第6話 王都のありふれた日常と噂話



 盗賊から逃れるために自分で仕掛けた【強制転移】のトラップに自らかかったジンは、言葉の通り瞬きする間に王都の正門前へと転移していた。


 正門を行き交う人々が突如として往来のど真ん中に出現した彼に一瞬だけ視線を向けるが、すぐに興味を失い、何事もなかったかのように通り過ぎてゆく。


 なぜなら、正門前は王都近郊のダンジョンなどで強制転移のトラップに掛かった冒険者たちが送られてくるのが日常茶飯事だからだ。


 珍しい光景でもなく、ダンジョン攻略に失敗した者の帰還に嘲笑を浮かべる程度の出来事でしかない。


 ジンは見慣れた正門を見上げると安堵の息を漏らす。同時にわずか半日で王都に戻ってきたことに複雑な表情を浮かべた。


 新たな門出に心機一転した矢先にとんぼ返りとはね、と。


「よう、今日は誰が攻略失敗したのかと思えばジンじゃないか」


 項垂れているジンに声をかけてきたのは、全身をプレートアーマーで纏った守衛だった。

 ヘルムの隙間から覗く眼差しには、心なしか労うような色が浮かんでいる。


「……ああ、これはどうも、こんにちは。いつもお勤めご苦労様です」

「はっはっは、落ち込んでるなぁ。まぁ、ついこの間もブラカスたちと一緒に失敗したばっかりだからな。ま、長い人生で失敗が重なることもあるさ。そう気を落とすな。命あるだけいいことさ」


 落ち込んでいる本当の理由を知らない守衛はジンの背中をバンバンと叩いて労うが、胸中穏やかではないジンは頬を引き攣らせるだけだった。


 しかし、毎日数多の冒険者を見送っている守衛が本心から言っているのがわかるだけに、その気持ちを無碍にできないのも確かだった。


「それに、最近はダンジョン以外でも色々とあるみたいだからな。お前みたいな若い奴が無事に戻ってくるだけでも、本当にいいことさ」

「え? それってどういう────」


 ため息混じりに呟く守衛に疑問を抱いたジンだったが、その問いに答えたのは周囲の喧騒だった。


『────おい聞いたかよ? またキャラバンが一隊やられたらしいぜ?』

『聞いた聞いた。最近もっぱら噂の【イリオス】の仕業だろ? 街道沿いに潜んでるらしいが、もうやりたい放題だな』

『ったく、こういう時に冒険者ギルドはなにしてんだか。新人ばっか寄越しやがってよ。高ランクの冒険者連中もダンジョンばっか潜ってないで、お前たちのアイテム買い取ってる商人も守れってんだよな』

『ああ、それで思い出したんだけどさ、その高ランク冒険者たちを雇ってる例のクソ貴族がさぁ────』


 道ゆく人々が口にする話題を耳にしたジンは、守衛がため息を吐く理由を察する。


 この二年間【レックレス】に所属していたジンは、確かにダンジョンばかりに潜っていたせいで【イリオス】については疎かった。

 だが、商人たちがギルドに悪態をつくレベルで被害が大きかったとは露ほども知らなかった。


 とはいえ、ジンは先ほどまで噂の盗賊であろう者たちと対峙していたのだから、今では身につまされる思いを抱く。


「……ま、国王様も憂慮されていらっしゃるようだが、なにぶん相手は狡猾で尻尾を掴ませないときてる。困ったことに、貴族の中には機に乗じて詭弁を盾に横暴を働いてる輩もいるときた。いつも犠牲になるのはお前らなのにな」

「それは、お互い様ですよ。それに商人たちとは持ちつ持たれつなのは事実ですし」


 ダンジョンを攻略する冒険者たちの生計が成り立つのは、彼らのアイテムを鑑定して買い取る商人の存在があってこその部分もある。

 少なからずその恩恵を享受している身であるジンには耳の痛い話でもあった。


「ま、なにはともあれ、今日は疲れただろう? 宿でゆっくりして、またダンジョンに挑めばいいさ。俺たちが呑気に正門前で突っ立ってられるのは、ジンたちのおかげでもあるんだからな」

「ですから、それはお互い様ですってば」


 話題を切り替えるようにジンの背を王都へと押す守衛だったが、ジンたち冒険者がロマンを求めてダンジョンへ挑むことができるのは、王国の守り手である彼ら騎士団があってこそ。

 みんながみんな、持ちつ持たれつなのだ。


 ジンは手を振って見送る守衛にペコリと頭を下げる。

 あまり気は進まないものの、今日は彼の気遣いに応えるように宿を探すことにするのだった。


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