第32話 勝利の祝杯と、遺構の真実。

 やわらかな月が照らす夜空の下。


 冷んやりした風が心地いい、水位が下がりきり、すっかりカラカラに干上がった遺構プールの中。


「うっひょ〜! 大漁大漁! どれも美味そうだぜ! なあなあ、シルキア! そろそろいいいんじゃないか? なあ!」


「ふふ、そうですね。ヒキールさま。じっくり丁寧に火を入れた甲斐があって、とてもいい具合に焼きあがりました。では、いま最後の仕上げを」


 そう言ってシルキアは、醤油をベースに作った特製のタレを【家】の前、俺たちが囲む大きな焼き網の上の魚介全体に回しかける。


「「うっわぁぁっ……!」」


 ジュワァッ……! と鼻をくすぐるたまらなく香ばしい音と匂い。

 固唾を飲んで見守る俺とプリアデはそっくりの表情で目をきらきらと輝かせ、思わずごくりと生唾を飲み込んだ。


「ふふ、お待たせしました。ヒキールさま。プリアデさま。見事、真水【竜殺し】達成祝い。シルキア特製、"アレク湖の幸づくし"完成です。

 網焼きに、魚介出汁と具材たっぷりのスープに、パスタもあります。さあ、心ゆくまでたっぷりと召し上がれ」


「「いただきます!」」


 我先にと、俺とプリアデは網の上へと手を伸ばす。


 外は香ばしく、中はふっくらと焼き上がった白身魚。

 豪快に一匹丸々焼いた巨大なカニや湖海老の殻をナイフで割り、かぶりつく。


 じゅわぁっと濃厚な旨みと香ばしいタレの味が口いっぱいに広がった。

 魚介出汁が効いた滋味たっぷりのスープ。

 巨大貝の旨みをたっぷり油に移してからニンニクを刻んで炒めた具沢山な魚介のパスタ。


 味わうごとに、口もとがどんどん笑みくずれていくのを止められない。


「く〜っ! 最っ高に美味え〜っ!」 


「ん〜っ! 本当最っ高〜! 一時はどうなるかと思ったけど、こうして終わりよければすべてよしっよねっ! 

 あたしたちの目的の水竜も無事に倒せたし、遺構の再起動で水位が引いたおかげで、こうして打ち上げられた大量の水棲魔物をヒキールがシルキアの特製網でゲットできたわけだし! 

 ……けど、そう言えば、遺構の再起動と言えば、あたしたちが完全に水が干上がったあとに見た最後のあれは、結局何だったのかしら?」


「ん? 最後に空中に浮かぶ水の玉から出てきて湖に逃げていった、小さいヤツのことか? あれなら、水竜だろ」


「ああ、そうなの、え? ずいっ……!? けほっ、げほっ!?」


 ちゅるっと飲みこみかけたパスタを吹きかけプリアデが咳きこむ。

 すかさずシルキアが「大丈夫ですか。プリアデさま」と、その背中を優しくさすってから、甲斐甲斐しく水を飲ませる。


 ──おお。気のせいか、なんか前より二人の距離感がさらに近くなった気がする。


「んくっ……お、お水ありがとう……シルキア……! 

