第30話 予期せぬ再起動と、激流の中の絆。

 真水竜との決戦を終えた遺構プールの中。


「座標固定! 弾頭選択、精密弾! 魔法選択、障壁! 前面砲塔、一から三番! 発射!」


 ドドドッ!


 寸分違わず同じ場所に立て続けに放たれた魔導砲塔がつくりだした、範囲は狭いが三重の強固な白い障壁。


 プリアデとシルキアは、障壁の向こうでゆっくりと息を吐くと。

 それぞれにスカートが少しまくれ、ややあられもない格好になっていたしなやかな脚をそれぞれに下ろした。


「……ふう。ようやく脚が下ろせたわ。それにしても、こうやって無理な態勢でじーっとしてるのって地味に辛いわね。もう上げ続けてた太ももがプルプルったら」


「ふふ、そうですね。プリアデさま。

 ……作戦とはいえ、艶かしく脚を上げてあられもない格好を強要される私たちを見る、ヒキールさまのじっとりとした視線も、やはり気になりましたし」


「ちょっ!? じっとりって……あんた何してんのよ!? ヒキール! 

 まさかあんた、そのために足下にしかあたしたちに障壁付与しなかったんじゃないでしょうね!?」


「ち、違っ!? さ、作戦前にも言っただろ!? 【俺の家】から一人に時限付与できる魔法は、いまはまだ二つが限界だって! 

 数を増やすには、魔法式の精度をいまより上げねえと……!

 おいこら、シルキア! おまえもいきなり何言ってんだ! しかも台詞に間とかとって、無駄に意味深にしてんじゃねえ!」


「……そうですね。訂正します。…………主人あるじの言うことは……絶対ですから」


 これ見よがしに悲しげな表情で憂いに紫水晶の瞳を伏せるシルキアに。

 俺を見つめるプリアデの青い瞳がじとりとしたものになる。


「ヒキール……? あんた……」


「だぁぁっ!? なに味をしめておもしろがってやがる!? ここぞとばかりに、さらに混ぜっ返して、からかってくるんじゃねぇぇっ!」


 そんな、はたから見れば、不毛かつ馬鹿っぽく映るだろう。どこか痴話喧嘩めいたやりとりをしていると。


 ーー突如として、途切れ途切れに、ひび割れた、くぐもったような『声』が遺構に、響く。


『拠……防……生……兵器、……水棲……、……竜。旧……体……出荷……または…………棄…………認。……命令……従……、……機構……残……魔……用い……、速や……新……素……成…………ます。……内に……職員…………かに転移……避……………さい』


「な、なに……!?」


 プリアデが訝しむような声を上げる間に。


 遺構の水面が盛り上がり、急速に集まり、空中に水の玉を形づくる。


 ーーゴォォォォォッ!


 そして、怒涛のような勢いで、辺りの水をいまだ燃え盛る炎さえも関係なく、水の玉が吸い込みはじめた。


 浮かぶ水の玉は一定の大きさを超えることなく。まるで吸い込んだ先から水の玉の中の何かに消費するかのように。


 プール上の遺構につながる湖から絶え間なく供給される水も、次から次へと吸い込んでいく。


 衝撃で揺れる地面。

 乗り出したバルコニーから振り落とされないように【俺の家】の壁をつかみながら、俺は二人に叫んだ。


「まさかこれ、遺構の……!? プリアデ! シルキアっ! 詳しくはわからねえが、かなりヤバい! いまは絶対にその障壁から、外に出るなっ! 

 大丈夫だ! 俺の予想どおりなら、すぐに異変はおさまるはず!」


「う、うん……! って、ちょ、ちょっと待って!? あたしたち、まだ沈んだ真水竜の魔石回収してな……え!? し、シルキアっ!?」


「ここまできてヒキールさまとプリアデさまの、私たちのあの戦いを無駄にするわけには、いきません……!」


 俺とプリアデが叫ぶ中、シルキアが範囲の狭い三重障壁を高く跳び、越える。


 足下から発生させた新たな障壁を足場に、引き裂かれたメイド服を翻しさらに跳び、


 迷うことなくバシャンッ!と荒れ狂う激流の中へと飛び込んでいく。


「いやぁっ!? シルキアぁっ!?」


「待てっ! プリアデっ! おまえまで行ったら! ここは俺がっ!」


「いいえ! あたしもいくわっ! あたしだって、家族の危機を黙って見てなんて、いられない!」


 止める間もなくプリアデもまた叫び跳び、シルキアを追い激流の中へ。


「プリアデっ!? シルキアっ!? くそっ! 【俺の家】最大戦速っ! 全方位対象に強制帰還転移! ゼロコンマ一秒ごとに発動し続けろっ! 

 登録生体魔力感知次第! 俺の家族を絶対につかまえろっ! いま往くぞ! おおおおああああぁぁっ!」


 魔法金属脚を軋みを上げ、ガジャジャジャジャッッ!! と全力稼働し、逆巻く激流の中に【家】ごと飛び込む。


 痛いほどに俺の心臓が早鐘を打ち、祈るような気持ちで抗うように激流の波を掻いていると。


 ーードサッ!


「ぷはぁっ! はぁっ……! はぁっ……!」


「っ! 障壁っ! 全方位にっ! 最大出力っ!」


 ーー強制帰還転移不発から十数度目に反応、発光。


 【家】に命令を下し二階バルコニーからリビングに飛び込むと、部屋の中でずぶ濡れで床に倒れたプリアデが荒く呼吸を繰り返していた。


 その腕の中には、目を覚まさないシルキア。


「プリアデっ! シルキアっ! 無事かっ!?」


「はぁ、ぜぇっ……! し、シルキアっ、ねえ、シルキアっ!?」


 プリアデが後ろから抱きかかえたその腕の中で何度か揺さぶると、ずぶ濡れになったシルキアがパチリと目を開ける。


「ここは…………ヒキールさま。プリアデさま。見てください。なんとか手に入れました。私たちの戦いの、勝利のあかし」


 その腕の中には、ひしと大切なものを抱きかかえるかのように、人間の赤ん坊ほどの青い真水竜の魔石。


「もうっ……! 無茶してっ……! 心臓が止まるかと思ったじゃないっ……!」


「ほ、本当だぜっ……! 約束してくれ、シルキアっ……! もう二度と俺に黙って、こんな無茶はしないって……!」


 もう絶対に危ないことはさせない。二度と離さないというように、プリアデがぎゅうとシルキアを後ろから抱きしめる。

 きっと俺も同じ気持ちで、ボロボロと泣きながら、俺はシルキアの前でひざをつく。


「……ふふ。ヒキールさま。プリアデさま。心配かけて、ごめんなさい。助けてくれてありがとう、ございます」


 シルキアは後ろから抱きしめるプリアデの腕にそっと愛おしむように指で触れ、


「ただいま。愛しい私の家族たち」


 泣きじゃくる俺の涙を指で拭ってから、やわらかく愛おしむように微笑んだ。

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