そして指をボキボキと鳴らしながらジンへと詰め寄ってゆく。
「この瞬間を、待っていたぜ」
間抜けだろうと盗賊は盗賊。
伊達や酔狂でやってるわけではないと言うことだろう。
「へっへっへ。確かに油断ならねぇガキだが……俺様たちもただ無意味に騒いでたわけじゃぁねぇぜ?」
「無駄に騒いで……なるほど、今までのは茶番で時間稼ぎだったんだね」
周辺をガサガサと葉擦れの音が包み込み、ジンはハッキリと盗賊団に包囲されているのだと悟る。まさに形勢逆転だ。
彼自身も最悪の想定としてここが盗賊団の縄張りだとはしていたが、こうも簡単に包囲されたのは予想を上回っていたらしい。
額に汗を滲ませ、いつどこから襲われてもおかしくない状況に視線がぐるぐると忙しなく動き出す。
でも、ここで素直に捕まろうものなら、ジンの冒険はここで終わってしまうだろう。
それだけはなんとしてでも避けたかったジンは、苦渋の決断をする。
「ふぅ……出来れば使いたくなかったけど、仕方ないね」
自身を納得させるように呟くと、足元に向かって指先を向ける。
「おいっクソガキ、この後に及んで妙な真似はよせよ?」
「怯むんじゃねぇ! もう包囲はしてんだ! かまわずとっ捕まえろ!!」
その所作に対峙してきた二人の盗賊に緊張が走る中、ジンは心の中で唱えた。
────【フロアトラップ・強制転移】。
ジンの足元に魔法陣が浮かぶや否や、彼は幻のように盗賊たちの前から姿を消した。
「……消えた、だと?」
そして後に残ったのは静かな森と、目を丸くした盗賊たちだけだった。
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