 そ、それで……! あ、あの小さいのが水竜って、どういうことよ、ヒキール! あたしにもわかるように詳しく教えなさい!」


「おう、いいぜ! さっきも言ったように、あれは水竜──より正確には、その素体、だな」


 そして、俺は開示した。


 あくまで今日わかったことから組み上げた俺の仮説ではあるが、おそらくそれほど外れてはいないだろう。

 ──このアレク湖全体で、水竜を創りだすための古代魔導文明で造られた一つの魔導機構であるという仮説を。


 俺たちが水竜殺しを成し遂げた直後に、あの水の玉は現れた。

 もっと言うなら、最初の湖での戦闘で負傷した水竜を回復させていたときにもあった。


 そして、いままでプリアデから聞いてきた、討伐されても数十年周期で新たな水竜が現れるここアレク湖の逸話や。

 俺たちが水竜を討伐して水の玉出現直後の途切れ途切れの『声』の断片から類推するに。


「つまり、古代ではこのアレク湖に満ちる魔力を含んだ水で水竜の素体を創造して育成。

 最終的には、水場拠点防衛用の生体魔物兵器として利用してたんじゃねえかな、って。一回につき一体って、制限つきで」


 そう。それが数十年に一度、水位が減って水竜が討伐される理由。

 そして同時に、もしかしたらだが、いまこのアレク湖という魔導機構は古代魔導文明が失われ、まともに機能していないのかもしれない。


 だって、数十年に一度のスパンでやっと一体なんて、あまりに気長な話すぎる。

 ……まあ、本当のところはわからないわけだが。古代魔導文明人が超気の長い可能性も、ある?


「生体魔物兵器……。じゃ、じゃあまさか竜って、すべてそうやって、元々は人に造られたものなの?」


「いや、それはないだろ」


 滋味たっぷりのスープの残りをずずっと飲み干しながら、俺はプリアデの問いに答えた。


 火竜、雷竜、嵐竜、地竜、結晶竜、毒竜、屍竜、まだまだ多種多様。

 すべて人に造られた。そう考えるには、竜という魔物はあまりに多くの種があり、世界中に広がりすぎている。

 そしてなにより、人にとっての脅威でありすぎている。


「だから、もともと水竜っていうすげえヤバい魔物がいて、それを古代の魔導技術でどうにか模倣して創り上げたのがこのアレク湖の水竜ってところじゃねえかな」


 それでも、まさか竜が魔導機構で創れるなんて、俺は今日まで思いもしなかった。

 やっぱり、現代よりかなり先を行っていたとされる古代の魔導技術は、本当にすげえ。

 いつか俺もその高みにたどりつき、超える。

 そして、今日俺をここに連れてきてきてくれたことをプリアデに心から感謝したい。


「そっか……そうよね! やっぱり、竜はすごいのよ! だからこそ、あたしたちが狙う価値があるわ! なんにせよ、これで水竜は無事に討伐完了! 

 よーし! 次は、いよいよ石の国オルストに突入して、結晶竜よ! 竜を二体も倒せば、みんなで分けても、きっとあたしの借金も……!」


 【竜殺し】、そしておそらくは子どもの頃からずっと竜そのものにも憧れていたのだろうプリアデが、俺の説明に元気を取り戻したらしく気勢を上げる。


 ちょうど食事を終えた俺たちに、自らもすでに食事を終えたシルキアが果実酒を配った。


 成人仕立ての俺に合わせてか、香りからして、酒精はかなり薄めらしい。むしろ甘いにおいがしてかなり美味そうだ。


「ふふ、ヒキールさま。プリアデさま。せっかくです。まずはお祝いをしませんか。私たち家族の勝利に」


「そうね! 賛成! あたしたち家族の勝利に!」


「よっし! そうだな! まずは、真水【竜殺し】達成! 俺たち【俺の家】の家族の勝利に乾杯っ!」


「「乾杯(かんぱーい)!」」


 ──家族。


 同じ言葉でも、いままで俺たちとプリアデとでは、どこか一つ線があるような気がしていた。


 それがいま、三人ともまったく同じに聞こえて、それがすごくすごくしっくりきて。


「く〜っ! え〜っ!」


 俺たち家族三人は、月明かりの下。


 勝利の祝杯を笑いあいながら、とっぷりと夜が更けるまで重ね続けるのだった。

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外に出ると死ぬので、移動要塞【俺の家】に引きこもったまま世界無双します。~戦略級の砲撃で敵を消し炭にした直後、家族になった美少女たちと囲む温かい食卓が最高すぎる~ ミオニチ @sakuni

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